第71話:エルフの定義、親戚の定義
「……というわけでゼクトさん。旧市街の残存施設の解体、および地盤の再整備がすべて完了しました。新都市とのシステム的な統合も終わり、先月からフェルゼンは名実ともに完全体として稼働を開始しています」
目の前のソファで、グスタフが涼しい顔をしてコーラを啜りながらそう告げた。
(旧市街のデリート完了。新旧ディレクトリの完全統合か。……ローンチ後の不具合も最小限で済んだし、ようやく『新フェルゼン 2.0』の安定稼働ってわけだな)
数ヶ月前まで、領地の運営に四苦八苦して今にもサーバーダウンしそうだったこの男は、今や見違えるほど落ち着いている。俺が教えた「優先順位の付け方」や「他人に振れる仕事は全部振る」という『ゼクト流執務』を、あろうことか領主という立場でマスターしてしまったらしい。
そのおかげで、最近はこうして仕事の合間に空いた時間を作っては、報告がてら我が家に来るようになった。
「……ご苦労様。これでようやく、俺がドローンを飛ばすたびに怪しい煙を見つけて、トランシーバーを掴む手間も無くなるわけだ」
「ええ。警備体制もヴォルグの『影』がうまく馴染んでいます。……それにしても、やはりここは素晴らしいですね。街がどれほど活気に溢れても、この家だけは時間が止まっているようだ」
グスタフは穏やかな表情で、モニターに映し出される街の景色を眺めている。
俺は一歩も外には出ないが、来客自体は別に嫌いじゃない。グスタフは適度な距離感を保ちつつ、俺の怠惰を邪魔することもない。
(……まぁ、こいつのことは、嫌いではないしな)
有能で、聞き分けがよくて、それでいて適度に俺を「得体の知れない賢者」として崇めてくれる金づる……もとい、クライアント。長く付き合うシステムの運用パートナーとしては、これ以上の人材はいないだろう。
「そういえば、エリシュアはどうしてる? そろそろ里へ向かう準備が整った頃だろう」
「はい。その件なのですが……」
グスタフがグラスを置き、少しだけ居住まいを正した。話題は、異世界トンデモ魔法の開発者にして、自撮り中毒の魔道士――エリシュアのことに移った。
「彼女は、明朝にはエルンの森へ発ちます。……彼女はエルフと人間のハーフです。……今回の里帰りは、彼女個人にとっても、フェルゼンにとっても少々複雑な事情がありまして」
「へぇ~ハーフなんだねぇ」
「エリシュアの父は、当時のフェルゼン家との政略結婚で、我が一族の女性を娶りました。彼女は、その両方の血を引く……エルフの里と人間の街を繋ぐ、楔のような存在でもあります」
「……ってことは、あんたとは親戚ってわけなの?」
俺が何気なく尋ねると、グスタフは少しだけ視線を泳がせ、それから静かに微笑んだ。
「……血の繋がりはありませんが、私とは親戚関係にあります。」
(……だからあんなテンションで大騒ぎするんだな。グスタフ、親戚だからって甘やかしちゃだめだよ)
「……あの共有魔導板とか、ゴーレムの術式も、全部彼女がビルドしたものなんだろ? 性格はアレだけど、魔法に関しては超優秀だよな」
「ええ。彼女ほど魔法術式の構築に長けた者は大陸全土を探しても存在しないでしょう。……それゆえに、エルフの里の長老たちからは『魔法を人間の道具に堕落させた』と、批判の対象にもなっているのですが」
「里の連中か……。やっぱりエルフってのは、あれなの? 何千年も森で生きて、精霊とダンスでもして、老いもせず長生きな種族なわけ?」
俺は少し身を乗り出して尋ねた。不老長寿、あるいは超寿命。異世界におけるエルフの標準スペック(お約束)だ。
「……数千年も? いえ、特にそのようなことは。確かに彼らは森に住み、魔法には長けていますが、寿命は人間とさほど変わりません。長くても百年前後といったところでしょうか」
