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金髪の転入生は何度も横を向き、嬉しそうに伊織に話しかけていたが、なかなか相手にしてもらえない事に気が付くと、作戦を変え、文学好きをアピールし始めた。
「この国に来たばかりの頃は、言葉の勉強をするために、本ばかり読んでいたんだ。伊織は、どんな小説を読んでいるの?」
すると、それまで読書に勤しんでいた幼なじみが、ふと顔を上げた。
「……ただの恋愛小説なんだけど」
「ワオ。僕もソレが大好きだよ」
(……嘘をつくな! 男がそんなものを読むわけないだろう)
僕は心の中でツッコんだが、伊織の質問にリオンがスラスラ答えると、2人は意気投合してしまったようで、楽しそうに会話し始めた。
僕には話の内容なんてサッパリ分からないが……同じ趣味の相手が見つかった伊織が、とても嬉しそうな事だけは分かる。
(いちいち癇に障る奴だ)
***
今日は2人の様子を見ているだけで疲れてしまったが、放課後になっても図書委員の仕事があるので、すぐには帰れない。
どうして本に全く興味が無い僕が図書委員をしているかというと……。
昔、伊織が立候補した時に、いつまで経ってもパートナーが決まらなかったので仕方なく手を上げたら、その後も毎年、図書委員を務めるのが暗黙の了解のようになってしまったからだ。
長い間この島で暮らしているのは同じ顔ぶれなので、
『仲が良さそう』
という噂が勝手に1人歩きして、僕と伊織は、いつのまにか公認カップルのように扱われていた。
でも、実際には何の関係も無い。
友達以上、恋人未満。
いや、もしかすると伊織には、顔見知りに毛が生えた程度の幼なじみとしか思われていない可能性もあるが……近すぎず、遠すぎず。そんな距離感が心地よくて、僕はこの関係をどうにかしたいとは思っていなかった。
「伊織。……おい、伊織っ」
斜め後ろの席から熱心に本を読んでいる幼なじみを呼んでみたが、返事が返ってこない。
残りのページはあと少し。
……ということは、読み終わるまで動かないつもりだろう。
だけど、僕はサッサと仕事を終えて帰りたいので、少々強引な手を使うことにした。
伊織は本当に夢中になっている事も多いけれど、時々、僕がわき腹をくすぐるのを待っているような節がある。
「い~お~り~」
背後から近付いていくと、
「山吹君」
という聞きなれない声がして、見慣れぬ少年(?)が教室に入ってきた。
ふと足を止め、来客の方に向き直る。
水島涼は、今日も男物の制服を着て、ネクタイまで締めているが、声だけは完全に女の子だから違和感が半端無い。
思わず口が滑ってしまった。
「水島は……そんなにスカートが嫌いなの?」
細身で長身の彼女はスタイル抜群なので、足の太さを気にする必要なんて無いと思ったのだが、隣のクラスの転入生は、全く違う理由を語り始めた。
「ボクが男の格好をしているのは、レースに出た時、女だからと特別扱いされたくないからさ」
青いレーシングスーツを着てヘルメットを被っていれば、女性ドライバーとは気付かれない。と言う通り、後ろから見れば男としか思えないのだが……。
やはり不自然な格好に動揺していると、リオンが会話に参加してきた。
「涼が女の子だって事は、カート選手ならほとんど知っているけどね」
男のフリをしてカートやフォーミュラのレースに参加している水島は、男装の麗人オスカルのような女子高生ドライバーとして噂になっているらしいが、本人はかなり迷惑しているという。
「ボクはそんな事で有名になりたいわけじゃない。実力で、父と同じ世界に辿り着きたいんだ」
「もしかして、水島のお父さんはレーサーなの?」
それらしいプロがいたかどうか思いだそうとしていると、彼女は小さく首を振った。
