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第十九話 ヒロイン役から逃げたい私は、役から逃げ切れた

 学期末パーティが終わった翌々日。私は義実家であるムーア男爵家に帰宅する馬車に乗っていた。学年が上がる春休みは実家帰宅が原則で、学生がいない間に清掃やら色々しているそうな。かく言う私も、義兄様と共に帰宅する予定だったのだが、彼は王宮に用事があるとのことで私より先に屋敷に帰宅していた。


「只今戻りました」


 どうせ男爵夫妻はいないだろうと思い、馬車を降りたその瞬間


「レクシー!おかえり!」


「学園はどうだったかしら?楽しかった?」


 突然のことに目を丸くするだけでなく……危うく「はぁ?」と言いそうになった私。寸前のところを引っ込められて良かった。目の前には男爵夫妻と、苦笑いをしている義兄様がいる。と言うか、私初めて奥様の声を聞いた気がする。今更何かしら、と思いよくよく見てみると男爵の手には一通の手紙が--


 そういえばグレース様が「実家へ貴女宛に手紙を送るわ」と言っていた気がする。ああ、それでグレース様と私が仲良くさせて貰っていることに気づいたのね……あざといったらありゃしない。


「レクシー、酷いじゃないか!あのウォール公爵家のグレース様と仲が良いなんて初めて知ったぞ?どんな仲なのだ?」


「そうよ、レクシー!私たちも貴女の親としてグレース様にご挨拶させて頂きたいわ。グレース様の家の茶会のお誘いなら私も連れて行って頂戴?」


 以前の態度とは180度変わった男爵夫妻を白い目で見つつ、「分かりました。何かあればお伝えします」と手紙を受け取った私は、媚を売ってくる男爵夫妻を躱して自室に戻る。


ちなみに受け取った手紙には、数日後にお茶会を開くので一人で公爵家に来て欲しいとの要請だった。



 そして今私はグレース様の家である公爵家にお邪魔している。一介の男爵令嬢が……しかも元平民だし……とソワソワしていたのだが、何も問題なく庭園に案内された。そう言えば、男爵家で私にチョッカイを出してきた侍女がいたが、いつの間にか居なくなっていた気がする。

 それよりも、一人で公爵家に来れた事に安堵した。グレース様の手紙を見て、「これはご挨拶に行かねば」と鼻息を荒くしていた男爵夫婦を昨日まではスルーしてきたのだが、今日二人が一緒に馬車に乗ろうとするとは思わなかった。   

 「私が呼び付けたのだから」とグレース様は男爵家に馬車を送ってくださったが、手紙にも「一人で」と書かれているにも関わらず、挨拶を……と正装していた二人には笑いそうになってしまった。彼女もその事を予想していたのだろうか、迎えに来てくださったのはグレース様のお父様、ウォール公爵様の執事さんで、執事さんの「お引き取りくださいませ」の一言は非常に重みがあり、私でも背筋が凍った。それですごすごと引き下がった夫妻もまた小心者……と思っていたが、後で分かったのは執事さんの出身が子爵家だったらしい。本当に権力に弱いのね……


「レクシーさん、来てくれてありがとう。セリオスを行かせて正解だったわね。夫妻が来たら叩き出しているところだったわ」


 まるで薔薇が咲き誇ったような満面の笑みで出迎えてくれたグレース様。この間の学期末パーティで乙女ゲームは終わったのだ、と彼女の顔からも感じることができた。私は以前メアリ先生から学んだ礼を思い出しながら、挨拶をする。


「そんな硬くならなくて良いわよ。さ、座って」


 グレース様が座られたあと、私も座るとすぐに紅茶がカップに注がれ、すぐに彼女たちは席を外した。


「まずはお礼を。保険とは言え、ヒロイン役で動いて貰って助かったわ。ありがとう」


「いえ、お役に立てて良かったです」


「ミリア嬢がルーベン殿下に近づいた時は焦ったけど、思った以上に事がすんなり進んで良かったわ。あ、そうそう、彼女たちの処遇なんだけれど……ミリア嬢は貴族籍を剥奪されたそうよ」


「そうなのですか?」


「ええ。元々彼女の母親は男爵家に仕えていたメイドで平民だったらしいのよ。前妻が亡くなったあと、子どもが居なかった男爵が愛人であった彼女の母親を後妻として迎え入れたらしいの。その愛人の娘がミリア嬢だったと。男爵としては、ある程度礼儀作法を押さえて、子爵家や伯爵家の令息でも捕まえてきてくれれば、と思っていたようだけど、結果はあれでしょう? 流石のベイリー男爵も学園でミリア嬢があんな出来事を起こすとは思わなかったみたいで……しょうがないわよね、貴族としてのメンツが丸潰れですもの……ミリア嬢を勘当だと言って平民に戻したらしいわ」


 私は少し胸を撫で下ろした。

 公爵令嬢であるグレース様を陥れようとした罪は重い。一家断絶になることもあり得ただろうが……日本人の感覚がある私としては、彼女がもし死刑にでもなっていたとしたら気分が悪かっただろう。穏便な対応で良かったと思う。

 彼女も現実を直視したのか、今は憑物が落ちたのかと言うくらいに王都の食堂で楽しそうに仕事をしているらしい。一応貴族内では箝口令が敷かれているそうなので、彼女に害は及ばないだろう。


