第22話 もう今シてもいいんじゃないかな
……。
あれ。ここから、どうしたらいいんだろう。
ま、まさか、今するわけじゃないよね!?
窓からは陽光が差し込んでおり、まだ夜には程遠い。なんなら小鳥の声も聞こえている。
皮肉なことに、大地を介したことで、お互い"初めて"であることが確かな事実となった。
こ、こういう時って、年上の方がリードしないとだよね。
だけど。えっと。本当に……どうしよう。
「凪沙、なんか体温あつい」
「へっ?」
触れる肌に意識が向く。ルカは私よりも冷たい気がした。彼女に言われたことで、さらに体温が上昇するのを感じる。
「——ねぇ。なんか焦ってる?」
ルカに見透かされていた。恥ずかしい。
「ち、違う」
「ふーん。声、震えてるけど」
「……」
「ふふっ」
ルカは私を抱き上げるように、優しく包み込んだ。柔らかくて、あったかい。
私はまるで彼女のぬいぐるみのよう。もうどうにでもなれ。
「——ねぇ。今、大地に見られていたりするのかしら」
「……」
ふとルカが、核心をついたことを言った。
そうだ。監視カメラが仕掛けられているかもしれないんだ。疑いはまだ晴れていない。
一度、それでも良いという結論は出た。
——だけど、私たちがこれからすることは、その、そういう行為な訳で。大地はもちろん、誰にも見られたくないというのが本音だ。
私はルカから離れて、ソファーに座り直した。まくれているTシャツも、きちんと正す。ジロジロと部屋の中を見回してしまうのは、もう仕方のないことかもしれない。
「まぁ。わたしは凪沙とえっちしているところを彼に見られてもいいけど!」
「えっ?」
「だから、凪沙とえっちしているところを大地に見られてもいいって言ったの!」
「に、二度も言わないでよ!」
羞恥に、顔が燃えるように熱かった。
「こほん。——むしろ彼から奪ってやった証を見せつけることができるから? なおさら気持ちいいかもよ?」
「……」
ルカはふんぞり返って言う。
想像しただけで頭がパンクしそうになる。
神様。私がどんな罪を犯したというのですか。どうか見ているのなら救ってください。
「——ね、ねぇ。もしさ、大地が、おかしな気を起こすとしたらいつだと思う?」
私はわざと話を逸らすようなことを言った。場の雰囲気を変えたかった。
そもそも彼に"先を越されない"ために、ルカとえっちをする必要があると言える。
「そうねぇ。今とかでも、全然おかしくないわよね? だって彼、挙動不審だったし。いつ気が変わるかわからないわ」
そうなのだ。
無理やり私たちを連れ去ってきた人だ。金で揉み消すこともできる。言うなれば、大地の気分次第ということになるだろう。
身震いがして、たちまち心細い気持ちになる。何故だろう。そんな時には、ルカに近づきたくなる。
彼女にピッタリくっついていると、先が見えない恐怖感が和らぐ。
「あははっ。なぁに。甘えているの?」
「……」
あたたかい。ルカの肌からは、しっかりと生きている人の香りがした。
——二人でいれば何とかなる。そんな明るい希望が感じられるほど、彼女は私の心の支えになっていた。
ルカは軽口こそ叩くが、私から無理に離れようとはしない。きっと彼女も同じように不安なのだろう。
唇と唇の距離が近い。むしろ、引き寄せられることを願っているかのような、またたきさえある。
——もう今シてもいいんじゃないかな。
トントン。トントン。
——その時、ドアから冷たいノック音が聞こえてきた。
まさか。大地?
やっぱり、気が変わったとか言って、部屋に戻ってきたのではないだろうか。
私はルカの手を強く握った。
「——はい」
彼女は凛とした声で応える。まるで私の代わりに、すべての不安を請け負ってくれるかのような頼もしさがあった。
ルカに背負わせてはいけない。そうだ。私は年上なんだから——。
「なんですか?」
ノックの音に負けずと、私も大きな声を出す。
相手の次の一手を待つ瞬間が、とても長かった。
「……入っても良いですカ?」
——アイリスだった。
「お昼ご飯をお持ちしましタ。メニューはピザとなりまス」
そうだ。この部屋を訪ねてくるのは、大地だけではない。ロボットのアイリスもいる。
無機質だけど、呑気さをはらんでいるアイリスの声は、私たちの心をホッとさせてくれた。




