10・別れ
「ご武運を!」
基地で働いていた少女や整備兵に見送られて、慎太郎たちは飛び立った。
編隊飛行の一番後ろに、慎太郎はついていた。
別れの盃──水だったが、まだ口の中に残っている。
と、飛行機のバランスがおかしい。
翼を見ると愛鷹がしがみついていた。
「おい、こら、何してる? こっちへ来い」
慎太郎は慌てて戦闘機の風防をスライドさせて開け、
愛鷹を入れて膝の上に座らせた。
「はー。危なかった。俺の飛行可能高度を超えるところだった。
慎太郎はどこへ行くんだ?」
膝の上から振り返って愛鷹が尋ねた。
愛鷹の問いに、一瞬返答に困ったが
「敵さんを倒しに」と、やっと答えた。
「ほら、これ。志乃が渡してくれって」
志乃から預かった守り人形を見せると、慎太郎は抱きしめるようにして
飛行服の胸ポケットに入れた。
「そうか。志乃が。ありがとうな。 …愛鷹はいい着物を着てるなぁ」
「春さんが縫ってくれた」
「そうか。『母さん』って呼んだら、母さんはきっと喜ぶんだけどな」
「そんな…そんなこと」戸惑う愛鷹に
「なんてな」と慎太郎は笑った。
*
飛行機は山を越えて南に進路を取った。
「山より高く飛ぶのはさすがだ」愛鷹が感心した。
「今の山は開聞岳っていうんだよ。きれいだろ?」
「うん」
「なあ愛鷹、ごめんよ。人間の戦に巻き込んで」
「なんだよ。…前の戦でも一緒に戦ったんだろ?
特に敵がロシアだった時。狸も狐も敵地まで行ったって
父上から聞いたことがある」
「日露戦争の時か…そんな話もあったけな。
戦をするのはいつも人間だ。
人間の戦に付き合わされるのって、アヤカシは嫌じゃないのかな?」
「イヤがるヤツもいると思うけど、日の本の国がなくなったら
俺たちも住んでいられなくなるから、そっちの方が嫌なんじゃないか?」
「そっか。…なあ、愛鷹は元気にいい子に育てよ」と
操縦桿を握る反対の手で抱きしめた。
「子供扱いするか?俺は慎太郎より年上だぞ」
「あはは。そうだったな」
しばらくはそんなふうに、昔の事やアヤカシの事を話して
ふたりで笑った。
*
「敵艦だ」
水平線に戦艦が何隻も浮かんでいる。
慎太郎の前を飛ぶ戦闘機が高度を下げる。
慎太郎もそれに続いた。
「愛鷹、さらばだ。村へ帰れ。子供じゃないなら母さんと志乃を頼む。
しっかり飛べよ」
そう言って慎太郎は飛行機の風防を開けて愛鷹を放り出した。
敵戦艦から対空機銃掃射がはじまった。
愛鷹がグルグル回転して、やっとバランスを取った瞬間
右目が灼熱の棒を当てられたように感じて、痺れて見えなくなった。
機銃の弾が目の横を掠っていったのだ。
掠ったといっても機銃である。 肉が削げ落ちていった。
目に続いて左わき腹、右足も。
*
「アメ公うるさいよ。俺たちの事が怖いだろ?とっとと撤退しろや。
…これが人間として、アヤカシを戦に巻き込んでしまったせめてものお詫びかな」
そうつぶやいて、慎太郎は敵艦に向かってまっすぐ飛んで行った。
落下していく愛鷹の左目に映ったのは、
慎太郎の飛行機が戦艦に突っ込んでいくところだった。
*
そして海の中に落ちた愛鷹は、ほとんど生きていなかった。
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