 ちなみにボリックとノーキン(宰相と大将の子息たち)の処遇は、彼らの両親に任されたらしい。王妃になる予定のグレース様に言われもない罪を被せようとした事に彼らの両親は忿怒しており、宰相の令息と大将の令息は再教育をされるらしい。実家から学園に通いながらの再教育なので、授業が終わればすぐに帰宅し自由時間がほぼない状況になるそうだ。

 保健室の教諭だったシュニッツ先生は退職となった。妥当な措置だろう。教師として生徒の行動を諌めなくてはならないはずなのに、彼らに便乗して断罪行動を煽っていたと見做されたようだ。しかも相手は公爵令嬢。彼の地位で公爵令嬢を裁く権限はない。

 最後は第二王子であるが、彼の話をするグレース様の顔には、陰りが見える。あまり良くない話なのだろうか。


「第二王子も学園に残る事になったわ……ただ一応継承権は残っているようだけれど」


「え?継承権が残っているのですか?!」


「ええ。ルーベン殿下が継承権第一位にはなっているけれど、学園で起こした事だからと言って継承権を剥奪することはないそうよ……一応継承権第二位にするそうね。まあ、万が一の事を考えてだそうだけれど……『学園で起こした事だ。もう一度チャンスを与えてはどうか?』と。まぁ国王になる条件があるから、それを考慮するとほぼルーベン殿下で決まりではあると思うけれど」


「そうなのですか……」


「ええ。国王になる条件は私を王妃として娶ること。その事を知らずに私を断罪するナルディス殿下を、陛下は流石に無視できないわよね。お父様からの抗議もあったようだし……正妃の息子である殿下を王太子にしたいのは分かるけれど、もう既に多くの貴族は第一王子派閥に鞍替えしているのよね。陛下が無理にナルディス殿下を王位に付ければ、反論が大きいと思うわ」


 グレース様から以前聞いていたが、彼女は家系を遡ると大国である帝国の皇族の血を引いているらしく、彼女が現皇帝へ直談判するために会いに行ったことがあるそうな。そしてその時に現皇帝がグレース様の後ろ盾になる事を約束されたらしい。

 グレース様が現皇帝の後ろ盾をもらったことで、陛下は周囲の国々や国内貴族への牽制にもなるだろうと考えたらしく、グレース様を娶る王子が王太子に任命されることとなったそうだ。正直この国は小国だし、そうでもしないと生き延びることができないのかもしれない。


「その割には、陛下は第二王子に継がせたいようだけれど。やはり似ている息子に継がせたいのかしら」


 真顔でそう話すグレース様の目は冷たかった。


「きっと蛙の親は鷹の子ではなく、蛙の子に継がせたいのね。同気相求とも言うし……」


「そうですね。自身と似ている子どもの方が、愛着が湧くのかもしれません。もしくは……」


 とここで私は言葉を止める。優秀な息子(ルーベン殿下)の治世と比較されたとき、現王の治世はなんと言われるのだろうか。……考え過ぎか。


 グレース様も私の考えていることが分かったのかもしれない。少し眉を顰めるが、ため息をついて紅茶に手を伸ばした。


「そこまででは無い事を願いたいわね……と、今日はそんなことより」


「ちょっとお待ちください? 今のが本題では無いのですか?! 」


「彼らの処遇なんて雑談に過ぎないわ。貴女も当事者だから、お話しさせて貰っただけよ。で、良ければ養子先を変えようとは思わないかしら? 」 


「へえ? 」


 私は目をまん丸に見開いていた。相当な間抜けづらだっただろう。その顔に満足したのか、グレース様はゲームの悪役令嬢のようにニタリと笑みを浮かべている。


「養子先を変更……ですか?」


「ええ、貴女なら子爵家でも養子にとって貰えそうだけどね。将来の就職が少しばかりだけれど優位になるし、それに……」


「それに? 」


「マーク先輩の婚約者にもなれるでしょう? 」


 当然でしょう? と言わんばかりの顔でグレース様は私に指摘をしてくるのだが、私の頭の上では疑問符が飛び交っている。


「義兄様と結婚……ですか? 」


 確かに義兄様のことは好きだが、私としては家族に対する好きだと思っている。義兄様もそうだろう。


「まさか〜! それは無いと思いますよ? 」


「あら、そうなの? 」


 「先輩が可哀想ね」とか「自覚がないのかしら? 」と言うささやき声が聞こえたような気がしたが、多分気のせいだろう。それよりも、グレース様の婚約だ。


「それよりグレース様。ルーベン殿下とのご婚約、おめでとうございます! グレース様が幸せそうで良かったです」


 そう私が声をかけた瞬間、グレース様の頬に赤みがさす。私はこの顔を見れただけで充分だ。


「ふふ、ありがとう、レクシーさん。これからも一緒に頑張りましょうね! 」


「はいっ!! ……って、え? 」


「まだ生徒会もあるし、宮廷魔道士になるなら今後もレクシーさんに守ってもらえるわ! 」


「えっ、それって近衛騎士の仕事では……? 」


 笑い声が公爵家の庭園に響く。最初はどうなることかと思ったけれど、ここで乙女ゲームはおしまい。

 宮廷魔道士を目指しつつ、私も恋愛できればいいな。と思いながら二人で将来を語り合ったのだった。

ここで完結になります。


最後まで書き終えた時、ふと

「あれ、これグレース主人公で書いた方が面白かったかも」

と正直思ったのは、ここだけの話です。


 完結まで執筆できて良かったと思います。


拙作をここまでお読みいただき、ありがとうございました!

次回作もよろしくお願いいたします。

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