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翌朝、教室に行くと、皆が転入生の噂をしていた。
「どんな人が来るんだろう」
「ストリートレースに参加するなら男だろうな」
「女子の方が良かったのに」
そんな呟きを耳にすると、思わず昨日の事を思いだしてしまう。
(男みたいな格好をしていたけど、あの子は多分、女の子だ)
窓際の1番後ろの席に腰をおろすと、同じカートスクールのクラスメイトたちが、わざと聞こえるような大声で話し始めた。
「コーチの話だと、去年のカートチャンピオンが来るらしいぜ」
「だからって、この島で暮らしているのはカート一筋で生きてきたエリートばかりだから、負けられねぇよなぁ」
彼らはチラチラと視線を送ってくるが、僕は気づかないフリをして、窓の外に視線を移した。
(もしかして、あの水島って子がチャンピオンだったのか?)
と驚きはしたものの、そんな事はどうでもいい。
「ハヤト……おはよう」
隣の席から心配そうな伊織の声がして、
「あぁ、おはよ」
そっけない挨拶を返すと、ホームルームが始まった。
***
教室にはすぐに転入生が入ってきたが、それは水島ではなく、金髪の男だった。
名前は早乙女梨音で、幼少期は外国で暮らしていたらしい。
ハーフなので白に近い天然の金髪に加え、彫りが深い顔立ちをしており、女子の多くは黄色い歓声を上げながら迎え入れた。
でも、男は全員、渋い顔をしている。
(なるほど。アレが去年のチャンピオンか)
確かにそれっぽい雰囲気があるが、速い上に、女にモテるのでは、敵としか認識のしようがない。
どうやら今年の転入生は複数いたようで、男装している女子高生が現れたらしい隣のクラスからは、異様などよめき声が上がった。
(どうせなら水島の方が良かったのになぁ)
……なんて事は、これっぽっちも思っていない。
むしろ厄介な人物が同じクラスでなくてホッとしたくらいだ。
今の僕にとって、カート選手なんて悩みの種でしかない。
「……ストリートレースに参加するために来ました」
と挨拶したリオンも、さっそく仲間を探していると言い出した。
しかし、この島には実力が分からないドライバーをすぐに受け入れるようなチームは無い。
夏休み中、毎晩行われるストリートレースの最終日には、4種目の合計ポイントで争う決勝戦があるため、最大4人まではチームを組めるが、
『そのメンバーは必ず1つ以上の競技に参加しなければならない』
というルールがあるので、下手なドライバーを加えると足を引っ張られてしまうからだ。
とはいえ競技によっては車のセッティングが異なるし、決勝に進むためには大量のポイントを稼ぐ必要もあるので、本格的にキングを目指す場合は仲間が必要になる。
「このクラスでフリーなのは、ハヤトくらいじゃないか?」
「アイツは2年前までストリートキングだったヒサトさんの弟なんだ」
誰かがそんな事を教えると、金髪の転入生が僕の席に近づいてきた。
「ハヤト。僕と一緒に、競技に参加しませんか?」
リオンはニコやかな表情で右手を差し出してきたが、
「……悪いけど、レースに出るつもりはないんだ」
と答えた途端、態度を一転して挑発してくる。
「僕の故郷では、勝負から逃げる奴を『臆病者』と呼ぶ。英雄の弟は、腰抜けかい?」
勝負を好む人間は、たいてい気が強くて、負ける事が大嫌いだ。
特に異国のドライバーは感情の起伏が激しくて、短気なことも多いと聞く。
リオンも典型的な外国人気質のようだったが、どんな言葉をかけられたって、壊れてしまったマシンは動かない。
いや……動けないのだ。
僕は机の上に頬杖をつき、ボンヤリと窓の外に目を向けた。
「リオン君。ごめんごめん。言い忘れていたけど、ハヤトはもう駄目なんだ」
「そうそう。元ストリートキングの弟ってだけだから」
「夏休みになれば一般のドライバーも島に渡ってくるし、メンバー探しはゆっくりやりなよ」
周囲が皮肉めいたフォローを始めると、リオンはようやく事態を察したらしく、それ以上は絡んでこなかった。
「なるほど。ハヤトは走る気力を失ってしまったのか……」
幼い頃から厳しい勝負の世界に身を置いていれば、脱落者なんて珍しくもないだろう。
彼は残念そうに肩をすくめたが、僕の隣の席に座っている伊織に気が付くと、満面の笑みを浮かべながら近づいていった。
「OH! 伊織。昨日はありがとう。今日は学校の事とか、寮のことも教えてくれないか?」
2人が親しげに話し始めると、心の奥に暗雲が広がってゆく。
(……なんで伊織が、カートチャンピオンと知り合いなんだ?)
