105.冒険者の娘。ライリー。
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ライリーの父、元A級冒険者にして、現警備職の男は運のいい男だった。
仲間に恵まれ、大きな怪我もなく、A級に上がれ、ロニアで多くの依頼をこなし、貴族の役人にも気に入られ、騎士爵も勧められたが、きっぱり断り、今の職を手に入れた。
警備の仕事についてすぐ、冒険者時代に護衛した商家の次女と再会し、交際を経て結婚した。義兄夫婦、義両親、実両親の仲も良好。順風満帆、絵に描いたような元冒険者としての成功譚。
しかし、男が昔の仲間や、同僚に語るのは13年前からずっと娘の自慢話である。
うちの娘が可愛い、の枕詞から始まるその自慢話は、酒が入ればより悪化する。
誰もが呆れながら聞くその内容に、2年程前から、疑わしい内容が混じるようになった。
「ホントにうちの娘は凄い!なんせ、あの歳で俺から一本取ってくるんだぜ!強化なんか、その辺の冒険者なんか目じゃないね!あんまり調子に乗らないように、B級くらいだな、って言うけど、やっぱり褒めたりないよな!」
親の欲目、ここに極まり。元一流の冒険者でも、自分の子供には盲目になる。
絵に描いたような元冒険者の悪い酒癖だった。周りからすれば。
伝説的存在、ユディットの特別クラスへの編入が決まる、一年前の酒宴の席での出来事であった。
ライリーは、自分の才能について、非凡であることをよく理解していた。自負もあった。尊敬する父は、いずれ越えられる壁であり、街を行き交う冒険者を見ても、時には自分の方が強い、とさえ思った。
幼い頃から聞かされた黒竜討伐の『七天将星』のおとぎ話、いずれ自分の居場所はそこにあると無邪気に思っていた。ユディットとの面談、その日まで。
「…キミがライリーくんだね。…教会時代の筆記成績はそこそこ。魔力も申し分なく、強化の適正も高い。…単刀直入に言おう。我が学園の特別クラスに入る気はあるかい?…もし、望むなら、ワタシの教え子として、鍛えてあげよう…」
対面した時に分かった、絶望的な力の差。感じたのは本能的恐怖。今までの自分の思い上がり。自負は砕け散り、頭は自分の足下を確認するように下がった。それでも、顔を上げ、見据え、頷くことは出来た。
「……ほう、思ったより、才能がある、ね。…勉学も、頑張るといい、意外と無駄にならないものだ、よ?」
そして、出会った。自分と同程度、あるいは上に居るかも知れない、同世代の二人。
二人とは不思議と気が合ったし、自分と同じ学び取る意志を感じた。一ヶ月、充実していた。
そして、今朝、正体不明の二人が現れた。
教室で感じたのは、恐らく自分より、上の力を持っている程度。
この一ヶ月をぶつけるに丁度いい相手だと思った。
「……っ!分かったわよ!……そのハンデ、貰うわ…!」
ナデシコからの威圧は、まだ自分が頂きへの道を一歩程度しか、歩めていないと教えられた。
自身の見通しは甘く、飲んだハンデは苦汁そのものだった。
それは、ライリーをまた一歩、進ませた。
「よし!」
そして、ハンデ有とは言え、掴んだ一勝。ライリー、今まさに成長期、ど真ん中。
実感と共に、目の前のナデシコを見た。
「………え…」
小さな、呟きは誰にも届かなかっただろう。目線の先のその人物は、今の逆境を無邪気に楽しんでいた。
続く勝負、放たれた石は4つ。互いに、2つずつ取り7対8。前半戦終了、ライリーのリード、揺るがず。
あまり間を置かず、3つの石は上昇気流で打ち上げられた。
「(……これで、確定かな)」
空に放たれた三つの石の軌道を見ながら、ナデシコは内心で、二つのことを結論を付けた。
即ち、偶数個の時は左右に散けさせ、奇数の時は『一つ』は中間地点に落ちる。
先に中間地点の石を取りに行けば、その間に自分側に落ちる石は拾われるだろう距離。
「(……必勝法、有)」
チート。即ち、ツバサで翔る。2割程度でも、余裕綽々の勝利確定。欠点、クソダサい。早々に却下。
「(……正攻法、有)」
苦手な魔力の節約と制御を完璧にこなし、中間地点に先に到着、予測される攻撃を防御し、石を拾う。欠点、高難易度。利点、楽しそう。超採用。
ナデシコがその結論を出した直後、石は頂点へ到達、落下を開始。
駆け出す二つの風、それはライリーとナデシコ。その初速、同速。
「(……切り替えの手本、ライリーのおかげね。あとは、2割を超えないように……違う!2割の全力を出せ!)」
弱気な思考を放棄した。
ナデシコ、制限違反無し、本日最高速度を記録。一つ目の石、落下と同時に確保。
3つ目の石の落下点にも、ナデシコは先着した。石はまだ空中。
だが、そこで違和感を感じる。
「(……おかしい、予想よりライリーが遠い……動揺?…違う!)」
ライリーの選択、それは助走を付けたショルダータックル。狙いは、ナデシコを後退させての石の確保。
「(……ハッ!最適解!最高ね!ライリー!)」
この場においても、ナデシコは笑う。あざ笑ったのではない。さらに上昇した難易度を楽しんでいた。
「来なさいっ!」
「……っ!」
ライリーの渾身のタックル。接触、ナデシコは大きく後ろに倒れた。そう、ライリーの想定を上回る程に。
この世界の戦いは、対魔物戦に特化している。
一方、ナデシコの世界、現実世界ではひたすらに対人戦を突き詰めている。それは、武器の有無に関わらず、今日まで研鑽、相伝が続いている。
故に、ライリーが受けたのは、未知の感覚。突撃した筈の自分が、宙を舞う。接触した際に、掴まれた服を支点に身体が半回転、仰向けになりながら落ちてくる石が視界に入った。
ナデシコが行ったのは、巴投げ。勢いを殺されたのではない、生かされたのだ。
「背中に魔力を込めなさい!」
「……くはっ!」
ライリーがとっさに反応出来たのは、日頃の鍛錬の成果か。怪我はないだろう。それでも肺の中から空気が逃げ場を求めて息を吐く。のたうち回らなかったのは、なんとか起き上がって、勝利に手を伸ばすため、しかし、遅かった。
「ゲット!……あ、大丈夫?怪我無い?頭は打たないように、投げたけど…ライリー?」
勝利を手にしたその人物は、こちらを気遣っていた。
ライリーに答える余裕は無かった。だから、精一杯強がりで、笑った。
心配そうにしていたナデシコは安堵したように笑って、二つの石を見せつける。
「さぁ、追いついたわよ!」
9対9、ナデシコが同点に持ち込んだ。




