前編 公爵令嬢リーゼロッテ
「リーゼロッテ、君とは婚約破棄だ!僕は真実の愛を見つけてしまったよ。」
貴族と優秀な平民が14歳から16歳まで通う、王立学園のが卒業パーティーで婚約者ブライアンがパーティー会場の中心で声を上げました。非常に目立っています…。パーティー会場までエスコートしてくれましたし、私が着ているドレスも彼から贈られたものです。つまり卒業パーティーに参加している女性の中に彼に愛されてしまった被害者がいるのですね…。
「ありがとうございます!あなたからいただいた言葉で一番嬉しいです。但し、今からあなたに呼ばれる女性が余りにも可哀想ですから、家に帰って頭を冷やして下さい。私との婚約破棄については滞りなく処理させていただきますので、ご安心ください。それでは、ごきげんよう。」
ブライアンにカーテシーをしました。
彼には一度も見せたことがない笑顔になっているでしょう。
「あ、ありがとうだと!君は僕と婚約していたにも関わらず浮気していたのか?」
「断じて浮気していません。あなたとの婚約破棄により、蓋をした恋心が実るかもしれないだけです。何の非もない私に対して大勢の前で婚約破棄を宣言した割に小さい男ですね。」
肩をすくめながら話したら想像以上に気に障ったようです。みるみる顔が赤く染まっていくのが楽しくて仕方ありません。真実の愛について忘れてくれたら最高です!
「ぼ、ぼ、僕が小さい男だとー!侯爵家嫡男であるこの僕が小さいだとー!」
侯爵家嫡男がこれでは駄目ですね。後先考えずに殴りかかってきそうですから、王子様に守ってもらいましょう。護身術が使える専属侍女のイザベラが近くにいるので大丈夫なのですが、今の私は彼を頼りたいのです。
「アレク、小さい男が怒っていて何をされるか分かりません。怖いので助けて下さい。」
「彼との婚約破棄で舞い上がっているね。君の幼い頃を思い出すよ…。」
すぐ近くまで来てくれていたのですね。
とても嬉しいです!
「アレックス殿下、このような性悪女を庇う必要はありません!侯爵家嫡男である僕を馬鹿にした罰を与える必要があります!」
「ふーん…。君に名を呼ぶことを許した覚えはないし、リズに手を上げたら容赦しない。そこで君が声を上げてから全て聞いていたが、リズは事実しか言っていない。激怒して女子供に手を上げるような男は、器が小さいだけではなく、人として最低だ。君の取り柄である侯爵家嫡男も、リズと婚約破棄をした後はどうなるか分からない。皆が卒業パーティーを楽しむ為に、君は家に帰った方がいいよ。午後になれば王族や卒業生の親も来るからね。」
アレクも怒っていますね。
私のためだと思うと嬉しいです。
蓋が開いたから仕方ないですよね…。
「王子ともあろう方が女性だけ贔屓するとはおかしな話ですねー。リーゼロッテは殿下を愛称で呼んでいるではありませんか!愛称で呼び敬称もつけない。これでは彼女が殿下の婚約者に見えますよ。」
まさか王子を煽るとは…。この事実を現当主が知れば確実に廃嫡されると分かっていませんね。彼には隙がありすぎて、自由にするのも怖い存在です。
私とブライアンの婚約期間中は、お互いに婚約者として最低限の義務を果たしていただけですから、彼の本質に気づきませんでした。
いや、それは違いますね…。
彼に興味がなかっただけです。
「ああ、君が婚約破棄してくれるお陰でリズと婚約できる。僕は国王や王太子に興味がないから、兄上より先に婚約や結婚しないと決めた。幼い僕はそれが正しいと考えたんだよ…。兄上が婚約する前にリズが他の男と婚約した時、自分の愚かさを嫌というほど痛感したさ。だからリズが結婚するまで誰とも婚約しないと決めた。リズが結婚したら彼女を諦めることができるかもしれないと思ったから…。リズは君と婚約してから僕のことをアレクと呼ばなくなった。同じ教室にいてもアレックス殿下と偶に呼ばれるくらいさ。愚かな僕への罰はそれだけでも十分すぎた。それにしてもリズを手放す男がいるとは想像できなかったよ。表面上では怒っていても心の中では歓喜している。ブライアン、君がリズと婚約破棄すると言ったのは大勢の証人がいる。今からリズは僕の婚約者として扱わせてもらうから。文句はないよね!?」
「あ、あ…。」
アレクが威圧したらブライアンは話せないよ。
胸に靄が残っている…。
偶々アレクの婚約者になれるからだと思う。
