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10・別れ

「ご武運を!」

基地で働いていた少女や整備兵に見送られて、慎太郎たちは飛び立った。


編隊飛行の一番後ろに、慎太郎はついていた。

別れの盃──水だったが、まだ口の中に残っている。


と、飛行機のバランスがおかしい。

翼を見ると愛鷹あしたかがしがみついていた。


「おい、こら、何してる? こっちへ来い」

慎太郎は慌てて戦闘機の風防をスライドさせて開け、

愛鷹を入れて膝の上に座らせた。


「はー。危なかった。俺の飛行可能高度を超えるところだった。

慎太郎はどこへ行くんだ?」

膝の上から振り返って愛鷹が尋ねた。


愛鷹の問いに、一瞬返答に困ったが

「敵さんを倒しに」と、やっと答えた。


「ほら、これ。志乃が渡してくれって」

志乃から預かった守り人形を見せると、慎太郎は抱きしめるようにして

飛行服の胸ポケットに入れた。

「そうか。志乃が。ありがとうな。 …愛鷹はいい着物を着てるなぁ」


「春さんが縫ってくれた」

「そうか。『母さん』って呼んだら、母さんはきっと喜ぶんだけどな」

「そんな…そんなこと」戸惑う愛鷹に

「なんてな」と慎太郎は笑った。



飛行機は山を越えて南に進路を取った。

「山より高く飛ぶのはさすがだ」愛鷹が感心した。

「今の山は開聞岳かいもんだけっていうんだよ。きれいだろ?」

「うん」


「なあ愛鷹、ごめんよ。人間の戦に巻き込んで」

「なんだよ。…前の戦でも一緒に戦ったんだろ?

特に敵がロシアだった時。狸も狐も敵地まで行ったって

父上から聞いたことがある」


「日露戦争の時か…そんな話もあったけな。

戦をするのはいつも人間だ。

人間の戦に付き合わされるのって、アヤカシは嫌じゃないのかな?」


「イヤがるヤツもいると思うけど、日の本の国がなくなったら

俺たちも住んでいられなくなるから、そっちの方が嫌なんじゃないか?」

「そっか。…なあ、愛鷹は元気にいい子に育てよ」と

操縦桿を握る反対の手で抱きしめた。


「子供扱いするか?俺は慎太郎より年上だぞ」

「あはは。そうだったな」


しばらくはそんなふうに、昔の事やアヤカシの事を話して

ふたりで笑った。



「敵艦だ」


水平線に戦艦が何隻も浮かんでいる。

慎太郎の前を飛ぶ戦闘機が高度を下げる。

慎太郎もそれに続いた。


「愛鷹、さらばだ。村へ帰れ。子供じゃないなら母さんと志乃を頼む。

しっかり飛べよ」

そう言って慎太郎は飛行機の風防を開けて愛鷹を放り出した。


敵戦艦から対空機銃掃射がはじまった。


愛鷹がグルグル回転して、やっとバランスを取った瞬間

右目が灼熱の棒を当てられたように感じて、痺れて見えなくなった。

機銃の弾が目の横をかすっていったのだ。


掠ったといっても機銃である。 肉が削げ落ちていった。

目に続いて左わき腹、右足も。




「アメ公うるさいよ。俺たちの事が怖いだろ?とっとと撤退しろや。

…これが人間として、アヤカシを戦に巻き込んでしまったせめてものお詫びかな」


そうつぶやいて、慎太郎は敵艦に向かってまっすぐ飛んで行った。



落下していく愛鷹の左目に映ったのは、

慎太郎の飛行機が戦艦に突っ込んでいくところだった。



そして海の中に落ちた愛鷹は、ほとんど生きていなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。

引き続き、読んでいただけますと嬉しいです。


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