(4)第一異世界人、クルミ
「あの、大丈夫ですか……?」
倒れた横助の顔を少女が心配そうに覗き込む。
「ああ、一応……」と横助は力なく返事をする。初対面の女の子の前で全裸を晒して、横助は今すぐ土下座で詫びたい気持ちでいっぱいだったが、なぜか体が言うことを聞かなかった。それは疲労とも少し違う、体中の力が抜けてしまったような感覚だった。
そんな横助の手を少女はそっと握った。「何を……」と横助が呟くと同時に、少女の手から何か温かいものが横助の体に流れ込んだ。
「これはっ……!?」
目を見張る横助に対して少女はにこりと微笑んだ。
「大量のマナを消費したようでしたので」
「マナ?よく分からないけど…………それより今のは……?」
「私、治癒魔法は得意なんです」
「治癒魔法……」
当然ながら、横助に取っては初めての回復魔法。感慨深い思いに浸っていると、横から少女が心配そうに尋ねてくる。
「あの……」
その声に横助ははっと我に返り、少女に向き直ると「助けてくれてありがとう」と頭を下げた。すると少女は慌てて両手をブンブンと胸の前で振った。
「それはこちらの台詞です……!危ないところを助けて下さり、ありがとうございます」
しかしすぐに困ったような表情になる。
「ところでその…………お洋服はどうされたのでしょう?」
そう言いながら少女の視線はチラチラと横助の下腹部に向いていた。
「あーそのー……」
横助は言葉に詰まる。問題は異世界から来たことを話していいのかどうか。横助としては別に事実を話しても、誤魔化してもどちらでも良かった。ただ、現状森の中を全裸で歩いていた男として先程のオークよりも危険な人物であることに違いなかったので、取りあえず怪しい者ではないということだけは伝えたかった。しかし異世界転移のことなど、そういった世界のシステムに関わることは話すべきではないのではないかとも思えた。
(あのギャル女神……そこまでちゃんと教えとけよ……!)
そう心の中で悪態をつく横助だったが、そんな彼の顔を少女がじっと見つめる。
「もしかして…………勇者様ですか?」
「…………え?」
突然正解を言い当てられ、横助の思考が止まる。それを見て少女は確信したように呟いた。
「やっぱり……」
「ちょ、ちょっと待って!なんで俺が勇者って……いや、まだそうと決まったわけではないんだけど!」
その返しはもはや認めたようなものだったが、少女は頷いてわけを語った。
「今から千年前、この大陸を未曾有の危機が襲いました。魔物の襲撃に謎の流行病、たくさんの命が死に絶えました。しかしそんな時、一人の青年が遥か異界よりこの地に降り立ちました。それが今に語り継がれる伝説の勇者様です。勇者様は長く険しい冒険の果てに全ての元凶である魔王を打ち倒し、見事この世界を救いました」
そこで少女は言葉を切ると、横助の目をじっと見据えて続けた。
「そしてその伝説の勇者様が降り立った場所こそが、まさにこの森の奥にある泉なのです。ちなみに初めてこの地に降り立ったとき、勇者様は一切の衣服を身につけておらず、左胸に何かの紋章が刻まれていたと言われています」
「なるほどね……」
横助は呆れ気味に呟いた。まさに今、自分が置かれている状況と全く同じだった。
「勇者様の伝説を知らないということは……やっぱりあなたは……」
少女の驚きに見開かれる瞳を見て、横助は「はぁ」とため息をついた。さすがにここまで証拠が揃ってしまっては、もう言い訳は出来なかった。
「まあ、その……僕も勇者です、はい」
「ほっ、本当ですか!?本当に、本当に勇者様なんですかっ!?」
グイグイと迫ってくる少女を何とか押しとどめて、横助は答えた。
「まあ一応……っていうか君が驚いてどうすんの……」
「だって!千年も前の話ですし、まさか本当に伝説の勇者様に会えるなんて……!」
少女は横助の両手を握りしめてキラキラと瞳を輝かせた。
(そんな大層なもんでもないけどな……)
横助は気まずくなって目を逸らす。
「あー……念のため言っておくけど、その言い伝えにあるって言う伝説の勇者様とは別人だからな?遥か異界から来たってのは本当だけど」
「そうなのですか?ではやはり魔王を倒すために、女神様に命を受けて?」
「まあ……そうだな。でも正直まだ何にも分からないんだよな……。この世界のことも、魔王のことも……」
横助は頭を掻きつつ半分独り言のように言った。すると少女は何かを思いついたように横助の目を見た。
「そういうことでしたら私の家に来ませんか?助けて貰ったお礼もしたいですし」
