専属侍女イザベラ
恐らく今頃は睦み合っていますね…。
医務室はそういう場所ではありませんよ。
本当にもう!
さて、パーティー会場を確認して…。
陛下とオースティン公爵様とバラクロフ侯爵様が話しているようです。
今日の出来事を考えると確実に修羅場ですね。
姿は確認できませんがリズ様の母君も会場の中にいるはずです。
見つからないように外周の廊下を通って屋外に出ます。
王立学園の馬繋場は広くないので、公爵家の馬車が待機しているか分かりません。
帰っていたら辻馬車を利用しましょう。
えっと…、公爵家の馬車を見つけました!
馭者はチャドさんですね。
「チャドさん、公爵家に一旦戻って下さい。お嬢様の荷物を運ばなければなりません。」
「よう、イザベラさん。お嬢様の許可が出ていて戻ってくるなら問題ない。出発するよ。」
「はい、お願いします。」
王立学園を出発。
◇◇◇
公爵家に到着。
「荷物を用意してきます。少し休憩していて下さい。」
「ああ、待っているよ。」
ここに来るのも最後になるかもしれませんね。
私はリズ様だけに教育していただいたと考えています。
心残りは何もありません。
このような日が来るかもしれないと思っていました。
予定通りに行動します。
2階の私室に入り机の引き出しの中から、退職届といただいた給金が全て入った袋を出します。
執務室に入り机の上に、退職届と給金が入った袋を置きます。
公爵家や公爵領の為に働いたわけではありませんから、給金はお返しします。
さて、荷物をまとめますか…。
◇◇◇
私は行儀見習いとして公爵家に預けられた、裕福ではない伯爵家の三女です。
間違いなく口減らしでした…。
姉妹の中で私だけ放置されていましたので。
名前も書けない、最低限の教養もない、マナーなんて知らない。そんな子が公爵家で働く侍女を見て仕事を覚えるなんて無理です。
侍女たちも箔付けとして働いている人が多く、行儀見習いを相手にする気なんてありません。
それに邸が大きく忙しくて大変ですから、時間もありません。
今なら父親の行動が不躾だったと分かります。
リズ様が友達として一緒に住みたいと言ってくれたので、私はここにいます。
リズ様が勉強も一緒にしたいと言ったので、地獄を見ることになりました…。
私はリズ様より3歳年上だけれど、初めてリズ様を見た時、公爵令嬢はキラキラしていて、別次元の存在のように感じました。
一緒に勉強するといっても、家庭教師が私に教えることはありません。
当初はリズ様の勉強を見学していただけです。
それでも理解できたことがあります…。
リズ様の勉強は朝から夜まで続き、課題をして、予習と復習をして、寝る時には日付が変わっているのが当たり前の生活です。
休日は母君に連れられてお茶会に参加したり、お茶会を開く為の招待状を書く練習や、お茶菓子の選択から、それに合う紅茶まで覚えなければならないのです。
噂は当てにならないと知りました。
この生活を見て羨ましいと思う人はいるのでしょうか?
リズ様はこの生活の中で空いた時間を私の教育にあてたのです。
睡眠時間を削り休日を潰すことにより空いた時間です…。
リズ様に教育していただいた日々が何年も続き、それにより専属侍女として給金をいただけるようになったのです。
この時点で2人の姉を超えていると思ったけれど、リズ様は私への教育を止めませんでした。
私は王立学園に通えません。リズ様の専属侍女としてお供はしたけれど、授業中は別室で待機です。しかし、待機時間中もリズ様に用意していただいた課題をしていました。
王立学園の授業内容も全てリズ様に教えてもらいました。
リズ様は授業の復習にちょうどいいなんて言って笑っていました。
公爵令嬢は勉強ができて当たり前だと言われます。お金があるから凄くて当然だと言われます。学園で聞こえてくるリズ様への妬みや嫉みは、只々ムカつきました!
リズ様と同じ時間勉強できますか?
失敗することが許されない環境での生活が想像できますか?
