プロローグ 運命を愛せ
1900年、8月25日、
私はその日、初めて光の美しさを知った
今まであまりに醜い世界を見てきたからだろうか 残酷な運命を見つめて生きてきたからだろうか
そんなことは今、もはやどうでもいい 今はただ美しい光を見ていたいとただ思う
そして今、私の前には一枚の鏡がある
そこに映るのは白髪交じりの髭の男 その瞳は鋭さを失い、ただ茫然と虚空を見つめているようだ
これは私か これがかつて自らをダイナマイトと称し、神を葬った男なのか
なんて哀れなのだろう
外を見つめればそこはのどかな風景が広がっている
鳥のさえずり、静かに降り注ぐ木漏れ日 ただこの風景を語ることを私はできない
言葉が喉も通らず死んでいるのだ
かつての私であればすぐにでもペンをとるだろう
今、私の頭の中では風景を賛美する言葉、神を葬るための言葉、人の生を肯定する言葉たちが
滝のように溢れているのだ
しかし、今の私にはそこにいる妹に水を頼むことすらできない
今頃、私のことを人々が嘲笑っているのが想像できる
今頃、私のことを人々が憐れんでいるのを想像できる
「それが、お前の語った超人なのか」と
そんなことはない そんなことはないはずなのだ
しかし、しかし… 私にはなんの言葉も出てこない
もう私の思考も止まりつつあるのだ
ふと、あの記憶が鮮烈な痛みと共に思い出される
トリノの広場 御者に激しく鞭打たれていたあの老いた馬
私には彼の瞳に生に対する覚悟が見えた
私は感動してしまった 彼にしがみついてしまった 泣いてしまった
人々は私が狂ったと言った しかしそれは違う
私は彼と泣きたかったのだ この世界を、この運命を一緒に泣きたかったのだ
彼は私にとって大切な同志だったのだ
それからおよそ十年、私の生は混沌に飲まれた
人々は私を狂人という あるいは聖人という
ただそれを嬉しくは思わない
私は静寂が欲しかったのだ 神を殺した私にはこれが相応しいと思ったから
胸が激しく痛くなってきた 私に残された時間は残り少ないということだろう
今、妹は私のノートを広げている そして何かを囁いている
その声は私が望まぬ言葉のようにも聞こえた
私が残した言葉を歪んだ形で世界に放とうとしているのだろう
だが、それも運命だ
Amor Fati(運命を愛せ)
私はこのような残酷な運命も、これから起こるであろう悲劇も全て愛し、肯定することしかできない
視界が狭くなっていく 美しい光も目に届かなくなっていく
だが、恐怖などはない 私の心臓が止まり、思考が止まった時、
私はトリノの馬のように重荷から解放されるのだ
神は死んだ そして葬った私も死のうとしている
だが、私は神と同じ場所には行かない
私はすぐに目覚め、また同じ運命をたどることになるのだ
生とはそういうものだ
これが私の運命だった これがフリードリヒ・ニーチェの運命だった ただそれだけだ
<今回の知識メモ>
フリードリヒ・ニーチェ
19世紀ドイツの哲学者で、実存主義の代表的な思想家の一人である
代表作には「ツァラトゥストラはかく語りき」などがあり、
主に「神は死んだ」や「永劫回帰」、「ルサンチマン」などの独特の思想概念で知られる




