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「ねえ」
「ん?なんだ?」
現在二人は馬車の中、王都への帰り道である。
「今、このナイフを地霊術で弄れる?」
懐から取り出したテーブルナイフを梗汰に見せる。
「んー、まぁ出来るとは思うけど」
(なんでご飯で出された時のテーブルナイフ持ってるんすか・・・・・・)
「なら、ちょっとやって見せてよ」
「りょーかい」
テーブルナイフを受け取り、力を加える。
すると、一瞬で刃の部分が、アイスピックのような形状になった。
「これでいいか?」
梗汰は確認するように瞳を見る。
「ふむ」
瞳は先端を指で触っている。
「今度はこっちをやってみなさい」
今度は、微細な彫り物がされている短剣を取り出した。
柄頭には宝石の様なものが据えられている。
それは戦闘用と言うよりも、美術品にと言われたほうが納得できるだろう。
それを鞘から取り出すと、梗汰へと放り投げた。
「おっと、あぶねーな。・・・・・・なんだかすっごく高価な物って感じがするけど、いいのか?」
「気にしないから、さっさとやっちゃいなさい。ただし、さっきと同じ量の精霊でやりなさいよ?」
「りょーかい」
(よーし、じゃあ刃の部分をノコギリっぽく・・・・・・って、あれ?)
力を加えたが、短剣には何も変化は無い。
なんだか力が通りにくい、自分の力が阻害されているような感じがする。
「これ、さっきほど上手く出来ない、もうちょい時間掛ければ出来るとは思うけど、精霊の数が足りない感じだ」
(・・・・・・なんでだ)
「ふふ、今あなたが何を思っているのか分かるわ。さっきのは変質できているのに、これに干渉できなかったのを疑問に思っているのでしょう?」
まさにその通り。
「・・・・・・ぅ、よく分かったな」
(やっぱりオレの力の扱いが下手だからか?)
「勿論あなたの力が未熟だったのもあったけど、”存在格”が多少影響してたと思うわ」
「存在格・・・・・・そんざいかく・・・・・・。ぁー、んー、そうか」
その言葉を頭の中で反芻させていると、それに対応する知識にたどり着いた。
――――――― 世界の記憶 【存在格】 ―――――――
それはこの世界での存在としての格。
つまりどれだけこの世界に強く認識されているか。
自分より存在格の高い相手(物)には、世界と言うのシステムを介しての干渉がし辛くなる。
つまり、術や魔法などへの抵抗力を持つ。
それらに強く干渉するには、自分自身の力に加え、自分の存在格が影響してくる。
名のある職人などによって”こう在る”と、強く思われ作成された物は存在格が高くなる。
また、長い年月を経て世界への親和性が強まり、その物の存在格が高くなることがある。
魔剣や聖剣と呼ばれる物は、存在格が高いことが多い。
物だけではなく生き物にも存在格があり、存在格の高い生き物としては聖人、仙人、魔人、大精霊、等が存在する。
――――――――――――――――――――――――――――
「この短剣は買った時に聞いた話だと、百五十年くらい前に作られた一点ものの儀礼剣らしいわ。行商人から買ったものだけれど、魔源の制御の補助をするものみたい。まぁ、あたしはその系統の魔術は使えないから、よく分からないのだけれど。なんとなく気になったから買っちゃったのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「そうなのよ、って話が逸れたわね。まぁ何が言いたいかと言うと、存在格が高い物には魔法での干渉がし辛いってことよ。例えばこれに精霊術で干渉するには、これと同じ大きさの別の短剣に干渉するより、遥かに多くの精霊が必要でしょうね」
そう言いながら瞳は短剣を懐へ入れる。
「今のあなたなら、ある程度までは自分の精霊の支配下に置いて、干渉することができるんじゃない?」
「そうなのかな?試したこと無いから分からないけど」
「まぁある程度、だけどね。あなた前に「既に定まった物として作られている物の大きさは変えられない」って言ってたわよね」
「ぁー言ったかも」
そういえば、本を使って実験した時に言った気がする。
「あの時は出来なかったけど、今なら出来るんじゃない?と言うか力の扱いが上達した分、力の及ぼせる範囲が広がったんじゃないかしら。」
元々、渡り人は通常の人族に比べて存在格が高く創られている。
よって通常の人族より、楽に干渉することができるはずなのだが。
その時の梗汰は力の扱い方が未熟で、人によって作られた物への干渉が出来なかったが、精霊術というものを理解し前より上手く扱うことの出来る今なら、及ぼせる力の範囲は前より広がっているであろう。
「ほー、なるほどね。でもそれが分かっても、今までとはあまり変らないな」
「そうね、出来ることは出来るし、出来ないことは出来ないってことに変わりないわね」
「そうそう」
「そういえば、そっちはどうなんだ?」
「どうなんだ、とは何?」
「さっきの短剣燃やせるの?」
これはさっきから気になっていたことだ。
「当たり前でしょ、余裕だわ」
自慢げに人差し指を立てる。
「さすがに強力な魔剣とか聖剣なんかは無理かもしれないわね。試したことはないけど」
