第3話「曇りの空と曖昧な戦果」
1945年2月15日、サイパン島・アイランダー基地。
まだ夜が明けきらぬ滑走路に、巨大な銀色の機体が並んでいた。B-29スーパーフォートレス。アメリカが誇る長距離戦略爆撃機だ。
搭乗員たちは淡々と乗り込んでいく。今回の目標は東京郊外に位置する中島飛行機武蔵製作所。戦局が進む中でも日本の航空機生産は続いていた。
「今日もまた、爆弾を落とすだけさ」
爆撃手のジョージ・マクレラン軍曹が苦笑いを浮かべる。
「でもさあ、いつまで続けりゃいいんだ?」
通信士のビル・ハドソンが愚痴る。
「毎回天気が悪くて、爆撃のたびに雲の中だぜ。命懸けで行っても、当たってんのかどうかも分からねぇ」
機長のマイケル・コリンズ大尉は沈黙したまま、計器を確認し続けた。
出撃はすでに routine — 日常となりつつあった。
数時間後――東京上空、高度9,000メートル。
「くそ、またか……!」
航法士が悪態をついた。眼下には厚い積雲が広がり、地表はほとんど見えない。
「目標は……このあたりのはずだが……」
爆撃手ジョージが照準器を覗き込む。だが雲の隙間はわずかで、工場の屋根さえ判別できなかった。
「頼む、カメラだけは作動してくれ……」
マイケルは祈るように呟いた。
爆撃命令が下る。
B-29の腹部が開き、巨大な通常爆弾が次々と落下していった。だがその先の地表は、厚い雲に隠されたままだ。
《本当に、何かに命中しているのか?》
マイケルの胸中に、毎度の疑問が渦巻いていた。
帰還後、サイパン・アイランダー基地司令部。
ルメイ少将はブリーフィングルームに集められた報告官たちを冷たい目で見据えていた。
「……で、戦果は?」
戦術分析官のジョン・アンダーソンが一歩前に出た。
「閣下、本日の作戦は全機出撃、1機損失。目標地域へは到達。しかし――雲による視界不良のため、爆撃効果は確認できず。戦果判定は保留となります」
ルメイは眉をひそめた。
「つまり、今日もまた"分からない"というわけだ」
アンダーソンは静かに頷いた。
「現時点では、はい」
ルメイは深く息を吐いた。
「高高度精密爆撃など机上の空論だ。これ以上空に穴を開けるだけの遊びを続けるつもりはない。作戦転換の準備を急がせろ。」
幕僚たちは緊張した面持ちで応じた。
会議が終わり、部屋を出るアンダーソンの背後にルメイの声が飛ぶ。
「アンダーソン、君の分析を期待しているぞ。――異常は、まだ起きていないな?」
一瞬、アンダーソンは足を止めた。
「……はい、今のところは」
《だが、そろそろ限界だ。》
アンダーソンは心の中で呟く。
《次の段階に入れば、すべてが変わり始める。》
その夜、サイパンの空に月が昇っていた。
まだ誰も知らない。あとわずかで、この戦争が"おかしな"戦争へと転じることを。