普段は本土で暮らしている男友達がいるなんて聞いてない。
それに、よく見ると伊織の髪型が変わっている。
昨日まではストレートの黒髪が背中まで伸びていたのに、首元でバッサリ切られ、まるで別人になってしまったかのような変身ぶりだ。
――彼女が突然、髪を切ったのはなぜなのか?
(もうすぐ大事なオーディションがあると言っていたのに……)
***
海に浮かぶ人工島には、レーサーを育成するためのカートスクールの他にも、幼少期からテニスや水泳等の専門的な訓練を行い、プロを育成するための施設がある。
伊織はダンススクールに通っているが、顔やスタイルがいい割には、男が全く寄り付かなかった。
なぜかというと、周囲の音が聞こえなくなるほど読書に熱中する、という困った趣味に加えて、なにかと霊の話題を口にする、という残念な癖まであるせいだ。
すでに文庫本を取り出していた彼女は、金髪の転入生に声をかけられても、読書の邪魔をするなとばかりに迷惑そうな顔で聞き返した。
「どうして私なの? 貴方を案内したい女の子なら、他にいくらでもいると思うけど」
本を手にした伊織は、どんな言葉もクールにあしらい、物語の世界に行ってしまう。
(……残念だったな、転入生。伊織はちょっとイケメンに声をかけられたからって、舞い上がるような子じゃないんだよ)
休み時間も本を読んでいる事が多いので、クラスメイトたちには根暗な性格だと誤解されているようだが、本当の彼女はとてもお喋りだし、お節介である。
そんな素顔を知っているのは、幼なじみの僕だけだ。
(この様子なら、特に心配ないか)
と安心していると、
「僕は、伊織の事が気になるから」
と言いながら、転入生が後ろに置かれていた自分の机を持ち上げ、僕と伊織の間に押し込んできた。
「おいっ。なんで間に入ってくるんだよ。そこは通路なんだから邪魔だろう?」
すかさず抗議してやったが、
「だったら、ハヤトが後ろに下がってくれないか」
ガタガタと強引に机を押し下げられて、伊織の隣のポジションを奪われてしまった。
「僕はね、どうしても彼女の隣に座りたいんだ」
と、自信に満ちた笑顔で言いきられると、目が点になってしまう。
「はあ⁉」
こんなワガママがまかり通ったら世も末だが、担任は知らん顔で出て行ってしまったし、たいした事じゃないのに、妙に心に引っかかって、いつものように無視することが出来ない。
――どうして、こんなにイライラしているのだろう。
しばらく味わっていなかった気分に戸惑いながら授業の準備を始めると、一瞬だけ、斜め前の席に座っている伊織と目が合った。
彼女も、ワガママな転入生に困惑しているようだ。
***
突如、僕たちの間に発生した雷雲。
まるで嵐の前触れのような……嫌な予感が胸をよぎる。
ムシャクシャした気分のまま窓の外に目をやると、さっきまで晴れていたはずの空に、灰色の雲が集まり始めていた。
(この分だと、そのうち天気が崩れるかもな)
夏の雨は、とても激しい。
特に昼過ぎまで穏やかだった青空が急転すると、叩きつけるような夕立になることがある。
このまま何事も起こらなければいいのだが……。




