黒き太陽
漆黒の稲妻が全てを塗り替えた。
髪は少々伸びて白一色となり、肌は闇を纏ったように黒く染められている。
体には幾つもの白い線が入り、これまでとは違うオーラを放っていた。
瞳だけは変わらず血のように赤いが、輝きと鋭利さを増したそれは、直視しただけで貫かれるような錯覚を覚えるほど。
ギルスは髪の色を除けば、ゲイオスと正反対の見た目になりつつあった。
視聴者達は新たな彼の姿を目にして、驚愕と畏怖を覚えずにはいられない。
:変身した!?
:え、腰のベルトって、そういう……
:何から何まで衝撃なんだが
:うおおおおおお、カッケー!
:これが本気モードか
:そのベルトおもちゃだよね?
:え、え?
:ちょっと待って。もう人間じゃなくね?
:イケメン
:あっちの二人は友達なのかな
:何が起こった?
:ガチで怖い
:マジで人じゃなかったの?
:放送事故になりそう。いや、もうなってるか
:別格ものの空気を感じるわ
:まさかの第二形態
:ひえええええええええ
:目が怖すぎてお漏らししちゃった……
:ああああー!?
:人間じゃないだろこの姿
:ギルスさん、本当に何者なんだ
:不謹慎かもだけどワクワクするー
:見た目だけでもう凄すぎる
ギルスはこの姿が、配信で映っていることに気づいていない。
本来ならば公に見せるつもりはなかった。だが既に同接七千万の視聴者達に目撃されてしまっている。
ゲイオスは彼の姿を目にした後、静かに瞳を閉じた。
彼は魔王の姿に、並々ならぬ脅威を感じている。それでも、もう後退するつもりはない。
「終わりにしよう。ゲイオス」
「ああ。我が勝利で終わらせてみせよう」
ゲイオスが目を開けた瞬間、黒と白の輝きが爆発した。それは二人の激突であり、離れて見守っていたルナが目を見張るほどの迫力だ。
ポルンガは神妙な顔のままで、二人の戦いを見守っている。
少年はもはや頭が真っ白になりつつ、ギルスの姿に釘付けになっていた。
ゲイオスの剣が、一秒間に何十回という勢いでギルスの体に命中する。
しかしそれらはまるで効果がなく、彼の剣は欠けて使い物にならなくなった。
避ける必要がないほど、王の体は強度が増していたのである。次は彼の番だった。
いつの間にかゲイオスの懐に入り込んでいたギルスは、ボディアッパーを決めて彼をどこまでも上空に飛ばした。
ゲイオスは地獄の苦しみに耐えながらも、空高く上がり続けた体を止めた。大地を見下ろすが、ギルスはいない。
一瞬だが上に気配を感じた時には、既に叩き落とされていた。
今度は大地に激しく打ちつけられ、神と呼ばれし男はそれでも這い上がる。
このままでは勝機はない。悟ったゲイオスはいよいよ最後の手段に出る。ギルスは着地するなり、すぐに彼の意図を理解した。
神と称された男の体が、自然と空に浮いていく。同時に体全体から、これまでで最も激しい白の光が放出された。
同時に、星全体が軋むような壮大な感覚が生じる。ルナとポルンガは、この変化に驚きを隠せなかった。
「な……これは、まさか!」
「お、おいおいおーい。ちょっとこれは、マージかよぉ」
神が何かを呼び寄せている。誰もがこの後に現れたそれに驚愕していた。
ゆっくりと空の奥から姿を見せたそれは、白い太陽であった。
「ここにも、どうやら召喚することができるらしい」
ゲイオスは勝利を確信した。白き雷光の魔人が手にした力は、白い太陽と呼ばれる頂上の力を一時的に召喚し、途方もないエネルギーを手に入れることだ。
そして彼は両手を前に突き出し、その先に白く大いなる力を集めようとする。
なんと白い太陽から光が放たれ、ゲイオスの元へと向かってきた。光を受けた全身がより輝き、全てを解き放つ準備が整っている。
視聴者達はこの光景に、とても勝てる気がしない。誰もが絶望を抱く有様であった。
だがそのような状況にあっても、魔王は動揺していない。
彼は右腕を高く上げ、静かに瞳を閉じる。すると全身から黒と赤の輝きが漲り、一つの柱となって空高く上がっていった。
この変化は多くの人々にとって、信じられるものではない。なぜならまだ日中であるというのに、徐々に夜の闇が世界を覆い始めたからだ。
そしてあっという間に、世界は黒に包まれた。
人々は戸惑い、誰もが空を見上げた。夜が訪れたという衝撃だけでは終わらない。さらに目を疑うものを発見していた。
空に黒と赤に彩られた太陽がある。