そりゃすげぇな・・・・・・。
「そ、そうなんだ」
「そうよ・・・・・・ふわぁ」
そこまで言うと、瞳は口に手をあて軽く欠伸をした。
「さてと、王都まではまだまだ時間がかかりそうだから、あたしはしばらく眠ることにするわ」
「そうか、ならオレは一人で暇でも潰してるわ」
鞄からルービックキューブを二つ取り出し、両手に一つずつ乗せる。
それはカタ・・・・・・カタと緩慢に動き始めた。
「うーむ、あんま上手く動かない。というか難易度高すぎるぞコレ・・・・・・」
動いてはいるが、その動きは一つの時に比べて遥かに遅い。
このままの速度だと、各面が揃うには後半日は掛かるだろう。
「相変わらず、地味なことを器用にこなすわね」
瞳は既に座席にもたれかかり、寝る準備にはいっている。
「うっせ、オレはこういう作業は嫌いじゃないんだよ」
むしろ梗汰の中では、こういう積み重ねで自分を高める作業は、好きな部類に入る。
「そう、ではあたしは寝るから騒がないでよ」
「あいよ」
★
コンコン
御者と座席を隔てる壁からノックする音がした。
「まだ遠くにですが、ガルダンの門のかがり火が見えました。もうしばらくで到着するでしょう」
「なんだとっ!」
特にやることもなく、相変わらずルービックキューブで暇を潰していた梗汰は、その一言に激しく反応する。
「お、やっとか!おーい、起きろよ!もう着くぞー」
自分の喜びを伝えるかのように、座席にもたれかかって寝ている瞳の肩を、ガクガクと揺らす。
梗汰は旅からの帰宅で、家を見るとテンションが上がるタイプだった。
それが長旅なら尚更である。
「おーきーろーってば!」
ふと瞳と目が合った。
「あ、起きたか。もう着くぞ」
「・・・・・・」
とても嫌そうな目で睨まれた。
(なんですか、その冷たい目は・・・・・・)
「・・・・・・っさいわね・・・・・・子供かよ」
・・・・・・え?
(なんか邪悪な意思を感じた・・・・・・気のせいだよな)
「あの・・・・・・もしかして起こしちゃ悪かった?」
瞳は前髪を押しのけ、自分の額に手を押し当てている。
今にも凄いため息が出てきそうだ。
「なんでもないわ・・・・・・はぁ。もう着くのね、なんだかとても疲れたわ。寝起きも最低だし」
そう言って梗汰の方を見る。
(不知火さんって寝起きがダメな人なのかな・・・・・・?)
「ご、ごめん」
「ふぅ、もういいわ」
そう言いながらも眠そうに目を擦っている。
「もう夜だし、早く自分のベッドで眠りたいわ。ふわぁ・・・・・・」
(さっきまで寝てたのに、まだ寝足りないのかよ!)
「どんだけ寝るんだよ・・・・・・、まぁオレも疲れたし早くゆっくり休みたいな。やっぱり旅行は疲れるからねぇ、しばらくは王都でダラダラと過したいもんだな」
「あら、忘れているの?五日後に何かあったんじゃなかったかしら」
「五日後?・・・・・・ぁ、あぁ!」
そういえば・・・・・・、
「五日後には国成記念日か・・・・・・はぁ、一難去ってまた一難・・・・・・か」
まだ面倒事が残っていたな。
(また会議っぽい雰囲気の場で、色々な人の前で話すのかな・・・・・・、めんど)
「あたしは祭りを適度に楽しむとするわ。あなたは精々苦労していなさいな」
「・・・・・・うっせー」
★
薄暗い森の中、微かに話声が響いている。
そこは、この国の一部の人には聖域と言われている森だ。
「目的地に到着したが周辺に異変は無い、一応周囲の村も見てきたが、反応元は発見できなかった」
宙に浮いている小さな球に向かって、何者かが話をしている。
その球は暗い森の中、僅かだが唯一光を放っていた。
「まぁ、こんなに時間が空くとさすがに発見は無理だ。それに準備に時間を掛けすぎた」
「・・・・・・・・・・・・」
「そう言うなって、あそこから此処まではかなり遠いんだ。初めから、こっちが最初に接触するのには無理があった」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうだな、恐らくガルダンに居るだろう。この国には多くの”広範囲魔力探知術式”が配置されている。あれの発生を感知できないわけがない、まぁこっちのに比べたら精度も範囲も劣るが。恐らく反応元は王都へ運ばれただろう」
「・・・・・・・・・・・・」
「侵入?おいおい、あの検問を抜けてからだと身元がばれる可能性が高い。もし事を起こした場合、後々面倒だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうか、近々祭りがあったな。各地からの見物客で溢れるその日だけは、検閲の回転を早くするために多少警備が緩くなるか。ではその時に、見物客に紛れて侵入するとするか」
そこで声の主はため息を漏らした。
「しかしだな、毎回変な反応を感知する度に召集するのは止めてくれ・・・・・・、これでもこっちは忙しいんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あー分かった分かった。じゃあ接続を切るぞ」
光を放つのを止めた球を回収し、懐に入れる。
「ふぅ、めんどうだが仕方ないか。・・・・・・さて、此度の反応元はどんな奴かな」