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 ずっと掴まれていた腕は熱かった。

「すっ、すみませんっ!!」

 謝ってくるヘルマン辺境伯――アルバード様はわたしよりも9歳上だと聞いていたが、そんな風に見えなかった。ましてや悪魔とか鬼だとか言われるほどの存在かと言われると首を傾げたくなる。


「痛かったですよねっ」

「痛くなかったですよ」

 痛いよりも熱い。いや、熱いのは腕だけではなく……。


「………」

 こちらを見つめる青い目。

 

 赤い炎よりも青い炎の方が温度が高いと書物にあった。かつて国を荒らしたドラゴンの放った炎は青……青よりもっと高温の白だったとか。


 アルバード様の眼差しはその青い炎を連想させる。


「………」

 じっと見つめているとアルバード様の顔はどんどん赤くなっていき、それにつられてこちらも赤くなっていく。

「そ、そんなに見ないでください………」

 先に音を上げたのはこっちだった。

 顔を赤らめたまま視線を外すとじっと見つめていた事に気づいてアルバード様も視線を外す。


「すみません………いまだ夢だと思っていたので」

 目を逸らしたら、手を離したら覚めてしまうような気がして。


「長生きできない俺が見た幸せな夢だと」

「長生きできない……どこか体の具合でもっ!?」

 だから私を嫁がせたいと言われたのかと慌てると。

 

「いえ、身体が悪いわけではありません」

 館内を案内されている途中で中庭の出入り口を見つけたのでそちらに向かい、庭に置かれているベンチで休憩をする。

 目ざとい侍女がすぐさまテーブルを用意して休憩用のお茶の用意を行う。


「ヘルマンの血を引く者は愛が重く、その重すぎる愛が長生きをさせています。逆に冷めた関係の夫婦や恋に破れた者は短命で戦場で早死にするという前例がありすぎるのです」

 庭を……庭よりも遠くの。まるでヘルマン領すべてを見ているような眼差しを向けて話をする。


「ジジ……祖父が先に言ってしまったので今更かもしれませんが、8年前戦場で限界近くまで重傷者を治癒している貴女を恋愛的意味で好きになってしまい、聖女候補だからと諦めていました」

 遠くを見ていた視線がこちらに向けられる。


「本当は打ち明けるつもりも……。いえ、もっとしっかりと花束とプレゼントを用意して告げたかったのですが、駄目ですね。きっとこういう形で言わないというのを躊躇って言えずに終わってしまう気がして……」

 きちんと用意をしたらやり直させてくださいと静かに言われる。


「聖女は独身か王家に嫁ぐ。辺境伯では手が届かない存在であったし、カティアさんの献身を見ていたら必ず聖女になると思っていました」

 心にしまい込んで想い続けただろう。捨てる事も出来ずに。


「聖女の貴女が王族に嫁ぎ、その国を支える一人になろうと思っていましたが、きっと弟が成人になったらどこかの戦場で野垂れ死ぬと自分でも思っていたので……」

 まだ現実味がない。


「で、でも、聖女にならなければいいとは思っていなかったですよっ!! 貴女ならいい聖女になると……すみません」

 誤解しないでくださいと慌てて言い訳をしていたがふと言葉を切り、謝罪をしてくる。


「なんで謝るんですか?」

「いえ……、カティアさんがこの地で多くの人を癒してくれました。もう助からないと諦めていた者もカティアさんの治癒で助かった者もいます。だけど、その影響で治癒の力が弱まってしまったのだと思うと……ましてや、それで貴女の目指していた道が絶たれて、俺が諦めていた想いを叶えてしまった。

それが申し訳なく思って……」

 恨まれても仕方ないと告げる声に。


「聖女じゃない私でもいいのですか……?」

 治癒魔法を求められて結婚を申し込まれたと思ったのにそうではないと言われてまだ実感が湧かないので、見当違いの返事をしてしまう。


「どちらでも貴女でしょう。俺の好きになったカティアさんなんですから」

 と告げてから顔をまた赤くする。どこまで赤くなるのだろうと疑問を抱いてしまうが、きっと自分も同じくらい赤くなっているのだろうと思う。


「ところで、カティアさん」

 ごほんっ

 わざとらしい咳をして、話題を変える。


「何かしたい事ややりたい事がありますか? できる限り叶えます。……本当は、何でも叶えてあげたいと言いたいのですけど、辺境伯として出来ない事も多いので、そこは申し訳ないのですが……」

「いいんですっ⁉ そんな大それた事望みませんからっ!!」

 アルバード様のこの発言だとどんな事でも叶えようとしそうで怖い。


「なら、何かありますかっ!?」

 がしっ

 手を取られて目を輝かせて願いを叶えようとする勢いに押されつつ、叶えてほしい願いを考える。


 考えていると二つあった。

「…………薬草を」

 神殿で働いている時に趣味で育てていた。治癒能力だけでは癒せない。手が足りない。病気だと治癒能力は効かないのでせめて補える何かがないかと育てたのが始まり。

「薬草を育てたいのです……」

「分かりました。種も苗も手に入れましょう」

 頼まれて嬉しいと微笑むアルバード様が、

「カティアさんは素敵ですね。惚れ直しました」

「えっ?」

「だって、薬草がたくさん育てばそれだけ薬も出来る。病気やけがで苦しむ人を減らしたいから作るんですよね」

 見透かされるような言葉に息が詰まる。


「貴女を好きになってよかった」

 そんな事を言われて、胸が詰まる。


「………そう言われると嬉しくてアルバード様を好きになってしまいそうです」

 小さな声で呟くと。

「ヘルマン家は愛を惜しみなく注ぎますので、愛情を返してくれると嬉しいですね。貴女も俺のこと好きになってくれるようにもっと注ぎますよ」

 ととんでもない言葉を返される。


 その勢いで先ほど浮かんだもう一つの願いを思い出す。


 誰かに愛してほしい。私を必要としてほしいという願いは叶えられそうだなと思ってしまった。




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