闇夜であるにも関わらず、不思議なことに黒き太陽は誰の目からも確認することができた。それは黒き太陽の周囲を、赤い輝きが包んでいるからであろう。
つまり今、三つの太陽が存在してしまっている。
ルナとポルンガが驚いていたのは、白い太陽そのものではない。自分達の王と対をなすような召喚を、ゲイオスがしたという事実が衝撃だったのだ。
視聴者達はこの間、誰もがチャットを打つ手を止めて、呆然としたまま画面を見つめていた。
ゲイオスが事を急ぐべく、両手に集まった光を武器にいよいよ攻勢に出ようとする。
ギルスは落ち着いていた。静かに跳躍し、体を一回転させる。
この時、黒い太陽から極大の稲妻が放たれ、王のもとへと降り注いだ。ギルスは右足で跳び蹴りをする姿勢を取る。
魔王の体のいたるところに浮かんだ白い線が、瞳と同じように赤い輝きを発した。
だが、先手はゲイオスである。まるで砲撃のように、両手から光の波動を解き放った。その威力は、どのような砲撃も比べ物にならぬ別次元の力を秘めている。
世に存在するあらゆる物質を木っ端微塵にできる殺傷力の塊が、かつて自身が愛した息子に向けて放たれていた。
父の悲しき殺意に対し、息子は闇を纏うことで対抗する。
黒い太陽から放たれた稲妻が、彼の跳躍を何よりも鋭く力強いものへと昇華させた。
漆黒の流星となったその身が、白い神へと突き進んでいく。そしていよいよ光と闇は真っ向からぶつかり合うこととなった。
だが、その衝突はほんの一瞬に過ぎない。
闇の刃となった蹴りが、あっという間に光を喰らいながら引き裂いていった。
王となった子の力は、いつしか父を遥かに上回っていた。全身全霊の光が貫かれ続け、やがて完全に消滅する。
傍目からは、ゲイオスのすぐ隣をギルスが横切ったように映った。黒い光の柱が天高く伸び上がり、宝石のような小さな輝きを無数に生み出しながら消滅していく。
視聴者達は確かに見た。神と称された男が、闇の柱の中で崩れ落ちる様を。
終わってみれば、あまりにも一方的な決着であった。ギルスは着地した後、ベルトを外しながら部下と子供の元へと向かう。
ちょうどベルトがなくなったことで、変身が解けてしまったように見せつつ、男の子に笑いかけた。
「お兄ちゃん……す、凄い!」
「ありがとう。君のおかげだ。さあ、これを」
「え? でも、これお兄ちゃんのじゃないの?」
ベルトのおもちゃが返された時、子供は首を傾げていた。
「いいんだ。もう俺には必要のないものだ」
これなら、多少壊れた物だとしても、子供にとって悪いものにはならないだろう。彼はそう思っていた。
二人のやり取りを、ルナは微笑みながら見つめている。ポルンガは消えかかっている黒い光の柱を眺めながら、何か悩んだ顔になっていた。
そんな時、ふと子供の名を呼ぶ声がした。両親がやってきたのだ。
「お父さんとお母さんか。良かったな」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう!」
子供は最後にギルスにお礼を言うと、急いで両親のところへ走って行く。
残されたのは魔王とその部下、それからドローンだった。
この時、視聴者達の興奮は最高潮に達していた。
:やったぁああああああ!
:嘘やろ? やっつけたん?
:強すぎる・・・間違いなく最強だわ
:あ、あの太陽みたいなの無くなってる
:ガチ人外やんけ!
:ちょ、どうなったのか意味分からんw
:一時期太陽が三つあったんだが
:二人とも人間じゃないわ
:すげーーーー!
:勝ったの?
:太陽が一個に戻ってる なんだったのあれ
:ってか、さっきの男は死んだのかな?
:これで解決したね
:地上に出てた魔物が消滅したってニュースに出てる!
:ギルスのアニキーーーーーーーー!
:やっと解決かぁ
:あ、白い人生きてるっぽい
:すごいすごいすごいすごいすごいすごいすごい
:あのクソを成敗してくれてありがとう
:この配信、いろんな言語が飛び交ってるな
:ガチで人類を救ったかもしれんなこの人
:なんてことだ!
:ギルスの相手してた人、ボロボロだけどまだ生きてるな
:やったーーーーー!
:魔物が地上から消えたってよ!
:え、ええええええええ!? 一億? 嘘だろ
:最高の配信すぎて泣いてる
:人外同士の決戦、最高だったわ
:同接がありえないことになってて草
:ギルスさん、ガチで憧れるわー
:同接一億おめ!!
