その後の古賀氏
「誰だよ、こんな企画通したの…」
「古賀さんですよ」
「あー、俺かぁ」
「みんなの動物園(zoo)」が正式にリリースされてからというもの、イベントや取材といったものに追われ、それが終わるとゲーム内でのイベント準備に追われる。
俺、年下の彼女ができたばっかりなんだけどなぁ。
「これ、もうちょっと可愛くならないんですか?」
俺のサポート要員でもある田川が、イベント用の動物に文句をつける。
「格好いいだろ!」
「いや、キモイです」
相変わらず、容赦ないね。
やっぱり、女性には受けないのかね、コレは…。
イベント用の動物をどうするかと悩んでいると、スマホにメッセージが届いた。
メッセージアプリを開き、内容を確認すると、俺はすぐに立ち上がった。
「悪い、一時間ほど抜けるわ」
「はいはーい。ちゃんとログは監視しておきますね」
「いい加減、人の恋路を覗くのやめろ」
田川を相手にしている時間がもったいないので、そう捨て台詞を残してオフィスを出る。
「楽しいからやめられない!」
そう、田川が叫んでいたらしいが、俺は知るよしもない。
みんズー用のVRポッドがある部屋までくると、すでに二人ほど社員がプレイしていた。
毎日、問題が起こっていないかを調べるためにプレイしているのだ。
空いているポッドに入り、ログインする。
ホームでもある自分用の動物園は非公開だ。
未公開の動物もいて、全種類が揃っているとなれば、さすがに公開はできない。
可愛い子たちの遊べ攻撃を心を鬼にして振り切り、彼女がいると言っていたフィールドへ飛ぶ。
フレンド登録していれば、相手の場所はすぐにわかる。
まぁ、俺のフレンドなんて製作関係者の社員か彼女しかいないんだがな。
急いで彼女のもとへ向かう。
時間は限られているしな。
「あい」
彼女の姿を見つけ、名前を呼ぶと、はにかみながらも笑ってくれた。
やっぱり、可愛いな。
「こんにちは、古賀さん」
「こんにちは。元気そうで安心した」
こちらはリリース直後で忙しいし、彼女は受験生だ。
なかなか、会うことすらできない。
「今日はキツネを捕まえようと思っているんです」
動物が嫌いだった彼女だが、最近は自分から捕まえたいと言うようになってきた。
「キツネか。キツネの尻尾はいいぞ!それに、子ギツネたちの可愛さは別格だ」
あのふっくらと膨らんだ尻尾と、愛嬌のある動作に魅了された者も多いだろう。
現実では施設以外での飼育は難しいから、なおさら憧れる者もいる。
寄生虫は恐ろしいからな。こればかりは仕方がない。
「前回で、最初の麻酔銃にグレードが上がったんですけど、いけますよね?」
麻酔銃になったということは、捕獲動物の種類が二十種以上で、なおかつ草原、森、岩場、渓谷の四つのフィールドで動物の捕獲に成功した場合にグレードアップする。
初心者ではなく、初級プレイヤーになったということだ。
「気づかれればすばしっこいが、比較的捕獲はしやすいぞ」
「それにしても、最初がH&Kコンパクトだとは思いませんでした」
さすが、ガンシューティングをやり込んでいるだけあるな。
「それでも、制限はかなりつけているけどな」
本物のH&Kコンパクトとは違い、麻酔銃仕様ということで、連射はできないし、飛距離も短い。さらに、麻酔の威力も弱い。
鹿など、少し大きい動物を狙うなら、最低二発は命中させないと眠らないくらい弱い。
なんでH&Kコンパクトにしかたというと、俺の完全なる趣味だ。
「上級までいけば、スナイパーライフルが出てくる」
「SR-25とか?」
「ガンシューティングだと、そういったオート方式が人気だがな。メジャーという点ではあっているが、L96A1にした」
「ボルトアクションですか…。オートに慣れていると、コツを掴むのが大変そう」
今さらだが、本当にガンシューティングが好きなんだな。
今までの彼女なんか、銃の話をしても聞いてくれなかったぞ。
