28.それぞれの旅立ち
「時間て、あっという間に経っちゃうものだね」
しんみりと言ったのは優磨だ。珍しく全員が揃った屋上には、真夏をひかえた太陽が空高く照りつけている。
「そういえば、愛海は進路どうするの?」
「鈴ちゃんは?」
「私は美容の専門学校に行くつもりなの。隆司さんの傍で働いてて興味が出てきてさ。ちゃんと勉強したらもっと幅が広がるんじゃないかと思って」
「ちなみに俺も行く予定だ」
「え?紫音はそんなの学ばなくても、もう現場でやってるじゃん」
もっともな意見のはずが、鈴子は微妙な顔になる。紫音は知らぬふりだ。
「まぁ、そうなんだけど・・・。なんていうか、浮気防止、みたいな・・・?」
「えっ。紫音てそんな・・・」
(心配しすぎじゃね?)
彼の独占欲はますます激しくなっているようだ。愛海は少し心配にすらなってくる。
だが、愛海は忘れていた。すぐ傍にも独占欲のかたまりのような人物がいることを。
「でもまぁ、紫音がいてくれた方がやりやすいんだ。隆司さんも許してくれるし」
(鈴ちゃん、いつからそんなに縛られるように・・・)
「ところで愛海は?」
「うん。私は先生になりたいから、大学に行こうかなって」
「先生?愛海、先生になるの?」
「なれるかはわからないけど。小学校の先生になりたいの」
「大学って近いとこ受けるの?」
「できたら近いとこがいいなぁ。でも私の学力だと入れそうなとこ決まってくるんだよね。考えてるのは松原なんだけど」
「松原って短大だよね。しかも女子大・・・」
そこまで言ったところで、海人が慌てて愛海に寄ってきた。
「愛海、女子大に行くのっ?」
「その予定だけど・・・」
「ダメっ。その予定はなし」
「はぁ?」
愛海には海人の言っている意味がわからない。何言ってんだこいつ、である。
「なんで松原はダメなのよ。これでもがんばって入れるかなってくらいなのよ」
「だって、女子大じゃ一緒に通えないじゃんかっ」
「は・・・はぁ?」
力説する海人に脱力である。そんな理由しかないことが悲しい。だが海人は大真面目である。
「愛海、俺が勉強を教えるから、二人でもっといいところを目指そう」
海人は愛海の両手をとって訴えかける。
「二人でって、あんたはあと一年は先でしょうが。それに、なんで年下に受験勉強みてもらうのよ」
「俺、愛海のためなら三年の範囲もすぐ頭に入れるよ。勉強の仕方なら叩き込まれてるし、まだ間に合うはずだ。愛海、一緒にがんばろう」
「いや、そりゃ海人はできるかもしれないけど、私は無理だよ。だいたい松原以外の大学で、そんなに遠くなくて、小学校教師の資格がとれるとこっていったら・・・・」
「国立か。レベルも高いね」
優磨の言葉に、みんなさすがに無理だろうといった空気になる。しかし海人はちっとも諦めていない。
「ねぇ、愛海は俺と離れたいの?俺は嫌だよ。せっかくここまで追いかけてきて、やっと傍にいられるようになったのに、簡単に突き放さないでよ」
「そんなつもりじゃ・・・」
「やってもいないのに無理って言うのは、突き放してるのと一緒だよ。ねぇ、俺との未来のためにがんばるって言ってよ」
(そんな大げさな・・・)
助けを求めて周りを見たが、全員同じ目をしていた。やるだけやってやれよ。そう語っている。
「わ、わかったわよ。その代わり、ちゃんと教えてよね」
海人はうれしそうに笑って愛海に抱きついた。まだ何もしていないのに、もう受かったような気分でいる。
こうして愛海は高校最後の夏休みを皮きりに、海人指導のもと、猛勉強させられることになるのだった。
「そういえば、夏芽ちゃんは夏休み結局行くの?」
「はい。オーディションも受かりましたし」
夏芽は考えた末、隆司からの仕事の話を受けたのだ。今は撮影に向けて少しでも役立つよう、演技のレッスンを受けている。
「一ヶ月も合宿って、ちょっと心配だな。私も紫音も同行できるわけじゃないし。たまには現場に行ってみたりするけど」
「大丈夫ですよ。合宿するのは大勢でですから。それに、司さんは私と同じ場所で戦うって言ってました。それはつまり、スクリーンの上で戦うってことだと思うから、私も演技で負けないようにがんばろうと思うんです」
「夏芽ちゃん、どんどんたくましくなるね。今後が楽しみだ」
「夏芽が現れて、隆司もなんだか変わった気がする。いい刺激になってるのかもな」
「刺激されてるのは私の方ですよ。それに、たくさん助けてもらってます。司さんは敵ですけど、とても魅力のある素敵な人だと思います」
そう語る夏芽の目はどこかうっとりとしている。明らかに今まで隆司に対して抱いていた思いとは違うものが芽生えている。だが、相手が隆司なだけに心配せずにはいられない。
「夏芽ちゃんは夏芽ちゃんのままでね。あんまり危ない橋は渡らないようにするんだよ」