公爵家の家族が揃って食事するのを見ている私ですら息が詰まります。
リズ様が別々に食事したいと愚痴をこぼしてしまう程の環境です。
私が来るまで気を休める時間が無かったと言っていました。
リズ様が楽をしている時でも私は必死に勉強しました。
私との会話は癒しなのだそうです。
いつの間にか常にリズ様を目で追うようになっていました。
食事の仕方やお茶の飲み方、歩き方や座り方など。
リズ様の生活は全て見本になります。
私が給金をいただき始めてから、リズ様は偶にアクセサリーをくれるのです。
侍女として働いている時にも着けることができて、私の給金で買えるものだそうです。
流石に特別扱いすぎると言ったら、リズ様が小さな声で呟きました。
「家族で特別なのはイザベラだけだから。」
何も言いえませんでした…。
初めてもらったのはエメラルドの髪留め。
仕事中に髪の毛が邪魔にならないように、だそうです。
次にもらったのはエメラルドのブローチ。
侍女服にも付けて仕事ができるから、だそうです。
困難な課題を乗り越えた時にくれたみたいです。
私にとって大切な家族の証であり勲章なのです!
◇◇◇
荷物をまとめていると懐かしい思い出が浮かびました。
リズ様と私の部屋は2階で隣部屋なのです。
部屋の中にあるドアから行き来できるようになっています。
私の荷物はトランクケース1個分。
トランクケースとリズ様の宝石箱を馬車に乗せます。
玄関に戻ると執事のアンガスがいました。
こちらを見ているような気がしますね…。
近づいてきました。
「イザベラさん、荷物を馬車に乗せているようですが何かありましたか?」
「はい、今日の卒業パーティーでお嬢様の婚約者がブライアン令息から第二王子殿下に代わりました。お嬢様は今日から王宮に住むことになり、一連の流れを陛下が旦那様へご説明して下さっています。」
想像以上に驚きの内容だったようですね。
アンガスが唖然としています。
「な、なんと!何があったかご存知でしょうか?」
「声を落とさせていただきます。旦那様のご判断が分かりません。お嬢様が卒業パーティーの最中に突然婚約破棄を宣言されました。ブライアン令息が真実の愛を見つけたらしく、その相手が王太子殿下の婚約者であるシャルロッテ令嬢でした。ブライアン令息は不敬が酷く卒業パーティーも台無しにしたので、衛兵により平民用の地下牢に入れられたそうです。ブライアン令息が狂っていたとしても、お嬢様は傷物扱いです。第二王子殿下と結婚することは決定していますが、公爵家に籍を残すのかどうかは、陛下と旦那様の話し合いでお決めになると思われます。ブライアン令息から婚約中に贈っていただいたドレスやアクセサリーは、お嬢様の意向により返却して欲しいとのことです。ドレッシングルームに分かりやすく保管してありますので、そちらの対応をお願いします。私は王宮にお嬢様のドレスなどを届けなければなりません。返却については箝口令を敷いて、信用できる人に対応をお願いして下さい。」
「余りにも酷い内容で眩暈がしますね…。侍女長を中心に返却作業をしてもらいます。」
「はい、よろしくお願いします。」
アンガスが早速動き出しました。
私も早く終わらせましょう。
2階に戻りお嬢様のクローゼットから、ドレス2着と部屋着4着、夜着と下着を4着、化粧品や櫛、手鏡などの日用品もケースに入れます。
これでトランクケース4個分ですね。
かなり少なくしたつもりですが、リズ様の荷物はやはり多くなってしまいますね。
王妃様と殿下がすぐに用意して下さるでしょうから、神経質にならずにすむのが救いです。
「お城までお願いします。その後は王立学園に戻って下さい。」
「はいよ。それでは出発するよ。」
「はい、お願いします。」
公爵家を出発。
◇◇◇
お城に到着。
城門の門兵が馬車の窓をノックしました。
窓を開けます。
誰か卒業パーティーでのやり取りを連絡してくれていますよね?