「ボクの父は、ラリードライバーだったんだ。過酷な砂漠や、氷の上を走っていたんだけど……ある時、崖から車が転落して」
「えっ⁉」
僕の顔が引きつると、水島は涼しげな視線を向けてきた。
彼女の目は、話がしたいと訴えている。
昨日はすぐに別れてしまったので、どうして僕に会いに来たのか、という理由すら分からなかった……。
「山吹君。今から買い物に付き合ってくれないかな。色々必要な物があるんだけど……まだ車が届いていないんだ」
他に知り合いがいないからと頼まれてしまったが、彼女の目的は、僕がカートをやめた理由を聞き出すことだろう。
でも、今は車の話なんてしたくないし、ましてや兄さんの事を語るつもりもない。
「悪いけど、今日は図書委員の仕事があるから」
僕は穏便に断ることにした。
ところが、
「それなら、僕が代わりにやっておくよ」
と、リオンが余計な口を挟んだせいで、逃げ場が無くなってしまった。
(こうなったら……伊織に助けてもらうしかない)
すがるような目で幼なじみの顔を見てみると、コチラを振り返っていた彼女は、文庫本を手にしたまま、水島を見てぼう然としている。
声を聞けば女の子だと分かっただろうし、まるで宝塚のトップスターのような美少女が、どうして僕と知り合いなのだろうと驚いているようだ。
「図書委員の仕事なら私1人でも大丈夫だから、ハヤトは買い物を手伝ってあげたら?」
優しげな言葉とは裏腹に、伊織がプイッと前を向いてしまうと、リオンが嬉しそうな顔で近づいていく。
「Don`t worry. 今日は、僕が仕事を手伝うから」
「あ……」
(伊織との間に、変な誤解が生まれるのは嫌だな)
とは思ったけれど、水島には奇妙な因縁を感じるし、初めて会った時から気になっている。
こんな状況で2人になるのはマズイと分かっていたのに、僕は危険を回避することが出来なかった。
それに、霊感トラブルでも起きれば、リオンの熱が冷めるのは確実なので、伊織の方は放っておいても大丈夫だろう。
そんな風に高をくくって、水島の買い物に付き合うことにした。
「まずはホームセンターに行きたいんだけど……」
と言う彼女と一緒に教室を出ると、一度、学生寮に戻ってから駐車場に向かった……。
***
僕の車は、初心者でも扱い易い『ガレオン・アース』というスポーツカーで、ダークレッドの渋い色をしている。
ガレオンというのは、大海原を旅する船の名前の1つだが、高校生になり、海が見える修理工場でアルバイトをすることになった時、両親が買ってくれたものだ。
「シンプルだけど、カッコイイ車だね」
水島は、全体的に丸みを帯びている未来型のフォルムを褒めてくれたみたいだが、まだ何の改造もしていないので圧倒的にパワー不足だ。
もしサーキットを走らせていれば、エンジンを換えたり、エアロパーツを追加していただろうが、移動に使うだけなら基本性能だけで充分だろう。
久しぶりにエンジンをかけて、ハンドルを握る。
***
……車が動き出しても、助手席に座っている水島は、焦って目的を果たそうとはしなかった。
小さなメモ用紙を取り出して、
「シャンプーにリンスに、洗剤に……それからフライパンなんかも必要かなぁ」
などと独り言を呟いている。
少しずつ僕との距離を詰めてくる作戦のようだが、いつかは話すことになるのなら……と、重い口を開くことにした。
「兄さんの事、どれくらい知ってるの?」
「別に……無理に話してくれなくてもいいんだけど……」
水島は視線をそらして窓の外を見た。
どうやら、おおよその事は知っているようだ。
窓ガラスの向こうに広がっている町並みは、緑が多く、都会というより山奥の景色に近い。
自然と人工の建物が共存している海の上の楽園。
綺麗に整備されているこの島の道路は、もうすぐ戦場になる。
僕は、ストリートレースが行われていた2年前の事を思いだした……。