「?」
「そういう優くんはどうなの?翔子さんとうまくいってる?」
「僕のことは心配いりませんよ。ただ、問題があるとすれば・・・」
「あるとすれば?」
「僕の身長がなかなか伸びないってことくらいですかね。今やっと翔子と並んで、もう少しないとバランスが悪い」
小柄な優磨に対し、翔子は女子の中でも長身な方だ。
「問題ってそれだけ?」
「今のところは」
「幸せなことで」
「それに、高校卒業したら翔子と一緒に海桜大に行く予定なんです。実はもうすぐ下の兄が嫁ぐので、竜崎の事業のひとつを僕が継ぐことになったんです。そのための勉強が必要なので、また桜蘭に戻らなきゃいけなくなりました」
桜蘭学園と直結する大学は二つある。一つは桜蘭学園大学で、ここはお金があれば通えるというていの金持ち大学だ。そしてもう一つが海桜大学。こちらはいくらお金があっても高い学力がなければ入れない。少し学費は高いが、設備、講師共に日本一といっても過言ではない。
「お兄さん、嫁ぐって婿養子になるってこと?」
「えぇ。まぁ、いろいろあるんです。なんせでかい家ですから」
「お金の心配はないとして、こんな普通の高校に通ってて海桜なんて受かるの?」
「大丈夫ですよ。僕って結構なんでもできちゃうタイプなんで」
嫌味かっ、と突っ込みたいところだが、優磨が影で相当な努力をしていることは容易に想像がつく。家のこと、翔子のこと。本気になった彼の力は、小さな体には収まりきらないくらい大きい。
言ったことは必ず実現させる。優磨ならきっとできるだろう。
「そっかぁ。みんないろいろだね」
「あ、そういえばあの満月って子、もうすぐ転校しちゃうんでしょ?」
「よく知ってますね。お父さんの仕事の関係でアメリカに行くみたいです。もともと決まってたことで、四月から向こうの学校へ行ってもよかったみたいなんですけど・・・」
海人がもごもご言い出したので、鈴子が冷たく後を継ぐ。
「要するに、離れる前に捨て身の覚悟でここに来たってわけね。あんたも罪な男ね」
「でも、俺は愛海が好きだから・・・」
「はいはい。あんたがどれだけ愛海を好きかはよぉくわかってるから」
「でも、宮村先輩は気を抜かないようにしないといけませんね」
「うん。私も前よりはいろいろわかった気がする。だから大丈夫だと思う」
「ま・・・愛海ぃ・・・」
その時、屋上のドアが開いて一人の男の子が入ってきた。みんな一斉にそちらを向く。
多くの視線を一身に浴びて、居心地悪そうに顔を歪める彼は、黒髪に眼鏡の好青年だった。こんな人物はいただろうか。屋上に来れたということはホーリーナイトのはずだが。
「えっと、あなたは・・・」
じいっと見ていた鈴子はいち早く気付く。顔が冴子によく似ている。
「もしかして・・・明良君?」
「えぇ?」
愛海は近くに寄っていってまじまじと見つめる。無断で眼鏡を外し、さらに確認する。
「おい、勝手に取るなよ」
「だって、なんで眼鏡?」
「俺はもともと目が悪いんだ。まぁ、かけなくても生活にそこまで支障はないけどな」
「へぇ、そうなんだ」
納得。
「ちょっと、聞くとこもっとあるでしょうが」
鈴子の突っ込みにはっとする。
「そうだよ。明良君、急にどうしちゃったの?びっくりしすぎて何がなんだか・・・」
「変か?」
「ううん。すごく、いいと思う」
「そ、そうか・・・。お前がやめた方がいいって言うから、今までの俺から変わろうと思ったんだ」
少し照れながら言ったセリフだが、愛海は気にも止めず、ただ明良を眺めている。珍しいものでも見るような目だ。
この姿は今まで以上に人気が出るだろうと思われた。もともと顔立ちが端正なので、少し整えるだけで急に好印象になる。実際の学力は低いが、見た目だけなら頭も良さそうだ。
「これはまたもてるね」
「俺はもてたくてこんな風にしたわけじゃなくて、お前の・・・・」
すごい勢いで二人の間に海人が入ってきた。
「わっ、ちょっと、海人?」
「愛海はあげないよ」
「あ?」
にらみ合う二人。明良の凄みの効いた目つきにも、海人はまったくひるまない。
「なんだかなぁ・・・」
まだまだ騒動は続きそうだ。
もうすぐ夏が来る。それぞれの旅立ちに向け、季節は回る。
どんなときも、どんな季節も、ホーリーナイトの周りはいつも騒がしい。
今まで読んでいただいた方々、本当にありがとうございました。そして、なんだか中途半端な感じで終わりになってしまってごめんなさい。彼らの今後はご想像にお任せするということで・・・。
でも、彼らにはそれぞれエピソードがあるので、もし機会があったら書いてみようかなと思っています。
気になる人物がいたら教えていただけるとうれしいですね。
では、本当にありがとうございました。