「え!?いやなんか悪いよ……」と横助は断わろうとするが、少女は横助の全身を見て申し訳なさそうに言った。
「でも……その様子だとどこにも行く当てがないのでは?」
「…………そっすね」
「そういえば自己紹介がまだでしたね」
森の小道を歩きながら、少女が隣を歩く横助を見上げた。
「私はルルリエ・クルミといいます。クルミと呼んで下さい!」
「クルミ、ね。俺は横助だ。呼び方は……まあ普通に横助でいいぞ」
「分かりました!では横助さんとお呼びしますね!」
満面の笑みでそう答えるクルミ。
「別に敬語じゃなくていいけど……」
横助としては見た目同い年ぐらいの女の子に敬語で話されるのは違和感があったが、クルミは「大丈夫です!」と元気よく否定した。
「誰に対してもこうなので!」
(そういうキャラか……)
悪くない、と横助は思った。
それから二人はしばらく森の中を進んだ。途中、クルミは自分が魔法学園という学校に通う学生であることや、今は夏休みで実家に帰省し家業の酪農を手伝っていること、西都という街に牛乳を売りに行った帰り山菜を採ろうと森に入ったらオークに出くわしたことを話した。
「すごいな、家の手伝いとかしてんのか」
「すごいだなんてそんな……!」
「いやすげえよ。寄生虫の俺とは大違いだ」
「横助さんも帰省中なんですか???」
「おう、オタク活動に精を出してたぞ」
「おた……???」
とまあそんなやり取りをしていると、前方に一際明るい場所が見えた。
「あ、そろそろ森を抜けますね」
(いよいよか……)
クルミの言葉を聞いて、横助は今更ながら緊張してきた。この森を抜けたらそこはもう異世界だ。正確にはこの森も既に異世界なのだが、やはり森の中と外は違う。横助は中学校の修学旅行で初めて東京に行ったときの、駅から外に出る際に感じた気持ちを思いだしていた。
(あの時はビルとかすげえ高くてびっくりしたなぁ……)
そこでクルミが荷車を取ってくると言って茂みの中に消える。しばらくしてカランカランというガラス同士がぶつかる音を響かせながらクルミが茂みから出てきた。
「では、取りあえず森を出ましょうか」
そう言ってクルミは荷車を引きながら光の入り込んでくる方に向かって歩き出した。横助もそれについて行く。
徐々に木々の隙間から向こう側が見え始めた。そしてぽっかりと空いた森の出入り口から外に出る。
ヒュオオオッ
前方から風が吹いて横助は思わず目を閉じた。そして目を開いた先に見えたものは一面の緑の海だった。
「これは……」
波打つ草原がずっと遠くまで続いている。風が草を揺らし、光の帯が流れていた。落下中に見えただだっ広い大草原だろうが、間近で見るとその広さは圧倒的だった。
(しかしまあいい景色だ……)
体の中まで吹き抜けるような風に吹かれ、横助は雄大な草原に見とれていた。すると横からクルミがおずおずと話しかけてきた。
「あの……感動しているところ申し訳ないのですが、こちらをどうぞ……」
そう言ってクルミは深緑色のローブを差し出した。
「あっ……」
そこでようやく横助は自分が今葉っぱを一枚腰今いただけであることを思い出した。
「すいません、履き物は予備がなくて……」
「全然いいよ!てかこれ、借りていいの?」
「はい。今朝方、私が着ていた物ですが」
それを聞いて横助は伸ばしかけていた手を止める。
「いや、でも俺こんな格好だし、女の子の服を借りるには変態過ぎるというか……」
しかし横助がそう言うと、クルミはきょとんと首をかしげて答えた。
「そんな格好だからこそ貸すんじゃないですか。むしろ差し上げてもいいですよ?」
「あ、そう?じゃあちょっと借りようかな……?」
そう言って横助は差し出されたローブを受け取る。と、同時にクルミの顔をまじまじと見つめた。
(可愛いなぁとは思ってたけど、やっぱり改めて見ても可愛いなぁ……)
艶のある黒髪にすらっと通った鼻筋、目もくりくりしていてとても愛嬌がある顔立ちをしている。そして可愛いなぁなんて大人ぶっているが、やはり横助も男の子。しっかりと衣服を持ち上げる胸部に視線が吸い寄せられる。
(この子がこれを着てたのかぁ…………って何考えてんだ俺は!!!)
ブンブンと首を振る横助をクルミは不思議そうに見つめた。
「早く着ないと風邪を引いてしまいますよ?」
「お、おう……そうだな」
(全裸にローブか……。結局変態だな……)
心の中でそうため息をつきつつ、横助はローブの袖に手を通した。