「慣れれば、ボルトを起こすのが快感になるぞ」
スナイパーライフルの醍醐味といえば、ボルトをスライドさせて薬莢の排出と次弾装填のあの動作だろう。
今まで作ったゲームの中には、リロードの動作にまでこだわったものもある。
まぁ、難易度はベリーハードにされたがな。
あの時は、製作スタッフの中で、俺以外誰もクリアできなかったということで、鬼畜モードとも呼ばれていた。
さて、ガントークはこれくらいにして、目的のキツネ探しといきますか。
キツネの生態を教えながら、出現しそうなポイントを探す。
渓谷フィールドといっても、わずかながら平地もあるので、そこが狙い目だ。
平地には小動物が巣穴を掘っていたり、鳥が昆虫を食べに来たりしているので、キツネにとってもいい狩り場のはずだ。
ゆっくりと探しながら、彼女に質問する。
「そういえば、あいはどこを受験するんだ?」
高校三年生で、受験戦争真っ只中にいる彼女だが、要領がいいのか、そこまで勉強に追われているという感じがしない。
「専門学校に行くつもりです。ゲームの…」
「あー…大変だぞ?この業界も」
製作の追い込みともなれば、何日も会社に泊まることもある。
最悪だったのは、ギリギリになって致命的なバグが判明して、対処に三徹したときだ。
あれは死ぬと思ったな。
「でも、やりがいはありますよね?自分がプレイしていると、作り手側の遊び心というか、プレイヤーを驚かせてやるぞっていうのが伝わってきて、楽しそうだなって」
「確かに、プレイヤーをびっくりさせたときは、やってやったって思うな」
ネットでの評判で、あそこに隠し要素があったなんて!とか、あんなところがストーリー分岐だったのか!なんてリアクションがあると、思わずにやけてしまうときもある。
「ですよね。なんど古賀さんの作品で悔しい思いをしたことか」
彼女は純心だから、そういったトリックにも素直に引っかかるんだろうな。
その姿を見てみたいとも思う。
絶対に可愛いに違いない!
そんなことを思っていると、何かの気配がした。
同時に彼女も気づいたようだ。
麻酔銃を構え、自分の気配を消す。
本物の狩人のようで、さすがとしか言いようがない。
俺も足を引っ張らないように、少し離れて様子を見る。
少しして、パシュッという小さな音が聞こえた。
彼女の様子を見る限り、一発で仕留めたようだ。
動物のアイコンを確認すると、狙いのキツネではなくアライグマだった。
こういうところは引きがいいんだよなぁ。
「渓谷フィールドでも出現率の低いアライグマを一発か」
「レアなんですか?」
「キツネと比べると1/5の出現率だな」
眠っているアライグマをどうしようかと、戸惑っているようだ。
初見の動物はまだ怖いらしい。
「アライグマは馴致もしやすいし、餌を洗う仕草は可愛いぞ」
ただし、食欲旺盛で、なんでも食うがな。
多頭飼いする場合は、餌の取り合いが頻発するから注意が必要だ。
他の動物の餌でも平気で奪う。
少し面倒かもしれないが、それでも可愛いから許される動物だろう。
彼女が恐々とアライグマに触れる。
アライグマは毛皮として使用することもあるくらい毛質はいい。
意外と毛は長く、柔らかいので、手が埋まってしまう。
まぁ、タヌキに近い感じかな。
その毛並みに魅了されたのか、彼女はアライグマの尻尾を何度も握り、感触を楽しんでいた。
そして、ゆっくりと持ち上げ、出現した檻へと入れた。
「やったな。次こそはキツネを捕まえよう」
頭をポンポンしようとしたが、壁のようなものに遮られた。
そうだった、プレイヤー同士が触れないようにしたんだった。
ある意味生殺しだな、おい。
だが、彼女が嬉しそうな笑顔を見せてくれるから、まぁよしとしよう。
再び、フィールドを歩きながら、おしゃべりを楽しむ。
「あの、古賀さん」
「何?」
「…えーっとですね。次はいつ会えますか?」
身長的に仕方ないとはいえ、その上目遣いは反則だろ!
やべぇ…ぎゅーってしてぇ!!