「オースティン公爵家の紋章だね。要件を聞かせてくれないか?」
「本日の王立学園卒業パーティーにて、第二王子殿下とリーゼロッテお嬢様の結婚が決まり、本日からリーゼロッテお嬢様と専属侍女の私イザベラが王宮に住むことになりました。必要な物は揃えていただけるという事でしたが、急な決定でしたので4日分の荷物を持ってきました。」
「王妃様から連絡が来ているよ。城の玄関で人を呼べるから荷物を運んでもらってくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
門兵が手を挙げると城門の落とし格子が上がりました。
王妃様の視野が一番広いですね。
困ったら王妃様に相談しましょう!
馬車を城の玄関前に止めてもらいました。
馬車から降りて玄関を守っている兵士に声をかけます。
「すみません。第二王子殿下と結婚することになりました、リーゼロッテお嬢様の荷物を王宮の客室に運んでいただきたいのですが、人を呼んでいただけると聞きましたのでお願いします。トランクケース5つに宝石箱1つです。」
「分かりました。3人いれば問題なさそうですね。少しお待ち下さい」
兵士は小走りで城内に入って行きました。
少し待つと先程の兵士と3人の兵士が来ました。
「お待たせしました。荷物を第二王子殿下の客室まで運んでくれ。」
「馬車の座席に置いてある荷物です。」
「分かりました。お任せ下さい。」
「確かにお預かりしました。客室に運ばせていただきます。」
「よろしくお願いします。」
「それでは戻ります。ありがとうございました。」
「お気をつけてお帰りください。」
お城を出発。
◇◇◇
王立学園に到着。
夕暮れをすぎて薄暗くなってきました。
「チャドさん、ありがとうございました。お嬢様のところに行きます。」
「ああ、頑張れよ!」
お別れの挨拶は言えません。
今後もお仕事を頑張って下さい!
まさかの可能性もあるので医務室に行くのは止めます。
戻っているとしたら王族が集まっていた中央より奥でしょう。
廊下を歩き奥の扉から会場の状況を確認します。
今はダンスの時間でしたか。
楽しそうにアレックス殿下とダンスを踊っていますね。
自然とリズ様に目を奪われます。
贔屓目もあるでしょうが会場で一番魅力的な女性ですね。
ダンスが終わったので、少し様子を見てから話しかけに行こうと思いましたが、2人の距離が近くなっています。
医務室で何かありましたね。
お風呂の時間に揶揄いましょう!
気配を消してリズ様に接近します。
背後から話しかけても驚いたことがありませんので、気づいているのでしょう。
「お嬢様、最低限の荷物と宝石箱を王宮の客室まで運んでもらいました。」
「ありがとう。退職届けも置いてきましたか?」
「置いてきましたけど、用意しているのを知っていましたか?」
「知りません。イザベラなら置いてくると思っただけです。今まで働いて得た給金も置いてきたのではありませんか?使ったことがないでしょう?」
「鋭いですね。私は公爵領や公爵家の為に働いてきたのではありません。お嬢様と一緒にいたら、給金がいただけるようになっただけです。お嬢様だけが私を教育してくれましたから、お嬢様からいただいたものだけで十分です。」
「そのように言われると嬉しいわね。アレク、イザベラは社交の実践経験はありませんが、執務能力は私と余り遜色ありません。専属侍女としてだけではなく、執務も補佐してもらうつもりですから、それに見合った給金をお願いします。」
「彼女はリズの専属侍女であることが最優先だと思うから、役人として多忙になるのは本末転倒な気がする。だから執務補佐もするリズの専属侍女として給金を決めたいと思う。それでいいかな?」
リズ様の近くにいたいですからね。
今までの恩返しが全くできていません。
「勿論です。過分なご配慮ありがとうございます。」
「これまで忙しすぎましたからね。落ち着いた生活ができそうです。」
酷使してきた心と体を休めてください。
私が守りたい唯一の大切な家族ですから。
リズがイザベラを教育した一番の理由は一緒にいたいからです。
アレクたちと遊べなくなり勉強漬けの日々だったリズは遊び方を忘れました。
リズの唯一のコミュニケーション手段が勉強を教えることでした。
イザベラが諦めなかったことにより2人の関係が変わっていきます。




