第4話「爆弾が降る街」
1945年2月15日、東京府北多摩郡武蔵村山。
冬の朝はまだ薄暗い。中島飛行機武蔵製作所の門前には、今日も続々と人々が集まっていた。
空襲警報が解除された直後だった。
「今日も来られたか、おっさん」
若い徴用工が声をかける。消防隊の補助員、川瀬義男は苦笑いを返した。
「空襲があるからって仕事が無くなるわけじゃねえよ」
ここ武蔵製作所は、帝国陸軍の航空機を製造する重要拠点だ。
すでに何度も空襲を受けてきたが、今日もまた作業は続く。
義男は煙草を吹かしながら、空を見上げた。
白く曇った空。視界は悪い。
だがその向こうには、あの銀色の悪魔がいる。
「B-29だな……」
「上空9000メートルからだってさ。まったく見えやしねぇよ」
その時、遠くの空から鈍い唸り声が降ってきた。
「来たぞ!」
誰かが叫ぶと、周囲は一斉に駆け出した。
空襲警報は解除されたが、敵は容赦なく戻ってきた。
爆弾が落ちてくる音は、耳で聞く前に空気の圧力で感じた。
ゴゴン……ゴゴゴゴ……ドカァン!
巨大な爆発音が何度も続く。
製作所の建屋の一部が吹き飛び、火の手が上がる。
だが全てが命中しているわけではない。あちこちに大きなクレーターが空くだけで、建物そのものは運良く助かる箇所も多い。
義男は息を切らせながら消火ホースを引きずった。
爆撃の直撃は免れたが、破片と火災は容赦なく建物を蝕んでいる。
「水圧上げろ! こっちだ、早くしろ!」
現場監督が怒鳴る。
上空は相変わらず雲に覆われ、爆撃機の姿は見えない。だが落下してくる爆弾の振動だけが続いていた。
「なんでだ、あんな高いところからでも狙ってくるのかよ……」
誰かが呻いた。
「いや、狙えてねぇよ……」
義男は思わず呟いた。
「当たってるのはたまたまだ。爆弾の数だけ撒いてるだけだ」
火災の煙に包まれながら、彼は心の奥底で奇妙な感情を抱いていた。
《あれがもし全部正確に落ちてきたら……俺たちはもういない。》
防空壕の中では女子挺身隊の少女たちが祈るように身を寄せ合っていた。
その背後で、防空本部からの無線が流れる。
『本日午前の爆撃、武蔵製作所周辺に投下。被害甚大には至らず。死傷者軽微。』
不安は続く。
《だが、こんな日がいつまで続くのだろう》
上空からは、遠ざかっていくエンジン音が微かに響いていた。
敵は帰っていった――今日もまた、運良く助かっただけだ。
その夜――
ルメイ少将の司令部に、一通の戦果報告が届いた。
「閣下、本日出撃分です。戦果はまたしても不明確とのことです」
報告官の声は淡々としていたが、ルメイは無言で報告書を読み下ろすと短く言った。
「……もう限界だ。次の段階に移る。」
背後で静かに立っていたアンダーソンが、わずかに表情を曇らせた。
彼は知っていた。
《すべてが、いよいよ変わり始める――》