第2話「1945年1月6日 ルメイ着任」
1945年1月6日、マリアナ諸島・グアム島、アプラ港の第21爆撃軍司令部。
早朝から軍の参謀たちは集合していた。第21爆撃軍の新司令官、カーチス・ルメイ少将が着任する日である。
まだ30代のルメイは無駄を嫌う男だった。部屋に入るなり、分厚い作戦報告書を机に叩きつけると、静かに参謀たちを見渡した。
「諸君、現状はどうだ?」
参謀長のローレンス・カトラー大佐が即座に答える。
「閣下、1944年11月24日からの本土空爆は17回実施。中島飛行機武蔵製作所をはじめとする軍需施設を標的としましたが、爆撃精度は平均3%以下。気象条件、高高度飛行、偏西風の影響が大きく、戦果は極めて限定的です」
「つまり――失敗だ」
ルメイは短く吐き捨てた。
室内の空気が一瞬にして凍りつく。誰も反論できない。
「我々はこの巨大なB-29に莫大な資源を投入した。だが高高度精密爆撃は理論上の理想であって、実際にはこの天候下で役に立たん。これ以上、空に穴を開けるだけの爆撃は続けない。」
幕僚の一人、戦術参謀のセオドア・スパーツ中佐が小声で問いかける。
「では、閣下……新たな作戦方針は?」
ルメイはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「我々は日本を焼き尽くす。市街地そのものを標的にする。焼夷弾を使い、低高度夜間爆撃に切り替える」
どよめきが走った。
民間区域を含む無差別爆撃――それは、従来のアメリカ空軍の倫理観を覆す決断だった。
「日本の都市は木と紙でできている。高精度など必要ない。火さえつければ都市機能は消し飛ぶ。連中に生産の余地すら与えない。」
戦術幕僚たちが視線を交わす中、一人静かに立っていた男がいた。
航空戦略分析官、ジョン・アンダーソン。
ルメイの私的な戦略顧問として今回の司令部に加わった。軍籍もなく、あくまで助言役。彼の過去を知る者は誰もいない。
「……少々、よろしいでしょうか」
アンダーソンが口を開いた。
ルメイが顎を引く。「言え」
「司令官、確かに貴官の理論は合理的です。しかし――仮に何らかの異常事象が発生した場合、計画の柔軟性もご検討を」
ルメイは怪訝そうに眉を上げた。
「異常事象? 何を言っている」
アンダーソンは表情を崩さず静かに答えた。
「この種の大規模作戦は、予期せぬ現象に直面する可能性を孕みます。万が一、火力投射が思わぬ結果を生じた場合、備えがあれば修正も迅速です」
ルメイは冷笑した。
「心配は要らん、アンダーソン。焼夷弾は火を撒くだけだ。火は火だ。」
一同は黙した。
アンダーソンもこれ以上は語らなかった。だが彼の心には重苦しい予感が渦巻いていた。
《焼夷弾……ナパーム……。すでに"因果"は歪み始めている。》
作戦会議は続いた。
弾薬補給計画、航法訓練、夜間照準法、気象観測隊の配備――全ては完璧に進められていく。
やがて作戦幕僚のトマス・パワーズ中佐が低く確認した。
「閣下、このまま計画通り進めますか?」
ルメイは静かに断言した。
「我々は、この戦争を終わらせる。そして日本の抵抗を灰にする」
静寂の会議室に、アンダーソンの背筋が僅かに震えた。
この日――世界が変わり始めた。




