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土曜日の巡逢駅内は、平日とさほど変わらない人の数が流れている。土曜だろうと仕事があるのだろうスーツを着たサラリーマン、土曜だろうと学校があるのだろう制服を着た中高生などなど、土曜日というものは日曜に比べ休日感が薄い。
私達も、今日はSky′sとして初めてのお仕事……否、給料が出るわけではないのでイベント、と言った方が近いのかもしれない。とにかく、Sky′s初のステージイベントがあるわけで。
「……きたね」
「はい。遂にきました……」
李珠さんが唾を飲むと同時に、私も唾を飲む。昨夜はいろいろと考えてしまったけど、遂にこの日、私達が輝く日がきたのだ。なら、本番でミスをしないためにも、もう余計なことは考えず目の前のことに集中する他ない。
巡逢駅内の時計を見ながら、私と李珠さん、沙希さん、玲奈さんは暫し無言で残りの一人が来るのを待つ。
が、その人が姿を現す気配はない。
「ねぇ、美波は?」
李珠さんが眉間に皺を寄せて、誰にともなく問いかける。
「え、いや、流石にこんな日まで遅刻はないと思うけど……」
「う、うん。もうちょっと待ってみようよ。まだ約束の時間はきてないし」
玲奈さんと沙希さんが口をそろえて言うも、今まで練習時間や遊ぶ約束にちょくちょく遅れている実績がある美波さんだ。私も信じたい気持ちはあるが、正直不安になってきた。
それは李珠さんも同じようで、スマホを見て美波さんからメッセージが何もきていないことを確認すると、バス停の方に身体の向きを変えた。
「いやでも、万一ってことがあったら……。私、ちょっと家まで迎えに──」
「待たせたわね」
と、李珠さんが美波さんを迎えに行こうとした丁度その時。
待ち望んでいた人物、美波さんが登場した。
私は安堵し、美波さんを迎えようと振り返った……のだが、笑みが零れるより先に動揺が全身を駆け巡った。
目の前に映る美波さんは、コツ、とブーツの音を鳴らしながらこちらに近づいてきつつ、赤い唇を薄く開いた。
「……なーんて、言ってみたいセリフだけれど、待たせてはいないようね。だってまだ、八時五十五分なんだから。ね? 李珠?」
「…………み、なみ?」
「ええ、美波だけれど。何かしら?」
何かしら、ではない。
ふんわりした柔らかい青のシャギーニットは黄色のウェーブデザインが見栄えを作り、サイドにフリンジを取り込んだヴィンテージ感のあるワイドデニムと組み合わせてもなんら違和感なく、お洒落に纏まっている。ニットにデニムズボンと、ここまでなら普段の美波さんが着ていても何ら違和感のないコーデだが、問題は手首と足元にある。
右手首に煌めくのはチェーンモチーフのゴールドブレスレット。光を乱反射するペタルチェーンは、つい目が吸い込まれてしまう。足元は、ズボンに隠れているため靴下は判らないが黄色のスニーカーで決めている。ストライプの柄は黒で、パリッとしつつもキャッチ―な印象を与える一足。青や黒など落ち着いた色合いを好む普段の美波さんなら、絶対に選ばない一足だ。
それに、何と言っても今日の美波さんは、ばっちりメイクを決めている。上がったまつ毛、細く整った眉、ほんのりとピンクに色づいた頬等々、派手なメイクではなく素材を活かしたシンプルな出来栄えだが、雪のような白い肌によく映える赤いリップが一番の魅力だった。真っ赤、と言うわけではない。オレンジ味のある、私達高校生がつけても違和感のない色味だ。
「何かしらって……なに、その恰好」
李珠さんが美波さんの恰好を舐めるように見まわし、危機を察知したような顔で口の端を引きつらせながらそう訊ねる。美波さんは少し目を見開くと、いつもより艶やかな髪を触りながら不安気に口を開いた。
「な、なによ。おかしいかしら? 一応母にも見てもらって、オーケーサインを貰ったのだけれど」
「すっごく似合ってます! 美波さん! 綺麗でかっこよくて、とにかく可愛いです!」
私は美波さんの両手を握り、思わず抱きしめてしまいそうな勢いで思ったことをただ口走る。ああ、読書で培われた語彙を活かすことができない。人間とは本当に素晴らしいものを見た時、難しい言葉なんて出てこなくなってしまう生き物である。
「瑠琉がそう言ってくれるなら、間違ってないわね。じゃあ、行きましょうか」
美波さんは私の言葉に安心してくれたようで、安堵の表情を浮かべると足を進める。私は洗剤のような香水のような、とにかく花のような良い香りがする美波さんの後を追いかける。
「くっ……なんでリーダーの私より目立ってるわけ? てか、いきなりあんなメイクしてくるとか聞いてないんだけど……あぁもう!」
「何に苛立ってるの? 美波の美貌?」
「そうだよ畜生!」
後ろから李珠さんと玲奈さんがそんな会話をしていたが、私の耳にはあまり入ってこなかった。今、私の視界には美少女しか映っていないのだから。




