ダンジョンに潜る
「み、み……見つけたぜ、すり抜け野郎」
振り返った先にいたのは、帰還したばかりの時に目にした男だった。
相当急いで走ってきたせいか、肩で息をしている。
彼に続くように、黒道マサ、百木リリ、江古田エイリーンも到着したが、皆分かりやすく疲れた顔になっている。
「俺を召喚した男か」
「覚えてんじゃねえか。そうだ、ところでお前、俺の配信は見たよな」
「見てはいないが、聞いている。ダンバトとかいうものをやりたいのか」
タダオは鼻息を荒くしてにじり寄ってきた。
「何? 配信を見てねえのかよ。け……これだから時代遅れの野郎と話すのは嫌なんだ。こうして潜ってきたってことは、やり合うつもりってことだよなぁ?」
「いや、ここには間違えて入っただけだ」
ここで黒道と百木が会話に加わってくる。
「嘘つけ! 間違えて入るなんてありえねーだろ」
「あなた大丈夫? 普通は分かることだと思うけど」
さらにエイリーンが近づいてきたが、彼女は他の連中とは違い、恐る恐るこちらを覗き込んでいた。
「もしかしてぇ……あ、今はいっか」
そう呟くと二組の間に割り込み、
「で? どうするー。ダンバトしちゃう?」
と先を促してきた。
「当たり前だろ。この前のヤラセを暴いてやるからよ。俺らとどっちがよりダンジョンの奥に辿り着けるか、勝負だ!」
「断る」
「ああ? 逃げるのか、この意気地無しが」
「お前はさっきから、随分と攻撃的だな」
エイリーンはギルスの反応を見て、両手で止めるような仕草をする。
「こわーい。ねえタダオ君。ここで喧嘩なんてしたら、二度とダンジョンに潜れないかもよ。配信中だって忘れないでね」
彼女はタダオチャンネルの配信用ドローンに、わざとらしく手を振った。
「ち! しょうがねえな。ギルス、とにかく今から勝負だ。じゃあ、とっとと始めようぜ」
「待て」
ギルスは止めようとしたが、タダオには聞こえていなかった。そんな彼を見て、エイリーンが手を振って応えてくる。
止める間もなく、タダオのチームは颯爽と階段を駆け降りていく。
(大丈夫だろうか)
ギルスには一つの懸念があった。
先ほどダンジョンの奥から、覚えのある魔力が感じられた。
通常魔力というものは、視認できる距離にいなければ検知できないが、彼の察知能力は常人とは違う。
(もしあの魔物が奥にいるとしたら、あいつらは殺されるだろう)
見殺しにする気にはなれない。
実は彼は、タダオのこともそこまで嫌っているわけではなかった。
ああいう荒々しい絡みなど、長い異世界生活で慣れたものだったからだ。
それに、異世界を統一した後は、自分に挑んでくる存在などいなくなっていた。
退屈な日常を繰り返していた彼は、挑戦してくる存在すら懐かしく感じていたのである。
だから彼らのことも、助けようという考えに至る。
(ユリカさんとの約束を破ることは申し訳ないが、あいつらを見殺しにはできない)
こうしてギルスは、結局のところダンジョンの奥に潜っていくことにした。
『ギルスさん! さっき話していた人達って、タダオさんでしょ!?』
「ああ。それと気が変わった。これからダンジョンに潜ることにする」
『えー、超やる気じゃないですか! 楽しみ!』
分かっていないなと、ギルスは苦笑してしまう。
「あいつらが危ないんだ。とにかく行くか。では、失礼する」
『あ、待ってくださーい! ダンジョンに潜っている時は、配信をしないといけないルールがあるんです。ずっとルールを無視してると、危険人物認定? とかされちゃうらしくって』
この一言に、彼は驚いていた。危険人物認定などされては堪らない。
「何? しょうがないな。じゃあ配信をするか」
『やった! じゃあドローンでやりましょう。やり方教えますっ』
その後、アオハに言われたとおりにドローンを設定していく。
するとUtubeアカウントと繋がることができ、スマホとも連携された。そしてタップ一つで配信が始まる。
現在はまだ準備中のようだが、あと数秒ほどでライブ配信ができるようだ。
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
『はーい! 困ったらいつでもチャットください。あ、それから、配信中はリスナーとお話しするといいですよ。じゃ!』
「お話……?」
ギルスは異世界に転移し、魔人となってからはかなり口数が減っていた。
無口な自分に、気の利いた話などできるだろうか。そう迷いつつも、どうやら配信がスタートしたらしいので、試しに喋ってみることにした。
「こんにちは。今からダンジョンに用ができたので、潜ることにした。では始める」
あまりにも淡白な説明をした後に、さっさと階段を降りていく。
視聴者達は、彼の説明というよりも、ダンジョンに潜っていること自体に驚愕していた。
そしてすでに、ダンバトの話はタダオからSNSで告知されており、充分すぎるほど盛り上がっていた。
:こんちゃ!
