263.ラケルに届いた手紙。
七天将星。500年前に黒竜討伐を成し遂げたとされる、7人の英雄。
その戦いの地、ラディス大陸の中心地、旧エルフ国『 ルグス』は現在『禁足地』として誰も立ち入らず、戦いの痕跡が残っているかも不明である。
ただ、500年前の英雄は現在もなお、生きていた。歴史の生き証人であり当事者。彼らは不老であった。
それは女神の祝福か、黒竜の呪いか。当人にすら分からない。それでも今日を生きている。
そして、生きるとは誰かと関わる事。着る服、食べる食料、住まう家屋。全てを一人で完結させることなど、例え伝説の英雄でも出来はしない。
その実例として、七天将星の一角、伝説の鍛冶師にしてドワーフ女戦士、赤のアーテナイの日常を覗いて見よう。
聖竜歴500年、7の月中頃。場所は彼女の屋敷。
「なぁ、もういいかい?」
「もう少し。後は首回りと肩幅だから椅子に座ってくれる、アーテナイ?」
「あいよ、シャーロット」
彼女は衣服を作るための採寸を行っていた。アーテナイは2m近い巨躯の持ち主。
採寸も大仕事のはずだが、その仕事を行う妙齢の女性、シャーロットは緊張した様子もない。
体格差もあり、相手が伝説の英雄でもだ。計った数字を記憶するペンを動かす手付きも軽い。
「なんだい?随分ご機嫌じゃないか」
「それはそうでしょうとも!友達のドレスを頼まれるなんてお針子にとって、こんなに幸福な事はないわ!」
「…へいへい」
「あ、ここは伝説のアーテナイ様のドレスって言った方が良かったかしら?」
「やめな。言ったろ、アンタとアタシは五分だって」
二人が友人になったのは数ヶ月前。
共通の知り合いが居た事がきっかけで食事や、余暇の時間を共有するようになった。
なお、余暇についてアーテナイの都市の統治者としての机仕事を自主的に休んだ時間、サボりが多分に含まれる。
「じゃ、突っ込ませてもらいますけど、きっかけはやっぱりあの手紙?」
「……いや?………ほら、今年は『七天将星』の集まりがあるからねぇ。それに合わせたんだよ」
「ってことにしておいてあげる」
「……ったく」
伝説の英雄と服飾店の若奥様。それを繋げた存在は、規格外の二人であった。
その名はヤマトとナデシコ。
彼らがラケル近郊にて、魔物と化した熊に襲われかけたシャーロットの娘を助けたのが始まり。
それがきっかけで『閉山祭』という祝祭のただ中であった鉱山都市に訪れることになった。
祭りの最中、異質な二人に興味をもったアーテナイは催しに誘った。
そこで二人と拳を交え、なぜか料理対決をし、果ては大型魔物を共同で退治したりと、実に様々な騒動を巻き起こした。
そこにはシャーロット一家も深く関わっており、関係者たちの仲は短期間で急速に深まっていったのだ。
そして、『ある目的』を持って、ヤマトとナデシコは王都ロニアへ旅立った。
ラケルの人々に『いつかの再会』と『近いうちの手紙』の約束を残して。
ちなみに手紙のやり取りは、すでに何度か続いている。
「なんにせよ。元気そうでなによりよね」
「どうだか…ああいうのは元気が有り余ってるっていうんだよ」
アーテナイは部屋の額縁に目をやる。そこには『写真』があった。
礼服姿のヤマト、ドレス姿のナデシコを中心に様々な人々に囲まれ、皆笑顔であった。
手紙によれば、『写真』という技術も王都で『二人の世界のもの』を再現したものだという。
「ヤマトくんとナデシコちゃんが着てる服、いい服ね。
お針子としては、少し悔しいわ。二人の笑顔に免じて水に流すけど」
「はン、シャーロットが王都に居たら、アイツらもアンタにドレスを頼んだだろうさ……。アタシみたいにね……」
「ふふっ、ありがとう、アーテナイ」
「……フン」
ヤマトとナデシコ。その二人は異世界人であった。彼らの目的は、自分たちの世界への帰還。
その過酷なはずの旅路の道中が、今も笑顔で満ちていることを、二人の女性は言葉にはせず、静かに喜び合う。
本来、交わるはずのなかった者たちを繋げたもの。
それは、異なる世界で生まれ育ち、この世界へと降り立った二人の存在だ。
あるいは、子を想う『親心』という、どの世界でも決して変わることのない、共通の温かさかもしれない。
―――コンコン!
部屋のドアがノックされる。
そのノックは軽快で、アーテナイの配下にその方法をとる者は居ない。
「アメリアかい?…入ってきな!」
「はーい!しつれいしまーす」
「まぁ、どうしたの?」
アメリア、シャーロットの娘である。
ヤマトとナデシコに助けられ、二人を兄姉同然に慕っている彼女はアーテナイとも仲が良く、今日も母に付いて来ていたが、母の仕事中は邪魔をしないように別室で待機する賢さも持っている。
アーテナイの配下からも、その天真爛漫さを可愛がられている。
「急ぎのおてがみだって、シェーヌさまは入れないから代わりにって」
「シェーヌが?…ああ、なるほど」
アーテナイの優秀な副官シェーヌが、いくら急ぎだからといって、子供を遣いにやるとは思えなかったが、差出人を見て納得した。件の二人からの便りだったのだ。
その封筒を確認したシャーロットも、思わず吹き出す。
「ふふ、ヤマトくんとナデシコちゃんからよ」
「ほんと!?わーい!」
二人の手紙はアーテナイ宛てとアメリア宛が主だ。
配送料を節約するためか、アーテナイにサボりの口実を与えるためか、その2通は同封されるのが常だ。
返事を出す際も、アーテナイは自らの返事と、つたない字と味のある絵が描かれた温かな手紙を添えて送るのが習慣になっている。
「アメリア。でも、今は…」
母親として、嗜めようとするシャーロット。だが、ドワーフの英雄はニヤリと笑ってそれを遮った。
「忙しいからねぇ。アメリアには代読の仕事でも頼もうかね?」
「だいどく?」
「アタシの代わりに読んで欲しいってお願いさね」
「はい!がんばります!」
アメリアは現在、教会で読み書きを習っている最中だが、最近の習得速度には目を見張るものがあるという。
その原因は語るまでもない。特にこの部屋においては。
やがて始まる朗読。温かな気持ちで聞いていた二人だが、時が進む内に、その笑顔が引きつり、やがて揃って頭を抱えた。
そんな二人にアメリアは無邪気に問いかける。
「ねー、この『というわけでじゅうじんたちとしょうぶのひびをおくることになりそうです』ってどういう意味?」
―――というわけで、獣人達と勝負の日々を送ることになりそうです。
「「(…いや、どういうわけ!?)」」
相変わらずどこに行っても嵐を巻き起こしている規格外の二人に、心の中でツッコミを入れずにはいられないアーテナイとシャーロットであった。
一説によれば、人と仲良くなるには共感と共通の話題が一番らしい。
伝説の英雄と若奥様は、それについては事欠かない日常がこれからも続いていくらしい。




