絶望のカード
ドローンは爆風に回転させられ、視界が滅茶苦茶になってしまった。
見るに耐えない状況だが、視聴者達はじっと画面に食い入っている。
白い輝きに包まれ一分ほど経過した時、突然ドローンは元の世界に戻っていた。
だがゲイオスの光は、偽りの楽園を破壊しただけではない。
この都心部にも破壊をもたらしていたのである。巨大ビルが何棟か崩壊し、瓦礫の山と化している。
今回の事件で一体何名の死傷者が生まれたのか。それはこの時点では分かりようがない。
しかし誰もが膨大な被害を予想せずにはいられないほど、大きな破壊が起こっている。
では、これほどの破壊の力をまともに喰らった張本人は、一体どうなってしまったのだろうか。
答えはすぐに出た。
彼は天を突き抜けるような勢いで飛翔し、白い稲妻を叩き落とした。
ゲイオスは彗星のように落下していき、大地に激突してまたしても爆風を巻き起こしてゆく。
正確には彼らが接触したその時、目にも映らない格闘の応酬があったのだが、それらを確認できた者はいない。
二人の戦いは多くの人にとって、理解が困難なほど異次元の領域で行われている。
着地したギルスはすぐに、大地に叩き落とした男のもとへと向かう。
だがこの時、彼はふと気になるものがあり、追撃をやめてすぐ近くの瓦礫へと向かった。
そこにいたのは、六歳ほどのまだ幼い少年である。今日は親におもちゃを買ってもらい、その帰り道だった。袋を大事に抱えながらしゃがんでいる。
「大丈夫か」
ギルスはゲイオスの反撃を警戒しながら、子供の側へと寄った。泣いているようだった。
「お父さんとお母さんは? 逸れたか」
子供は何も言わず、ただ首を縦に振った。ギルスは彼の頭を撫でている。
「ここは危険だ。離れたほうがいい」
ギルスは、子供を担いで移動するという方法を取らなかった。
ゲイオスがこの機に乗じて襲ってくる可能性があるからだ。しかし、神と称された男はまだ、深い煙の奥から出てこない。
少年はようやく立ち上がり、言われたとおりに逃げようとした。だがここで、思わずあっと驚いてしまう。
「わっ! ぎ、ギルスさんだ」
「俺を知っているのか」
「うん。知ってるよ、みんなを助けてくれたって。ヒーローだって!」
その発言は、彼をどこか暗い気持ちにさせた。
彼は自分のことをヒーローとは思えない。地球に戻ってきて以来、誰もがこの身を買い被っているような気がしていた。
「あ……」
そんな会話をした時、子供が何かに気づいてまた瞳に涙を溜めていた。
チラリと上から覗いてみると、袋の中にあった新品のおもちゃが壊れていた。明らかにヒビが入り、一部が欠けてしまっている。
(両親と逸れた上に怪物に襲われ、楽しみにしていたおもちゃは壊れた。散々だな)
しかし、おもちゃの破損を気にしている場合ではない。煙の奥からいくつもの白い稲妻が走り、二人を含め四方八方に攻撃を仕掛けてきた。
ギルスは掌から黒い輝きを発し、白い閃光を捻じ曲げる。涼しい顔で攻撃を無効化させながら、彼はひとつ少年を笑顔にする方法を思いついた。
子供が自分をヒーローだと誤解するなら、逆に利用する手もある。
「まずいな。これはまずい。俺はこのままできっと、負けてしまう」
「え? お兄ちゃん、負けちゃうの?」
「ああ。俺はいま、本当の力を出すことができないんだ。ベルトが……ベルトがあれば」
「ベルト?」
「……ん? ちょっと待ってくれ、それは……それは俺のベルトじゃないか」
最後のほうは棒読みになってしまい、彼は心の中で悔しい気分になる。
だが少年はそのようなことは気づかず、必死で壊れたおもちゃを袋から取り出した。
「これ、お兄ちゃんのだったの!? でも、壊れちゃったよ」
「大丈夫だ。俺にそれを渡してくれるかな」
言いながら、彼は空を見上げていた。
驚いたことに、空に五頭の巨大なクジラが浮いている。ゲイオスの世界からやってきた魔物であることは明白であった。
そしてこの時、ドローンがようやく主を見つけて迫ってきた。
ギルスは前を向いて瞳を閉じると、右腕を空に向けて上げた。すぐに腕からは黒い稲妻が放たれ、高く高く飛んでゆく。
稲妻は一度星の外まで飛んでいったが、数秒もしないうちに複数の雷光を伴って戻ってきた。
彼が右手を握りしめた時、黒い雷光は形を変え、より鋭利かつ繊細な光の剣となった。
「いよいよ本気か」
白い稲妻で周囲を徹底的に痛めつけていたゲイオスは、のんびりとした足取りで王の前に現れる。
その問いかけに答える代わりに、ギルスは右手に持っていた魔王のつるぎを、思いきり振り抜いた。
神を名乗る男は一瞬警戒したが、拍子抜けしたように周囲を見渡している。
「何処を狙ったのかね? 相手は目の前だろう」
剣はまるで空振りに終わったように思えた。しかし、それが勘違いであったことを、ゲイオスは驚愕と共に知る。
空を埋めてしまいそうなクジラ達が、全頭まとめて真っ二つに両断されていたのだ。遥か遠い空の向こうにいるにも関わらず。
すでに六千万に膨れ上がった視聴者達は、この絶技に度肝を抜かれて騒ぎ出した。
:うおおおおおおおーーー!
:ギルスのアニキー!
:切ったの? クジラを全部!?
:怖すぎるんだけど
:ひいいいいいいいいいいい
:ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ
:ギルスが強すぎて震えてる
:世界一の危険映像だろこれ
:あああああああああ危ないぃいい!
