表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
共に歩む者~共犯者~
9/67

1.川を流れて(エリック1)




 旅立ったエリックは、罪悪感に胸を痛めながら道を歩いていた。

 その罪悪感の原因は簡単だ。

 引き留める病床の母を振り切って旅に出てしまったことである。

 母の面倒は伯父に頼んだものの、やはり微妙に胸が痛む。

「母さん、俺を恨んでいるだろうなぁ…」

 口から溢れる溜息も重々しい。


 勇者の華々しい旅立ちだというのに、村人は病の母を置いて旅に出る不孝息子を責めるような目で睨んでいた。すれ違いざまにボソッと言われた一言は、「この親不孝者が」だ。

 こんなことを言われれば、誰でも気持ちが沈むというもの。

「俺、英雄のはずなのになんで責められなきゃなんないの…?」

 正確には未だ英雄になる前なのだが、エリックはすっかり英雄気取りらしい。

 英雄を名乗るのなら、せめて少しでも武勲を立ててからにしてほしいものだ。

 エリックは頭を悩ませながら道を歩く。

 現在彼の一番の懸念は、病気の母と自分の名声。

 この辺境の地、早い話がド田舎。

 田舎なんて狭い社会でのこと、周りは皆知り合いで、近隣の村人は皆親戚のようなものだ。そして皆知り合いであるために、噂は広まりやすかった。このままでは、自分の名前が母親を捨てて旅に出た親不孝息子と、この地域一帯に広まってしまう。

 何としてもそれだけは、避けたい話だった。


 悩めるエリックの重い足は、やがて大きな川へとたどり着く。

 エリックがよく釣りに来ている川だった。

 気晴らしに釣りでもしようかと、エリックは顔を上げる。

 すると、偶然とある光景が目に飛び込んできた。


 人が、流されている。


 昨夜雨が降ったため、川は水かさが増している。

 その川の中を、木片に掴まった子供が流されていたのだ。

 ギョッと目を見開いたエリックは、冷静になる暇もなく荷物を放り出すと、人命救助のために川へ飛び込んだ。咄嗟にそう行動できる程度には、泳ぎの自信と人情を持ち合わせていた。

 そして少年は人一人の命を救い出すのだが…

 水かさの増した川の中、これは全くの幸運としか言えなかった。



 エリックが助け出したのは、未だ若い女の子だった。

 エリックよりは年下のようだが、最初に思ったほど子供でもないようだ。

 見た目としては十五~六歳というところか。


 何とか川岸まで少女を担ぎ出したのは良いものの、今度は少女が息をしていないことに気付いて慌てるエリック。

「う、うわっ どうしようどうしよう!?」

 大慌てだ。

 そんなエリックの脳裏に、剣の声が響いた。

『えぇいっ 落ち着け! お主が慌てているうちに手遅れになったら何とするのだ? 慌てず騒がず、人工呼吸の一つでもせんか』

 その声を聞いて微妙に落ち着いたエリックだが、今度は「人工呼吸」という単語に顔を真っ赤にして燃え上がらんばかりの湯気を立て始めた。

「えっ そ、そんな! 女の子にそんなこと…!」

 今時天然記念物に指定したいくらいの純情さである。

 田舎育ちの素朴な少年には、人工呼吸でも刺激が強いのか。

 これで良いのか十七歳。

 おろおろと取り乱すエリックに、呆れたような剣の声。

『お主、乙女の唇と乙女の命、どちらが大事だと思っているのか?確かに無断で乙女の唇を奪うのは大罪だが、これも命を救う為なのだぞ。お主は乙女の唇を守って乙女の命を無にするのか? この腑抜けめが』

