外泊と宇宙
「ご馳走様でした。」
貴子は行儀よく手を合わせた。
「はい、お粗末さまでした。と足りたか?」
俺はカップ麺から箸を離し、貴子に声をかけた。
「あ、はい、僕は大丈夫です。でも……小宮山さんはいつもあの量で足りてるんですか?」
「いつも、あんなものだよ」
「そうですか……」
貴子は思いつめたように下を向いた。
いまいち、貴子が何に悩んでいるのか分からない。
分からないので、残っていた麺を流し込むように口に入れ、別の話を振る事にした。
「ところで、何か用があって来たんじゃないのか?」
「あ……はい!」
貴子は俯いた事で丸まっていた背筋を伸ばし、俺を真っ直ぐ見た。
「そのですね!あの……お、お話が……えっと、ありまして」
しかし、すぐにまた俯きがちになってしまった。
「話か」
わざわざこのタイミングって事は重要な話で、人には聞かれたくない話だな?」
貴子が目を大きく開いた。
「え、ええ、そうです」
「そうか」
俺はカップ麺の器にたまったスープを飲み干した。
「ご馳走様、と。もしかして俺の今後の話か?」
「は、はい……小宮山さん、僕の考えてる事、よくわかりますね」
「そりゃあ、状況を見ればわかるさ。そうでなきゃお前が……ん?」
お前って、言った?俺が?そんな馴れ馴れしい呼び方していなかったはずだが、もしかして少し記憶が戻ったのだろうか?
「小宮山さん?」
「あ、いや、なんでもない、それで話ってなんなんだ?」
「あ、はい……その前にいいですか?」
「なんだ?」
「その、今日、僕を泊めてください!」
「!?」
その瞬間、俺の周囲の時間が凍結した。
「駄目、ですか?」
俺は俺を置き去りにし、宇宙と同化する。
「その……寮の門限8時なんです。今からじゃ間に合わないんです」
人とは常に孤独だという、何を馬鹿な。
我々は常に地球に、そして宇宙に繋がっている。
故に我々は宇宙の一部であり、宇宙と同意なのだ。
そんな大きなモノと共に在るというのに孤独だというのだろうか?
「というか、今日は親戚の家に泊まるって事で出てきたんです。なので、寮にいないのは問題ないんですが、寮に戻るわけにもいかなくて……」
だから、何も怖い事などないのだ。
宇宙は己であり、己は宇宙だ。
だから、生も死も同じもの、何故なら我々は宇宙なのだから。
「いや、死ぬのは嫌だろ。俺が幽霊だったとしても」
「え?」
「あ……」
自分自身にツッコミを入れる事で俺は正気に戻った。
否、戻ってしまった。
「小宮山さん?」
「い、いやその……そもそもなんでだ?なんで泊まる事、前提で来たんだ?」
「それはその……このタイミングしかないと思って、気が付いたら寮長に嘘ついてたんです」
「嘘?」
「親戚の家に泊まるって嘘です」
「あ、ああ……」
そういえば、俺が『同化』していた時にそんな事を言っていたような気がする。
「だから、今日は寮には帰れないんです。お願いします、僕を泊めて下さい!」
貴子は深く頭を下げた。
「う……うむむ」
そうは言われても、モラル的にどうなのだ?
貴子は俺を信用しているから、そう言っているのかも知れない。
だが、俺の気持ちを除外しても、高校生の男女二人きりで一晩共にするのは拙いだろう。
かと言って帰る事が出来ないという貴子を、無理矢理帰すのもどうかと思う。
それはそれで貴子を、危険に晒す事になるのだろう。
どっちを取ってもよくない気がする。
それでも、決めなければいけない。
そして、俺は重い口を開いた。