「次のイベント企画が目処ついたら休みもらうから!」
頭の中でスケジュールを組み立てて、ざっと目安をつける。
「一週間後とか大丈夫か?」
ちょうど土日に当たるから、彼女も休みのはずだ。
「はい!大丈夫です!」
あーもう。本当に敵わないな。
「どこか行きたいところとかあれば、連れていくからな。考えておいてくれよ」
「どこでもいいですか?」
すでに行きたいところがあるのか、彼女は期待に満ちた目で見てきた。
「ああ」
「古賀さんと一緒に、ゾンビドームをプレイしたいんです!」
うん。彼女らしいお願いで安心したわ。
「別にいいけど、俺は強いよ?」
自分が手がけたゲームだしな。
何度もテストプレイして、隅々まで知り尽くしている。
「ギリギリですけど、私もランカーですから、足手まといにはならないと思います」
「それは凄いな…」
ゾンビドームのランキングは100位までしかない。
オンラインなので、全国プレイヤー何千万人の中で100位以内に入っているということだ。
下手したら、俺より強かったりしてな…。
少し、練習しておくか。
俺の制限時間が迫ってくる中、ようやくキツネとエンカウントできた。
彼女は素早い動きで麻酔銃を構え、打つ。
今回も一発で仕留めるんだからなぁ。
「どうだ、念願のキツネの触り心地は?」
「思っていたよりも柔らかいです。ふわふわして、可愛い」
そうだろう、そうだろう。
キツネは質の違う二種類の毛があって、やや硬くて長い毛の隙間に、綿毛のような柔らかくて短い毛が密集している。
この柔らかくて短い毛が、めちゃくちゃ気持ちいいのだ。
「古賀さん、ありがとうございます」
「俺があいと一緒にいたいだけだから、気にするな」
正直な気持ちを言うと、あいは顔を真っ赤にした。
恥ずかしくもあるのか、顔をプイッと背けるところも擦れてなくて可愛い。
「おっと、そろそろ時間だ。悪いな」
「いえ、来てくれて嬉しかったです」
俺が言うと恥ずかしがるくせに、こういうことはサラッと言っちゃうんだからタチが悪い。
「あいはもっと、俺に甘えていいんだぞ」
こんな可愛い彼女のお願いなら、なんでも叶えてしまうだろう。
自分がここまでのめり込むとは思いもよらなかったが…。
「…今でも十分甘えていると思う」
「いやいや、全然足りないから!」
少しは大人の余裕というか、魅力を見せつける機会を与えてくれないと、こちらが不安になる。
あいはまだ十代で若いし、同じ年頃の子たちと遊んでいたいだろうし、中にはあいのことを好きな男の子もいるかもしれない。
それに比べ、こちらは三十路のおっさんだ。
金銭面には余裕があるとはいえ、学生と比べると圧倒的に自由になる時間がない。
いつ、愛想尽かされるか…。
「…じゃあ、次の約束は絶対ですよ?」
あぁ、もう!
俺にとっては甘えているうちにもならないが、可愛いので許す!
「あぁ。絶対だ。また、連絡する」
本当だったら、でろでろに甘やかしてあげたいが、理性を総動員させて我慢する。
…ちょっとだけな。
我慢しなければと思いながらも、あいを抱きしめる。
あいの温もりも柔らかさも伝わらないが、雰囲気だけでも癒される。
『古賀さ〜ん、アウトですよ〜』
田川の空気を読まない割り込みに、あとでしめる!
強制ログアウトの文字が目の前に浮かび、一瞬で現実へと戻された。
「田川、お前、俺に恨みでもあるのか?」
『まさか!尊敬しているからこそ、社会的に抹殺されないよう、私が動いているんじゃないですか!!』
…物は言いようだな、おい。
仕方ない。あいのために、あとしばらくは我慢だな。
「今度の土日は休むからな!」
『イベントの企画書と動物のデザインが会議通ればいいですよ』
ちっ。今日は徹夜だな。
「おう。会議は木曜日だと通達しておけ」
『げっ。木曜って早くないですか?』
「休みのためだ、お前らも頑張れよ!」
これ以上何か言わせないために、ポッドから出る。
さて、いっちょやりますか。
おっさん、ラブラブできる日は遠そうです(笑)