(5)人の優しさ
草原に続く一本道。横助が荷車を引き、その隣をクルミが歩く。クルミは自分の荷車なのだから自分で引くと言ったのだが、横助がそれを断わった。さすがの横助でも女の子に重たい荷物を引かせるわけにはいかなかったのだ。
「後ろに行くとその西都って街があるのか?」
横助は隣を歩くクルミに尋ねる。
「そうですよ。夏の間は三日に一回ほど西都の広場まで牛乳を売りに行くんです」
「西都か……」
横助は落下中に見えた、城壁に囲まれた街を思い出した。ザ・異世界といった感じの街だったが、おそらくあそこが西都だ。
「後で地図をお見せしますね」
「おお、マジ助かる」
街の名前を聞いても横助にはそれがどこに位置しているのかも知らないし、そもそもこの大陸の形すら分かっていない。だから取りあえず魔王のことは後回しにして、この世界の情報を集めるところから始めようと横助は思っていた。
(それにしても、異世界ね……)
横助は、左右に広がる草原を見渡す。風になびく草木や流れる白い雲はやはりどこか現実離れしている気がして、横助は全く見ず知らずの土地を歩いているんだと実感した。荷車がガタガタと揺れるのを両手に感じつつ、さらにその道を進む。すると少し先の方に小高い丘が現れた。
「あそこを越えたら私の家が見えますよ!」
後ろからクルミが声を上げた。
(いよいよか……)
横助は心なしか緊張してくる。元々人見知りなのもあるが、クルミの実家ということは当然クルミの両親にも会うことになる。助けたお礼という名目なので幾分か気持ちは楽だが、それでも人の親に会うというのは人見知りじゃなくても緊張するものだ。
(クルミの親父さん、強面じゃなければいいけど……)
横助は思った。
「紹介します!お父様のアルモンドと、お母様のヘーゼルです!」
クルミが対面に座った髭面の男と、その隣に座るにこやかでいかにも上品そうな女性を指し示す。そして今度は隣に座る横助を指した。
「そしてこちらが先程私をオークから救ってくださった、勇者の横助さんです!」
「……どうも」と横助は不格好な会釈で答えた。アルモンドはフンと鼻を鳴らし、ヘーゼルはにこやかな表情のまま丁寧に頭を下げた。
(強面だ……)
横助は胃がキリキリと痛むのを感じながら身を固くした。クルミの父親、ルルリエ・アルモンドは、肩幅が広く怖そうな顔をしていた。しかも別にそういう目的で来たわけではないのに、なぜかクルミとの結婚を申し込みに来たような雰囲気になっている。
「勇者、ねぇ……?」
アルモンドは厳つい顔で横助をじろじろとなめ回すように睨み付けた。
「へー?ほーん?それで?お前がクルミを助けたと。オークを殴り飛ばして。その細腕で。ほーん?」
そんなアルモンドの顔から目を逸らし、横助はクルミの方を見るが、クルミはニコニコと嬉しそうに笑って「はい!凄くかっこよかったです!」と言った。それがさらにアルモンドの機嫌を逆なでする。
「あのー……」
「あぁ?」
「いえ……」
この状況でなぜそんなに嬉しそうに出来るのか、クルミはいたって平和な顔をしているが、横助の心は大ピンチだった。しかしそんな中、今までずっと黙って微笑んでいたヘーゼルがようやく口を開く。
「横助さん、あなたは勇者様だということですが」
「あー、はい。一応……」
「証拠はおありですか?」
「証拠?」
「かつてこの世界を救った伝説の勇者様には、女神様から賜った刻印が刻まれていたと言われています。あなたにもそれがありますか?」
「ああ、そういえば…………」
思い出すよりも先に右手が左胸へと伸びる。賜ったというよりは無理矢理刻まれたという方が正しいが、こちらの世界に来るときに横助は女神から勇者の証なるものを貰っていた。
「これのことですか?」
横助がそう言ってローブをはだけてみせると、にこやかだったヘーゼルがふと真剣な表情になる。
「それは……」
「おいおい、こりゃあ……」
先程まで横助を疑り深く睨んでいたアルモンドまで驚いた表情に変わった。
(え、これってそんな凄いやつなの?確かにめちゃめちゃ痛かったけど)
その時のことを思い出して、横助の左胸がズキズキと疼く。
「なるほど、確かに本物の勇者様なようですね」
ヘーゼルは重たい口調でそう言った。
「では、本当に遥か異界から来られたのですか?」
「あー、はい」
そう頷きながら、横助は内心ほっとしていた。自分が勇者であることや異世界から来たことを説明すべきかどうかずっと迷っていたからだ。しかしクルミに引き続きヘーゼルとアルモンドもその事を理解してくれた。
(この感じだと、この先も取りあえず女神の名前を出せば何とかなりそうだな)
右も左も分からないこの世界において、そのことは横助に取って大きな安心材料だった。
「そうですか……。では改めてお礼を言わせてください。この度はクルミを救ってくださり、本当にありがとうございました」
そう言ってヘーゼルは深々と頭を下げた。「まぁ、礼ぐらいは言っといてやる」とアルモンドも不満げに続く。
「えっ!いやそんな!ほんと偶々近くを通りかかっただけで!」
見なかったことにしようかと思ったぐらいですと心の中で言う。
それからヘーゼルはにっこりと笑うと、「お礼と言うには少し質素ですが、是非夕飯をご馳走させてください」と言った。その表情を見て横助は今しかないとずっと言いたかった頼み事を切り出した。
「あの……出来ればなんですけど、今晩泊めていただければなぁなんて……」
「もとからそのつもりですよ?それに今晩と言わず、しばらくいてくださっても大丈夫ですので」
意外にもあっさり了承するヘーゼル。
「あ……ありがとうございます……!」
横助自身、クルミ言われるまで思い至らなかったのだが、横助は現在無一文なのだ。文字通り裸一貫で異世界に来た身なので、もしクルミに出会わなかったら今頃全裸で途方に暮れていただろう。全裸で。だからこそヘーゼルの厚意がものすごくありがたかったのだ。
(アポ無し旅をやってるタレントってこんな気持ちなんだろうか……いや、むしろ俺の方がガチだよな、うん、俺の方が凄い)
人の優しさに泣きそうになりながら、世の中にはこんなにありがたいことがあるのかと横助は思うのだった。