でも、嬉しい。
視界が滲む。
あれ…、わたし泣いているんだ。
アレクがハンカチで涙を拭いてくれる。
「奥の化粧室の左端のロッカーにドレスとアクセサリーが入っているから、化粧を直すついでに着替えてくれると嬉しい。鍵はこれね。」
「ありがとう。イザベラ、行きましょう。」
「はい、お嬢様。」
鍵を受け取って奥の化粧室に向かって歩きます。アレクが用意してくれたドレスが気になって、逸る気持ちを抑えて令嬢らしく歩くのが大変です。
「リズ様、馬鹿と婚約破棄できて本当によかったですね。殿下もリズ様も真面目すぎますよ…。権力を使えば簡単に婚約破棄できたのに。腹黒公爵令嬢らしくないですよ!」
「流石にアレクが来てくれないと動けないわ…。これが運命だと気持ちを整理してきたつもりよ。あなたは全部知っているでしょ!それより私がいつ腹黒公爵令嬢だったのかしら?口が悪いイザベラの給金を減らせばいいの?」
2人きりになるとイザベラの口が悪くなるのはいつも通りです。ですが公私の区別は完璧ですから気になりません。
私のことを愛称で呼ぶ侍女はイザベラだけ…。
彼女は大切な友達でもあり侍女でもある唯一無二の存在です。
「何を言っているのですか!殿下との婚約が決まったようなものではありませんか。幸せのおすそ分けをして下さい。ネックレスが欲しいです!宝石はダイヤモンドでお願いしますね。」
「もう、分かったわよ。宝石箱を確認して無ければ買いに行きましょう。」
「流石リズ様です。私はどこまでもついていきますからね!」
イザベラが抱き着いてきました。
特別扱いなんてしなくても、必ずイザベラは私についてきてくれる。
私の方がイザベラに甘えています…。
「ブライアンにいただいた物を全部返却して、アレクと婚約が成立した後ですからね。」
「勿論です!簡単な仕事ですね。こんなこともあろうかと、分けて管理している私は凄いのです。えっ!?イヤリングもくれるのですか?リズ様の目に近い色のエメラルドがいいです!」
どのように管理しているのか気にしていませんでした。凄いですね…。
ああ、素直に感心してしまいました。
イザベラは私の考えていることなどを先読みしてきます。
既に満面の笑みですね。
「優秀な侍女にはイヤリングもあげます。ここで媚びを売るのが腹黒侍女のイザベラね。エメラルドのイヤリングは好きなものをあげます。」
「はい、好きなものをいただきます!こんなにも可愛いリズ様と婚約破棄を宣言した馬鹿は元気でしょうか?私はあの人に全力でビンタしたいです。数々の発言が凄くムカつきましたからね!」
イザベラの全力ビンタは歯が折れそうですね。お願いしたいところですが婚約破棄が最優先です。こちら側が暴行を加えてしまうと、慰謝料の話し合いが長くなってしまいますから。
奥の化粧室はここですね。
中に入り鍵で左端のロッカーを開けます。
「凄い…。何でこれ程のものを用意しているのよ。バカ…。」
「リズ様のプラチナブロンドの髪と魅惑的な体には、赤いAラインドレスより紫のマーメイドドレスの方がお似合いです。ドレスに宝石が縫い付けてありますね。誰よりも光り輝きますよ!アメジストのイヤリングとトパーズのネックレスもありますね。殿下の16年分の交際費が吹き飛んでそうです。愛されすぎですよ…。」
私の衣装がブライアンの色からアレクの色に変わりました。サイズも丁度です。私がドレスを注文しているお店で聞いたのでしょう。
本気で私を愛しているのならブライアンから奪い取りなさいよ!
このドレスが偶々着ることになったものでなければ最高に嬉しかったわ。
幼い頃のアレクを取り戻さないと。
今のアレクは許せない!
「はい、泣かない。化粧を直して説教するんでしょ?おとなしく座って下さい。」
「そうよ、説教してやるわ!絶対に許せない…。最高に仕上げて!」
「お任せ下さい。私は仕事ができるリズ様の専属侍女ですからね!」
「よく知っているわ。イザベラがいなければ私は勉強ができるだけの貴族令嬢です。イザベラの手によって公爵令嬢にも公爵夫人にも王子妃にもなれます。私を高めて!」
「主人の望みを叶えるのが侍女の役目です。お任せ下さい!」
「お願いね!」
私が愛したアレクに戻してみせる!
ブライアンの父親はリーゼロッテの父親に土下座をして婚約を認めてもらいました。
父親だけの秘密です。