:ちわー
:キターーーー! 突然のダンバト
:これでいよいよ強さがはっきりするな
:マジでダンバトするんだ
:お?? 唐突にダンジョン配信始まってる!?
:兄さん、不意打ちすぎや!
:ギルさんこんちわ
:他のパーティメンバーはどちらですか?
:こんちゃです!
:超楽しみ!
:え? ってかソロで勝負すんの?
:応援してます!
:やばい! もうタダオ地下四階まで到達してるっぽいぞ
:タダオなんてやっつけちゃってよ
:いやいや、ソロで戦ったら負け確でしょ
:ギルスさんちーす
:がんばれ!
:タダオ、ソロ探索者とダンバトして勝って嬉しいの??
視聴者達は、ダンジョンバトルが始まったことに歓喜の声をあげ、両者の対立を煽っている。
コメント欄は嵐のように書き込みがされていくが、ギルスはドローンに付属された液晶を目にも止めておらず、黙々と地下二階を進んでいる。
地下一階まではスーパーや地下商店街の風景だったが、地下二階からはダンジョンの定番とも言える、洞窟のような通路に様変わりしていた。
この辺りに登場してくる魔物は、ギルスにとって警戒すべき連中ではない。
小さなゴブリンやスライム、人と同じ大きさのバッタと蝙蝠など。いずれも何も考えることなく、拳を振るだけで倒していく。
視聴者達も、この場においては驚きもなく、ただ淡々と時間が流れていった。
地下五階までやってきたところで、視聴者達の一部が騒ぎ出す。
:タダオのチーム、ほとんど魔物を放置して進んでんな
:スケルトンの群れがおる
:ここから中層。ソロでもまあギリギリいけるか
:タダオ、さっき一掃しようと頑張ってたけど、諦めたっぽいよ
:ここ……普通のダンジョンより魔物多くね?
迷路のように入り組んだ通路の中で、剣や盾を持ったスケルトンが次々と襲いかかってくる。
タダオ達は最小限度の戦いをこなし、さっさと階段をおりていく為、魔物は多く残されていた。
「階段は何処にあるだろう」
ただ、当の本人は魔物のことを気にしていなかった。近づいてきた虫を払うかのように、魔物を拳で粉砕していく。
そこには敵との駆け引きは一切ない。スケルトンがいかに剣を振り回そうと、盾で守ろうと、ギルスの拳が触れれば終わりであった。
あっという間に地下五階の通路は、骨の山ばかりになり、彼はようやく正解の道を見つけて階段を降りようとした。
しかし、百を超えるスケルトンの群れは全滅したわけではなかった。最後の十匹が階段前で待ち伏せていたのである。
そして相手は杖を手にしており、頭蓋骨をカタカタと揺らしながら、何かを呟いている。
(魔法か……)
何をしているかは分かっていた。でも、あまり興味の湧かない様子である。
杖が向けられた瞬間、火球に吹雪、雷といった初級の攻撃魔法が、豪雨のようにギルスを襲った。
魔法タイプのスケルトンは探索者界隈では初見殺しと言われ、最悪の場合殺されてしまう者もいるほどだ。
中層始めの難関と呼ばれ、ソロでは危険だということは誰もが理解している。タダオもまた、それを理解して倒さずに放置して残していったのだ。
通常、魔法攻撃を浴びている者は、逃げるか守りに徹するかのどちらかになってしまう。
しかし、ギルスはそのどちらもせず、ただじっとしていた。
トドメとばかりに、スモールフレアと呼ばれる小規模の爆発魔法が彼を襲う。
視聴者達はこの自体に、もしかしたら殺されたかもしれないと焦る者がいた。
また、スケルトン達は勝利を確信していた。
だが、爆風が過ぎ去った時、敗北していたのは魔物達だった。
ギルスは遥か遠くに映っており、すでに階段を降りている。
スケルトン達はただの骨へと戻り、無惨な痕を残していた、
彼は爆風が起こっている間に接近し、いずれの骸骨も瞬殺していたのである。
:ああー
:ヤバい
:もしかして、死……
:ん?
:え
:ちょ、
:めっちゃ遠くにいるんですけど?
:スケルトン死んでる?
:ドローン! 追いかけて!
:すげええええ
:あれ? ダメージは?
:なんでスケルトン達が倒れてるん?
:先日の動画加工説がすでに怪しくなってきたんだが
:やっとドローン追いついたか
:あんだけ魔法受けたのに、一切ダメージが見当たらないんだが
:ドローンが置いていかれるほど速いってヤバくない?
:やっぱ強いじゃん
:でもほら、まだ中層だから
:真価が問われるのはここからっすよ
:楽しみー!
このとき同接はすでに五十万を超えており、すでにバズり出していた。
視聴者達はギルスの闘いぶりに、さらなる期待を寄せている。
それが地獄の始まりだとは知らずに。




