14 もしも未来が見えたら
大地
土曜日の朝に帰っていってしまってから、すみれちゃんはご飯を作りに来てくれなかった。学君に、コンビニ弁当は飽きたと文句を言われる。料理ができないわけじゃないけど、時間が惜しくて作る気にはならない。
「学君は料理できないの?」
「できないし。俺も今、勉強で大変。」
「……」
「大地さんの料理なんて食べたくないですよ。早く仲直りしてください。」
「……」
そういって、金曜日にまた、勉強道具抱えて彼女の家へ消えてった。
浪人生が、彼女の横で勉強に集中できるのか疑問だ。
「すみれちゃん、今日はバイト?」
「うん。」
「何時まで?」
「なんで?」
まだ、怒ってるのかな。この子。
「一緒にごはん食べない?たまには奢ります。」
「……」
まだ、怒ってそうだ。長いな……。
「だめ?」
「どこで?」
「僕のかつてのバイト先。」
「大地君、せっかく久しぶりなんだから、泡盛飲めばいいのに。」
「すみません。車なんで。」
店長も奥さんもご無沙汰していたけど、喜んで迎えてくれた。
「また、会えるなんて夢みたいだよ。」
「ありがとうございます。」
「あ、いらっしゃい。」
来ました。すみれちゃん。すたすたすとんと僕の隣座った。いや、まだ怒ってるなこの顔。
「あら、久しぶり。あ、2人一緒なのね。なんか2人一緒だと不思議な感じね。」
奥さんがそういってコロコロ笑った。
「お久しぶりです。」
奥さんにはにっこりしてる。
「なに飲む?」
「泡盛ハイボールください。」
「あら、珍しいわね。」
奥さん、オーダー取ってあちらへ引っ込んだ。
泡盛ハイボールっておい……。
「すみれちゃん、お酒ってあまり強くなかったよね。」
「今日は酔いたい気分なの。」
ふと思い出す。この人がカウンターで寝た日のことを。
「君が寝ちゃったら今日はどうすればいいの?」
たぶんすみれちゃんも今、昔のことを思い出した。
「あの日は、先に聞いてなかったから後で困った。」
怒った顔を作ってた子が笑った。2人でしばらく笑った。
「お待たせしました。」
飲み物が来たら、もう一度しかめ面に戻った。
「その顔してるの、疲れない?」
「いいの。」
帰り際にまたさんざんぐずられて、でも、なんとか家に連れてきた。玄関入ってすぐキスしたら言われた。
「仕事の邪魔になるんじゃないの?こういうの。」
「一回してしまうと……」
「うん。」
「次はいつできるんだろうと思って、しないほうが妨げになる。」
じっと見られた。
「じゃ、なんであんなこと言ったのよ。」
「ごめん。」
このことに関してはもう既に相当数謝ってるんだけど。全然許してくれないんだよね。最後に結局許すんなら、そんなもったいぶらないでもいいだろうに。
「今、何考えてた?」
「なにも。」
僕の腕の中でにらんだ顔してる彼女を見つめる。怒ってるの無視して、またキスした。柔らかい唇。気持ちがいい。
「まだ怒ってる?」
この質問もこの一週間で何回言ったかなぁ?
すみれちゃんはもう僕を睨んでなかった。
「ずっと好きで……」
「うん。」
「やっと願いがかなって一番幸せなときにあんなこと言われて。」
「うん。」
「すごいショックだったよ。」
少しだけ涙が出たのかな?目が潤んでいてかわいかった。
「ほんとうに俺なんかのこと、そんな好きなんだ。」
「信じてなかったの?」
「頭でわかっても心がついてかない。幸せすぎて……。」
ぼんやりと僕のこと見上げてる。
「人間って、そうじゃない?いいことほど、簡単に信じられないよ。」
さっきよりもう少し、真面目にとでもいうのかな?彼女にキスをした。
キスをしながら柔らかい体そっと抱きしめながら思う。
たしかに、幸せなことのほうがうまく信じられないよ。
ずっとあんなに孤独だったのに。前が見えなくて、不安で、不安な自分をなんとか励まして、嵐の中で流されないように必死で何かにつかまっているような毎日。誰もいないところで。
それが、突然にぎやかになって、温かくなって、変化するときってどうして何もかも一気に押し寄せるんだろう?
それが、パパの言っていた答えが歩いてくるってことなのかな?
そうだ。僕が歩いて行ったんじゃない。何もかも飛び込んできた。
「なに考えてるの?」
「あっち、行かない?」
彼女の柔らかいいい香りのする体を抱きしめながら続けて思う。
もしも、苦しいときや悩んでいるときに、未来が見れたら、人はもっとがんばれる。いろいろなことに負けないと思う。苦しみがいつまで続くのか、いつまで耐えればいいのかわかるから。そして、その結果自分が手にすることができるものが何なのかを知ることができるから。
でも、人は未来を見ることができない。
だから、苦しみを耐え抜くことができない人は結構多いんじゃないか?
そして、道半ばで歩くのを止めてしまうんだ。だから、本来なら手に入れることができたはずのものを手に入れずに終わってしまうんだ。
僕は……。
手に入れたのだと思う。僕の居場所を。
彼女の隣。そして、みんなの間に。
この居場所を失わないために、必死になるしかない。




