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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第二章:怠惰の辺境

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第37話:空飛ぶ現場監督、ソファに鎮座す


 遠くの方で、地響きのような音が聞こえる。

 エリシュアの土魔法か、あるいはガラム親方のゴーレムが岩でも運んでいるんだろう。

 俺の「聖域」であるリビングにまでその振動が微かに伝わってくるのは、それだけ現場の熱量が異常だということだ。


「……ふぅ。結局、今日も一睡もしてないな」


 俺はソファに深く沈み込み、半分気の抜けたコーラを喉に流し込んだ。

 昨日は、グスタフに「明日には渡せる」なんて大口を叩いたせいで、結局明け方まで図面を引く羽目になった。

 やってることは、ネットで拾った上下水道のテンプレートを、翻訳プリンタの超技術で「魔導工学風」に変換するだけの簡単なお仕事。……なのだが、これを「現地の地形」に合わせる作業が意外と骨が折れる。


(……いや、これ完全に前の『急ぎの修正案件』と同じノリじゃねぇか)


 クライアント(領主)の要望を聞き、現場(職人)の仕様に合わせ、納期(明日)に間に合わせる。

 やってることは、かつてのデスマーチと大差ない。

 唯一違うのは、報酬が「安月給」ではなく、人生を上がりきれるほどの「莫大なLポイント」だということ。


(……ま、ポイントのためだ。背に腹は代えられない)


 スマホを確認すると、所持ポイントはさらに増え、四千五百万を超えている。

 あんなに爆買いしたのに、街の建設が始まっただけで「地域貢献ボーナス」がガシガシ入ってくる。

 この世界の「安定」が、俺の「怠惰」を加速させる。……最高のシステムだ。


「たま、見てろよ。俺はもう、ベランダに立つのも辞めることにしたんだ」


「ナァ(……今度は何を買ったのよ)」


 膝の上で丸まっていたたまが、ジト目で俺を見上げている。

 俺は不敵に笑い、ルミナショッピング(日本版)の検索窓にある単語を打ち込んだ。


 ――【ドローン 4Kカメラ搭載 長距離通信モデル】


 望遠鏡はいい道具だが、視点が固定されるし、何より自分の目で覗き続けるのが疲れる。

 プロジェクトマネージャーたるもの、現場を俯瞰ふかんで見下ろし、リアルタイムで進捗を確認できなきゃいけない。

 それも、エアコンの効いたリビングのソファから。


「これだ。……ポチッとな」


 【購入完了:180,000L】


 ……安い。「抗生物質五千万L」に比べれば、駄菓子を買うようなもんだ。

 

 ピンポーン。


 相変わらずの爆速配達。玄関を開けると、そこには精密機器特有の、黒くて高級感のある箱が置かれていた。

 俺はウキウキで箱を開け、中身を取り出す。


 航空宇宙グレードの3Kカーボンファイバーで成形された、マットブラックの軽量高剛性ボディ。

 心臓部には高トルクのブラシレスモーターと、空気抵抗を極限まで抑えた静音設計のカーボンプロペラが四基。

 フロントには1インチの大口径CMOSセンサーを搭載した4K/60fps対応の高性能カメラ。それを支える三軸メカニカルジンバルが、どんな激しい機動や強風の中でもピタリと水平を保ち、映画のワンシーンのようなノイズレスな映像を届けてくれる。

 さらに、機体の姿勢をミリ秒単位で制御する六軸IMU(慣性計測装置)に加え、全方位障害物検知センサー、そして対ジャミング性能に優れた最新のデジタル長距離伝送システムを搭載。

 航続距離、飛行時間も現場視察に十分耐えられるプロ仕様のフラッグシップモデルだ。

 

「よし……ペアリング完了。通信チェック、オールグリーン。……テイクオフ!」


 コントローラーのスティックを倒すと、ドローンが「ブォーン」という軽快な羽音を立てて浮上した。

 窓から外へ飛ばし、一気に高度を上げる。

 

 スマホの画面に、上空からの映像が映し出された。


「……うおっ、すげぇ……!」


 そこには、現実の街づくりゲームのような光景が広がっていた。

 広大な更地に、魔法で引かれた白線が整然と区画を分け、その上を豆粒のようなゴーレムたちが忙しく動き回っている。

 エリシュアの指示で地面が盛り上がり、ガラムの職人たちが石を積み上げ、バルトスが相変わらずカメラを構えて走り回っているのが手に取るようにわかる。


(上空から見ると、動線の詰まりが一目瞭然だな。あそこの資材置き場、もう少し入り口に寄せたほうがいいな……。あ、あそこの水路のカーブ、角度が急すぎて将来的にゴミが溜まりそうだ)


 俺はソファに寝転がったまま、指先一つでカメラの角度を変え、現場の「バグ」を見つけ出していく。

 気分は完全に、現場に行かないタイプの超敏腕プロジェクトマネージャーだ。


「たま、これだよ。これこそが『リモートワーク』の真髄だ。俺は一歩も動かない。だが、俺の目は空を飛び、すべてを把握している。最高の効率化だと思わないか?」


「ナァ(……ただの覗き魔に見えるけどね)」


「ははっ、そうか。お前もそう思うか。やっぱり最新ガジェットの輝きは猫にもわかるんだな」


 俺はたまの鳴き声を適当に肯定として受け流し、手元のトランシーバーを取り出した。


「バルトスさん、聞こえる? ……ああ、いいカメラ目線だけど、今は撮影機材の話じゃない。……北側の第三区画、資材の搬入ルートが重なってる。ゴーレムの待機場所を十メートル右にずらして。……そう、それだけで一日の搬送効率が十五パーセントは上がるはずだ」


『なっ……!? ゼクト様!? どこから見ておられるのですか!?』


 トランシーバー越しに、バルトスの驚愕した声が響く。

 彼は慌てて周囲を見回しているが、地上百メートルを飛ぶ小さな黒い点には気づかないようだ。


『お、おお……! まさか、千里眼の魔術ですか!? なんという……なんという深淵なる視座! 承知いたしました、直ちに修正します!』


 画面の中で、バルトスが指示を出し、現場の動きがスムーズに変わっていく。

 よし、バグ修正完了。


 俺は満足げにコーラを一口飲み、ソファのクッションを整えた。


(……これだ。これだよ。現場に行かずに指示を出し、街が出来上がっていくのを特等席で眺める。……異世界っていうのも、意外と悪くないかもしれないな)


 ドローンの画面には、夕日に照らされて輝き始めた「新しいフェルゼン」の輪郭が映し出されていた。

 俺はそれを、まるでお気に入りの配信動画でも観るような気分で、のんびりと眺め続けた。

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