 剣の言うことも尤もである。

 剣に言われてやっと心を決めた純朴少年は、少女の気道を確保しようと少女の喉へ手を伸ばし、片方の手でその鼻を押さえる。


 ………と、そこまでした時。

 少女は小さく一つ咳をして、自分で呼吸を取り戻した。

 自力で助かってしまった少女を前に、目を点にする少年。

 今更ながらに「チャンスだったのに」という疚しい思いが到来する。そんな思いに囚われて、エリックは自分の手が少女の鼻をつまんだままであることに気付いていなかった。

 すぐに目を覚ました少女は、自分の鼻をつまんでいる少年の存在に呆然とする。

 少年の方も呆然としていた。

 そこで少女がこう言った。

「あの・・・鼻、離していただけますか?」

 呼吸がし難いんです、と少女。

「ああっ すみません」

 慌てて手を離すエリック。

 そんなエリックの足下で、剣が内心溜息をついていた。

 そしてエリックへ一言。

『…へたれ』

 エリックは30の精神的ダメージを受けた。

 更に剣はこう言った。

『意気地なし』

 痛恨の一撃! エリックは80の精神的ダメージを受けた。

 エリックは内心で泣きながら、そんな素振りは少しも見せずに助けた少女へ向き直った。

「体、どこも変なところはない?」

「えっ? あ、はい。助けていただいて有難うございます」

 自分が川を流されていたこと、エリックに命を救われたことに気付いたのだろう。

 少女は丁寧に頭を下げる。

「私の名前はシャロンといいます。神官として、修行の旅をしていたのですが…もう少しで、旅ができなくなるところでした」

「え? いや、旅ができないどころか死ぬところだったんじゃないかな。あのまま流されてたら修行どころか命、なかったよね?」

 何だか微妙に少女の論点が違うことに気付き、戸惑うエリック。

「それもそうですね。では改めて、命を助けていただき有難うございました。これも何かのご縁、ご恩返しはいつか必ず…忘れなかったら、ちゃんと返します」

 律儀に頭を下げるシャロン。

 そして何かに思い至ったらしく、頭を上げた。

「そう言えば貴方の名前は何でしょう」

 その台詞を聞いた時、エリックはしめたと思った。

 このまま自分の不名誉な噂が流れる前に、旅人に自分のことを吹き込んでしまおうと考えたのだ。旅の人の耳に自分の名前が入れば、きっと不名誉な噂よりも先に良い噂が広がるに違いないと。

「俺の名前はエリック。新月の勇者エリック・ガーリックだ!」

 エリックはまるで、予め練習していたかのごとく格好良く名を告げた。

 しかし、シャロンの反応はまるで期待とは違うもので。

 むしろ都合が良いと言わんばかりに手を打った。

「まあ、丁度良かった! 実はこの川上の村に、いま大量の魔物が。私ったら魔物に驚いて川へ落ちちゃって…。勇者様がいらっしゃるんなら丁度良いですね。退治してください!」

「え…え、ええぇ!?」

 にこにこにこにこにこにこと、物凄くにこやかに笑むシャロン。

 そんなシャロンの言葉に、エリックは一瞬で血の気が引いた。


 自慢ではないがエリックは、実はあまり強くない。

 今まで弓と短剣だけで狩りを行い、生きてきた少年だ。

 剣を振るって魔物と戦う機会など、今まで一回もなかった。

 おまけに初めて握った剣が月喰らう剣である。

 月喰らう剣を手に入れてから、半月も経っていない。

 はっきり言って、剣術の腕は初心者未満なのだ。

 そんなエリックが剣の腕前で、魔物に勝てるはずなど無かった。


 真っ青になりかけているエリックは、心の中で剣に話しかけた。

『・・・おい、今の俺が魔物に勝てると思うか?』

『99.3%の確率で不可能だろうな』

 即答が返ってきた。

 寿命の縮まる思いをしながら、エリックはもう一度聞く。

『・・・今の俺が大量の魔物に遭遇して、生き残れると思うか?』

『87.45%の確率で無理だろうな』

 またしても即答。

『お前、その数字が妙にリアルなんだよ!』

 思わず心内で叫ぶエリック。

 錯乱するエリックへ、剣は冷静に告げた。

『落ち着け、戦うのがお主一人なら…だ。だが、戦うのが我なら話は別ぞ? 我ならば89.49%の確率で勝利してみせようではないか』

 またしても具体的な数字が出てきて、少年はうんざりと呻いた。

『適当言いやがって。剣が、どうやって戦うって言うんだよ』

『簡単な話』

 何気ない様子で剣は、余裕に話を続ける。

『ようは我が自分で戦えば済む話。なればどうするか? 我が勝手に動くだけのことぞ? お主はただ握っておれば良い。これから徐々に強くなっていってもらうとしても、初めのうちは我が自分で戦ってやろう。崇め臥して感謝しろ』

『え? マジで自分で戦えるの?』

『最初のうちだけだぞ。慣れてきたらお主が戦え』

 剣の言葉に、エリックは天の助けを見たと思った。

『ああ、慣れたらちゃんと自分で戦う。戦うから』

 こくこくと頷くエリックに、付け加えるように剣が語る。

『…初めに断っておくが、戦い始めたらお主の体を勝手に使わせてもらわねばならぬこともあると思う。覚悟しておけ』

『――どういう意味?』

『お主をただ立たせておいても負けるだけという話だ。戦闘中、勝手にお主の体が動くこともあると思うが驚くな。ただ我が自分の力でお主の体を操っているだけのこと』

『……………』

 エリックの心の中に、沈黙が降りた。

『…そんなこと、できるんですか』

『どうしても必要な時のみだ。安心しろ。普段はお主の体はお主一人だけのもの。我が行動に介入することはない』

『はあ、左様で?』

 だんだんこいつに任せて良いのかと、不安になってくるエリック。

 だが、エリックの力で戦うこともできず、任せるしかない。

 仕方なしにエリックは、自分の体を剣へ委ねることにした。


 そうしてエリックは、己の力不足に目を瞑り、シャロンと二人で川上へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