:おおおおおおおおおお!?
:ありえねーw w w w w
:すげえええええおめでとう!!
:ヤバい! ガチで配信史上最高同接じゃん!
なんと配信の同接は一億という、Utubeの過去最高の数値を叩き出していた。
そんな折、ようやくギルスはドローンが配信中であることに気づき、顔が青くなっている。
「……映っていたのか」
「ギルス様、それはなんでしょうか?」
興味津々なルナが、彼の側でドローンを覗いていた。
「ドローンだ」
「ど、どろーん? ですか」
「ああ。説明が難しいが、俺を補助してくれるものだ」
「そうなのですね! では、使い魔ということでしょうか」
「いや、ちょっと違うな。また今度話そう。……みんな、今日の配信は終わる、ありがとう。では」
ギルスは拙い言葉で配信を停止した。絶対に見られたくない姿を晒してしまったショックで、内心落ち込んでいる。
そんな彼に、ポルンガは頃合いと思い声をかけた。
「お見事でした……と言いたいところですが、随分とお優しいやり方でしたね。あの人、まだ生きていますよ」
「ああ。この世界で罪を犯したんだ。裁くのは俺じゃない」
「ああ、だからですかー。ワタクシ、ようやく理解できました」
ポルンガはギルスと付き合いが長い。だからこそ、彼が最後まで相手に致命傷を与えないように戦っていることが分かっていた。
加減されながらも、ゲイオスは完全に敗北した。もはや戦える力はほとんど残っていない。魔人覚醒状態も解除されてしまった。
それでも震える足で立ち上がり、もう一度王の前に姿を見せた。
僅かな力で生み出した、光のナイフを手にして。
「もう終わりだ。貴方は負けた」
ギルスの声に、彼は首を横に振る。
「私はまだ生きている。ならばまだ終わりではない」
「終わっている。貴方には戦う力が残っていない」
「終わりではないよ。……終わらせるがね」
彼の言葉を、ギルスは理解していなかった。それがまた新たな後悔に繋がるなど、どうして予想できただろうか。
神になれなかった男は、最後の力で襲いかかるふりをしながら、自らの腹をナイフで貫いたのだ。
ギルスはその一瞬、どこかぼうっとした瞳をしていた。
ルナは驚愕し、ポルンガは嘆息している。
ゲイオスは崩れ落ちながら、こう呟いていた。
「すまなかった……」
続いて、微かな声で息子の名を口にした。倒れゆく際の顔は、失踪する前と全く同じであった。
父の記憶——愛が蘇ったのかもしれない。そう感じたギルスは、今までにない衝撃に打ちのめされていた。
自分と同じく記憶を失い、そう易々とは思い出さないとばかり考えていた。なのに、彼はもう息子のことを分かっている。
一体いつから思い出したのか。その謎は、彼にとって永遠に解けることがない。
父のたった一言が、魔人となり無感動になっていたギルスの情緒を激しく刺激していた。気がつけば彼は父の側にいる。
何を口にしたか。どれほどの時間その場にいたか、はっきりと覚えていない。
それでも、父が最後に発した言葉だけは記憶に残っている。
「母さんに……母さ……ん……に」
息子は言葉の続きをどうしても知りたかった。しかし続きが語られることはなかった。
息子は何度も父に呼びかけ続けた。気がつけば何度も父さんと叫んでいた。
「お、お父……様? ギルス様! そのお方は、お父様だったのですか!」
「待て。今はそっとしたほうがいい」
事情を察したポルンガが、側に寄ろうとしたルナを遠ざけさせ、少しのあいだ彼は一人になった。
だが、神馬シロがこの後五分ほどしてから一向と合流し、部下達は慌ててしまう。
実は外の危険を察知したポルンガが、神殿の柱にシロを繋いでいたのだが、自力で引きちぎってしまったのである。
「うわー! ちょ、ちょっとシーちゃん。いきなりキツいてー! イタタタタタ!」
再会するなり神馬はポルンガに体当たりし、その後にギルスに抱きついていた。結局のところ、彼らはいつだって静かにしていられない。
こうして愛する者達に囲まれたことで、ギルスの荒れ狂う心の波はおさまってゆく。
それでもやはり、心には穴が空いていた。父の亡骸を抱いて、息子は空を見上げている。
警察や自衛隊、消防車や救急車、生還した人々。あらゆる喧騒に囲まれてからも、魂が抜けたようにぼうっとしていた。
しばらくして、ようやく落ち着いた彼は、一人の女性に電話をかけることにした。
「もしもし、ユリカさんですか。……はい、無事です。大丈夫です。それと……記憶が戻りました。あなたにお願いしたいことがあります」