「…………え、そうなの?」
「はい。成長が少し遅い分、成人するまでの期間は人間より長く感じられるかもしれませんが、寿命そのものは我々と大差ありませんね」
(なんだよ……。そこは異世界仕様じゃないのかよ。エルフ=不老長寿っていうキャッシュが脳内に焼き付いてたけど、この世界のスペックはもっと現実的らしいな)
「ナァ(……あんた、変な期待をしてたわね。あいつはただの耳が長い人間と変わらないわよ)」
膝の上で丸まっていたたまが、鼻で笑うように喉を鳴らした時。
ピンポーン。
本日二度目のインターホン。モニターを確認すると、そこには旅装束に身を包み、いつになくしおらしい表情で佇むエリシュアの姿があった。
「……珍しいな。あいつがそんな控えめな顔してうちに来るなんて」
「何か忘れ物でもしたのでしょうか」
ロックを解除して招き入れると、エリシュアはリビングに入ってくるなり、淑女の鑑のような完璧な一礼を見せた。
「ゼクト様、お忙しいところ失礼いたします。……実は、一つご相談がありまして」
「何? 忘れ物?」
「いえ、その……先日お借りした『魔導記録機』を、里にいる間もお借りできないでしょうか? エルフの里の様子を、是非ともゼクト様にご覧いただきたくて……。私だけが素晴らしい景色を独り占めするのは、あまりにも不義理かと……」
伏せ目がちに、しおらしい声で語るエリシュア。
(……ほう。あの自分勝手な自撮りマシーンが、俺への情報共有を優先したいだと?嘘つけっ!…………エルフの里のビジュアルデータか。確かに、今後の地理情報のデータベース化を考えれば、渡しておく価値はあるな)
「いいよ。予備の魔石も多めに渡しておくから。しっかり『里の様子』を撮ってきてくれよ」
「本当ですの!? ああ、ありがとうございますわ、ゼクト様!」
俺が棚からデジカメ一式を取り出し、手渡した瞬間だった。
エリシュアの瞳に、隠しきれないギラついた光が宿った。
「これで……フェルゼンの文明を享受して、ますます磨きがかかったわたくしの美し……コホン! わたくしの、いえ、里の様子を余すところなく記録できますわ! 見ていなさい長老、これが最新の……記録ですわよ!」
彼女はカメラを宝物のように抱え、鏡を見るような手慣れた手つきでレンズの角度を確かめ始めた。
「……おーい。今、美しさがどうとか言いかけなかったか?」
「気のせいですわ! わたくしはただ、エルフの里の素晴らしさを皆様にお見せしたいだけですもの! ではゼクト様、グスタフ様! 行ってまいりますわね!!」
あからさまに足取りを軽くして、エリシュアはリビングを飛び出していった。
残されたのは、静まり返ったリビングと、俺と、力なく肩を落とすグスタフだけだ。
「……なぁ、グスタフ」
「……はい」
「あいつ、もうちょっと厳しく教育しろよな。身内だろ?」
俺が溜息混じりに言うと、グスタフは困ったような、それでいてどこか諦めたような苦笑いを浮かべた。
「……善処します。ですが、あの自信過剰なまでの前向きさが、彼女の魔法術式を支えている部分もありまして……」
「ミャーオ(……あんたが甘やかして機械を渡すからでしょ)」
膝の上のたまが、冷ややかな声で鳴いた。
「お、たま。お前もそう思うか。やっぱり教育が必要だよな、あいつには。グスタフ、たまもそう言ってるよ」
「ナァ(……話が通じてないのは、あんたも同じね)」
たまが呆れたように俺の膝から飛び降り、窓辺へと向かう。
フェルゼンに「秩序」がもたらされた平和な昼下がり。
その秩序の記録を持った「爆弾」が、静かなエルフの森へと投下されようとしていた。




