ある男の場合
天使は突然現れる。
いや、一目見て僕の天使だと直感することがあったのだ。
「こんにちはぁ」
この笑顔を例えたら何であろうか?
太陽か…ひまわりか…。
すでに使われているものでは、安っぽく響いてしまう。
かといって的確な表現はすぐに思いつかないが、とにかくそんな類いのものだった。
花粉症のせいで、さっきからくすんくすんやっていた鼻をこすった。
実際は初めての感覚に、ちょっと恥ずかしくなったのかもしれない。
この季節は嫌いだが、僕の心の中には嬉しい春が到来したようだ。春万歳だ。
いつもの一目惚れという感覚ではない。運命の人を見つけたとさえ感じている。
「どうぞ」
そう言って、彼女がティッシュを僕のために差し出してくれた。
その時、微かに触れた手が冷たくて涙が出そうになった。
誰にでも優しくて、他人のために文句も言わず働くところが好きだ。
でも付き合って下さい、と言うのもおこがましい。
そんな心境で無言で立ち止まっていると、彼女はまた僕に手を差し出した。
「お願いしまぁす」
日常生活で四字熟語を思い出したりはしないのだが、この時は"以心伝心"という言葉の存在を実感した。
これは…伝わったってしまったのかもしれない。
そして、これはOKの返事だろう。それで握手を求めているのか。
もちろん、僕は幸せに満ちた顔で彼女の手を握り返す。
が、彼女の肌には届かず、くしゃっと間抜けな音をたてただけだった。
そして敵もまた、突然発覚するものだ。
彼女を困らせる人物は誰であろうと許せない。
「よお」
「え!ちょっと、何でいるの」
「それ全部もらってやろっか?」
「やめて!帰ってよ」
「何だよ」
「あんたの誕生日プレゼントのためなんだからぁ」
「マジで」
聞きたくない会話だった。
皆にふりまくあの笑顔は、全て偽物だったということなのか。
あいつを想って…金のために…。
そんな風に僕に笑顔をくれたのか。
こんな時、悪い考えしか浮かばない自分の脳を恨んだ。
ラストチャンス!
彼女に再び近づこうと、ふらふらと力のない足を動かす。
が、緊張とショックで転びそうになった。なんて格好悪いんだ。
そして咄嗟にあいつの腕をつかんでしまった。
彼の着ていたもの――陽にあたって暖かくなったダウンジャケットが心地よくて、今度こそ本当に涙が出そうだった。
言葉はもう出ない。というか、一言も発せずに終わった。
涙で滲んで前が見えない。というか、もう見えなくていい。
今日の出来事はなかったことにしよう。現実なんて見たくない。春なんて大嫌いだ。
でも花粉症だという事実は、認めざるを得ない。
だってそのせいで涙と鼻水が止まらないんだ…。
さよなら、僕の天使。
もう会うこともないだろう。
君のくれたティッシュはすぐに使いきると誓うよ。二つなんてあっという間さ。だって僕は花粉症なんだから…ね。
さよなら、ティッシュ配りのお姉さん。
<解説>
…するまでもないですね。
でも"激しい妄想男の話"で片づけられるのも作者としては悲しいので、フォローを少し。
現実vs理想で勝つのはやっぱり現実だということです。理想ばかりふくらませて後で痛いめにあうということを、身をもって知れたということで、結果よかったんじゃないでしょうか。
無理やりですね。




