ある女の場合
「ある人をちらちら気にするってことは、やっぱり好きなのかな?」
「何、急に」
「Pに好きな人できたみたいなの」
「嘘ぉショック!で、相手は?」
よく他人のことでそんなに熱くなれるものだ。
最近席替えをしたせいで、噂好きで有名な女子二人組の話し声が、嫌でも聞こえてくるようになった。
彼女らはクラスが違うらしく、お昼休みはいつも教室に入らずに廊下で立ち話をしている。それで廊下側の窓にくっついている席が、ちょうど私のというわけだ。
ちなみにPとは、我がクラスの人気者。成績優秀で運動神経抜群、おまけに金持ちの美形だそうだ。ある女子が命名したそのあだ名は広まって、いまや校内共通となっている。プリンスの頭文字であるPらしい。…くだらない。
「あの眼鏡かけてる人」
急に声が遠くなったかと思えば、窓を開ければいいのに、わざわざ前の扉からクラスを覗いていた。実際、声のボリュームも下げていた。
しかし、おかしい。
なぜか私を指さしているのだ。明らかにそうなのだ。
それからすぐに顔を引っ込めて、話を続けた。
「あの子からラブレターをもらったみたい」
「真面目そうなのに、やるねぇ」
私が?…Pに懸想文を?
そんなバカな。
「ちょっといいかな」
その声は室内からだった。噂の男が私にそう言って、無言で教室を出ていったのだ。
これは誤解を解くチャンスだと思い、私はPの後を追った。
ほとんどの生徒から注目の目があったが、今は気にしない。
しばらく歩き、やっと止まった場所は体育館裏だった。
このシチュエーション――と考える間もなく、Pは言った。
「これ、俺の机に入れたの君だよね」
「はっ?」
全く予想しなかった言葉に、力が抜けた。
渡された紙切れには、『正体判明 裏切り者』と書いてあった。
これには見覚えがあった。確かに、私自身が書いたものだった。
唯一クラスで冷静だった私に目をつけて、筆跡鑑定でもしたのだろうか。
でも――。
「だって、カミングアウトのタイミングが分からなかったんだよ!」
くやしいことに、ずっと私よりもこいつの行動の方が早い。
そして勝手に先走っていく。呆然とする私を残して。
「同じ中学から来た人いないし、第一印象だけで中身を決めるなんて酷いよ。いい点とって先生に褒められたのは最初だけで、本当は赤点とらないようにするのが必死だし、スポーツだってサッカーは習ってたからできるけどそれ以外はルールすら知らなかったし、金持ちだってただの勝手な想像だ!…皆俺のこと勘違いして尊敬したり、意味不明な呼び名つけたり!何なんだよ一体」
「…確かに、それは皆が美化しすぎたね」
「俺、どうすればいいかな?ずっと誰かに相談したかったんだ」
まさかの展開だ。学校一の人気者に頼られるとは。
激しくどうでもいいが、目の前のこいつを救ってやりたい気持ちはあった。
なによりも純粋な相談事だ。笑っちゃうほど本気なのだ。
「見られているところで、わざとらしくため息でもついてみたら?たまには不幸オーラを出さなきゃ、いつまでもキラキラの王子様だよ」
「なるほど」
「それで、どうしたかと訊かれたら、弱々しく『うん』とだけ言うこと。これで無駄にきゃあきゃあ騒ぐことに申し訳なく思う女子が増える。あんたのことを想うならなおさらね」
「ふむふむ」
「それとね、勉強にしろ運動にしろ、理想に追いつこうと努力してることはプラスに考えたらいいんじゃないかな?そうしたらきっと、いつか内側の面の理解者が現れるよ」
彼は何か考えているようだった。
そしておもむろに言った。
「勉強教えてよ」
「私が?」
「君ってさ、休み時間はたいてい席について本読んでるけど、眠たいの我慢してるの分かるんだ。それで家でも頑張ってるのかなって。授業中もいつも真剣だし。実際テスト返す時、『頑張ったな』って毎回先生に言われてるでしょ」
「…よく見てるね。そんなこと言われたの初めてだ」
「じゃあ、俺は、君の第一理解者になれたのかな?」
「え?」
「そして君は――俺の第一理解者でもある」
「変な関係」
「そうかな」と笑う彼と一緒に、やっと私は心の底から微笑むことができた。
実を言うと、きっかけは全くの偶然。つまり自分から相手を分かろうとしたわけじゃない。
だけど結果的に私は彼の内面を知れた。そして私にも理解者が現れた。
それは本当に嬉しいことだ。だからこのことは秘密にしておこうと思う。
「あ、また書いて今度こそ渡さなきゃ」
「ん?」
「なんでもない。そろそろ予鈴鳴るよ」
「あ、あのさ!今日もし暇だったら、早速勉強教えてほしいんだけど」
「誰かに見られたらどうするの?まだ皆、あんたのこと誤解したままだよ」
「いいんだ。自分に正直に生きるって決めたから」
「そっか、分かった。…じゃあ放課後、図書室で」
「ありがとう」
その日の放課後、ある女子生徒が紙を見つめながら図書室へ入っていった。
そこにたまたま居た友達が「何借りるの?」と訊くと、彼女は笑ってこう答えた。
「クラスの読書家の友達にお勧めの本を紹介してもらって。忘れっぽい私にわざわざメモしてくれたんだよ」
彼女が帰った数分後、他の生徒の注目を浴びながら、ある男女が堂々とやって来た。
その時には、『正体判明』と『裏切り者』というタイトルの本は、この図書室から消え失せていた。
<解説>
何事にも無関心で、常に人をバカにしたような態度の主人公。ある日、本を紹介するためにタイトルだけを書いた紙を友達の席へ入れようとし、間違えてのクラス男子のところへ。そして偶然にもその男が隠していた事実のせいで、内容が一致してしまう。本性を知った主人公は、その男と共に自分に正直になろうと決意することができた――という前向きな話。
友達に紹介する本か?と突っ込みがきそうですが、主人公はそういう人です。人間不信に近い感じ。
最後に、読んでいただいた皆様に感謝いたします。
それではまたの機会に。