:赤い剣でクジラを全部真っ二つにした!?
:怖いーーーー! クジラが落ちるっ!?
:どうやってあんな化け物を一撃で落とせるんだよ
:子供にげて
:何者だよガチで
:ギルスニキが危険すぎる
:ちょ、クジラ落ちてるやん!
:うわああああ!
:相手も化け物だけど、主はもっと化け物な気がしてきたわ
:一瞬で全滅とか
:少年も唖然としとる
:何気に過去一派手なことしてる
:あんなデカいの落ちてきたら大惨事だぞ!
:そのビームソードみたいなの、どんだけ長いの?
:どうなっちゃうのこれ!?
:すげええええええええ
:ちょ、ま
:え? 途中で灰になってる!?
:おおおおおおーーー!
:地面に落ちる前に消えた!?
「ダメだ。外してしまった……やはりベルトがないと」
「……う、うわあ! 外したの?」
ギルスは先ほど作った設定を守ろうとしている。小さな男の子は、見事に騙されていた。
「お兄ちゃん、はい!」
唖然としていた少年だったが、意を決して袋からベルトを取り出すと、彼の元に手渡した。
「ありがとう。君のおかげで、俺は戦えそうだ」
そういい、とりあえずベルトを腰に巻いてみる。
(懐かしいな。俺が高校生だった時も、こういうヒーローがいた。俳優がとてもハンサムで、普段は興味のないクラスの女子達も、こぞってテレビを観ていたな)
二人のやりとりを見つめていたゲイオスは、何か神妙な顔つきになっていた。
「どうやら、君は我が生涯にとって、最も恐ろしい敵であるらしい。ならば今ここで、全力を出すとしよう」
神と呼ばれし男は、そう呟いた後に、自らが纏う白き雷光をいっそう激しくする。
そうして数秒も経たないうちに、彼は最も自信を持つ武器を手にしていた。両手に二本、光の刀を生み出して構えている。
だがここで、二人の戦いに割り込むように、二つの影が飛んできた。
「ギルス様!」
最初に彼の側に着地したのは、ルナだった。少し遅れてポルンガも降り立ってくる。
「いやー大変なことになりましたなぁ。ギルス様、実はワタクシ、ちゃんと露払いはしているんですよ」
「ご苦労だった」
ルナは剣を構え、ギルスより前に出た。
「貴様が親玉か!」
「ルナ、待て」
しかし、ギルスは彼女を制してさらに前に出る。彼とゲイオスの距離はもう五メートル程度しかなかった。
一方、ゲイオスは敵が向かってくるまで、決して自分から攻めようとしなかった。
ダンジョン瘴気を生み出し続ける仕組みは生きており、彼はじっとしているだけでこの地を魔物で満たすことができる。
さらに一つ。実はゲイオスの魔人覚醒には時間制限がない。これは魔人の中でも数少ない特性であり、つまり急ぐ必要はどこにもない。
「これは俺の戦いだ。加勢することを禁ずる」
「は……はい!」
「それと、あの子を守ってやってくれ」
「御意!」
ルナは振り返ると、すぐに子供の側に立った。
ギルスはすぐに戦いに意識を戻そうとしたが、ここであらためて気がついたことがある。
ダンジョン瘴気を放ち続け、今もなお外に魔物を放出させ続けている元凶、ゲイオスが剣を構えた時、何かがはらりと地面に落ちた。
「召喚カードか」
カードに映る姿は、以前の父と同じであった。ギルスの胸に悲しみが宿る。本来ならばもっと違う形で再会するつもりだった。
しかしそれは叶わない。彼はすでに異世界でも、地球でも多くの人命を奪っている。もうあの頃の父ではない。
同様にもう一つ、彼は思い出したことがあった。ポルンガが占い師から聞いたという予言だ。
三つのカードが災いを成す。
一月以内にそれは起こる。
一枚目は希望、二枚目は混沌、三枚目は絶望。
全て揃えば世を滅ぼしかねない。
(……そうか。そういう意味か……)
魔王は思い出していた。マリアベルのカード、続いて今確認したゲイオスのカード。希望、混沌……そして。
「最後に一つ聞きたい。俺を覚えているか」
ギルスの質問に、ゲイオスは微笑む。両腕を下ろしてはいるが、これこそが神と呼ばれた男の構えであった。
「さあ、ね。どこかで会っていたのかい?」
この一言で、ギルスはようやく吹っ切れた。
「そうか。良かった」
そして、子供のためにベルドを動かそうとする。だがここで、自分が知っているベルトと、今のそれが異なっていることに気づいた。
戸惑いを察知した少年が叫ぶ。
「お兄ちゃん! カードは!?」
「カード? ……これでいいか」
ギルスは懐から、自らが描かれたカードを取り出した。ゲイオスが興味深げに目をやる。
「それが君の召喚カードか」
「そうだ。そして、貴方にとっての絶望だ」
ベルトの真ん中にカード入れがあり、試しに入れてみるとぴったりと合う。
「わあ! す、すごい!」
それを横にずらして、音が鳴ったところで近くにあるボタンを押してみた。子供はこの光景に驚きっぱなしである。
こうした工程を経て、ようやくベルトの回転する動作が始まる。
「え、え? ギルス様、それは一体」
ルナが見慣れないものに驚いている。ポルンガもまた、何をしているのか分からなかった。
おもちゃが動いているうちに、彼はそれを開始していた。
魔人覚醒。
かつてない稲妻を呼び寄せ、身体中に雷光を纏い、これまでとは違う姿へと変化していく。
その姿はまさに、黒き雷光の魔王そのものであった。




