12 迎えに出てくれる人
大地
中古のワゴン車を運転して、次の日、オーナーの親戚の子、学君が来た。昼前11時ぐらい。
「その車、なに?」
「会社の車として準備したって、叔父さんから預かってきました。」
「オーナーって君の叔父さんなの?」
「うちの親と叔父さんが従妹です。」
「ふうん。」
「ガソリンとか使った分は全部領収書とっとけって。」
「はい。」
最初はまず、倉庫に納品されている機械を見に行く。それから、更に必要な物、作業台とか機械の手入れに必要な物とか、いちいちリストにしていく。大体いくらぐらいかかりそうか計算して店長宛にメールして、その次に木材の仕入れ先の候補の資料を見る。
「これは直接見ないとな。」
何個かある候補先の中から一番近いところに電話をかけて、今から行ってもいいか確認した。テーブルの上の車のキーを取る。
「出かけるんですか?」
「学君はどうする?」
「ついてっていいですか?やることないし。」
僕が運転席のろうとすると、学君が言う。
「俺、運転しますよ。」
「ああ、久しぶりに運転したいから、いいよ。」
遮って運転席乗った。
「学君てさ。」
「はい。」
「大学受験するんじゃないの?」
「ああ……」
「別に、オーナーはああいったけど、手伝わないで勉強してていいよ。」
「ははは。」
なぜ、笑う?
「勉強する気になれなくって。今年もたぶんだめです。」
「え?」
今、秋。これから冬。最後の追い込みのシーズンだよね。
「大学って行かなきゃだめですかね?」
「う~ん。俺は行ってないから、何とも言えないな。」
「なんで行かなかったんですか?」
「兄貴がさ……」
久しぶりに昔のことを思い出す。
「頭のいい人で、大学行ってさ。なんか、兄貴と違うことしたかったんだよね。今思うと。大学へ行くってことでは兄貴に勝てないから、わざと行かなかった気がする。」
「後悔してますか?」
ちょっと考える。
「俺は別に大学出てなきゃなれないような職業につきたいと思ったことないからな。」
「なりたい職業って家具職人?」
「家具じゃなくてもいいけど、なんか作ってたい。手作りのもの。」
「いいなぁ……。」
「え?」
「ちょっ、大地さんよそみしないでくださいよ。」
素で慌ててる。学君。
「ごめん。」
自分がいいなと言われた。驚いた。
「何がいいの?俺の。」
「自分がやりたいこと分かってるのが。」
「そんなとこ?」
拍子抜けした。
「意外とでも、自分がしたいことはなにってストレートに言える人、いないと思いますよ。しかも、他にやりたいこととかなくて、迷ってないわけでしょ?」
「ああ、ないね。」
「すごいなぁ~。」
「そんなのがすごいの?初めてだけど、すごいなんて言われたの。」
「だって、今って、いろんな職業あるじゃないですか。それで、なろうと思ったら大抵のものはがんばればなれるわけでしょ?でも、ほんとに自分が選んだこれが、自分に合ってるのかどうかとか、他にもなにか自分に向いたものがあるんじゃないかって。何にがんばっていいのかわからないですよ。」
「ああ……」
「でも、一つのことをそれなりに極めるのって時間かかるでしょ?ほんとにこれが自分のやりたいことかわからないときに何年もそれに費やせないですよ。そんでぐずぐずしてるうちに時間経って、年取っちゃって、結局何者でもないつまらない自分が残るのかなぁって、思います。最近。」
「すごいいろいろ考えてるんだね。」
感心した。真面目な子じゃん。この子。
学君がしばらく黙って僕の顔見た後に、ぶっと笑った。
「変な人。」
「え?」
「というか、俺たち変ですよ。男同士でお互い褒め合って。出会ったばかりで。」
「そうか?」
「きもいな。男同士で……。」
女の子だったらいいわけ?よくわからん。
何日も時間をかけてあちこち行っては、木材をひとつひとつ確かめて少しずつ発注する。取引の実績がないので先払いが必要で、請求書を会社宛に作成してもらって、メールで店長宛に送信してもらう。
「なんで、そんないろんなとこで、いろんな種類の木、買うんですか?」
「木によって全然違うから。」
「真面目に答えようとしてます?」
「ええっと……」
素材を見ているとだんだんワクワクしてきて、学君のことどうでもよくなってた。
「色も違うし、堅さも違うし、同じ物作ってもどの木使うかで全然違うんだよ。」
「へぇ~。」
様々な木の色をみながら、香りを嗅いでいると頭の中にいろいろなイメージが浮かぶ。
夕方近くになって帰ると、家に電気点いてる。
「泥棒……」
「大地さん、泥棒は電気点けないと思いますよ。」
「あ、おかえり~。」
玄関にニコニコ笑ったすみれちゃんがいて、台所からいい香りがした。
「あ、シチューだ。」
一足先に家に上がった学君が喜んでる声がする。
「いらっしゃい。」
「ごめん。留守中に。鍵返しに来たついでにさ。」
「今日バイトじゃなかったの?」
「今日は休みだよ。」
靴を脱いで家にあがる。
三人で仲良くご飯を食べた。学君が、久々に手作りの物を食べられたのが嬉しかったのか、饒舌になり、すみれちゃんがにこにこ話を聞いていた。僕は2人を横から見ていた。
夕方、まだ空の下のほうに少し夕焼けが残っていて、田舎は空が広いから、その空の風景だけで、本当に立派な絵画を見ているような気分になる。美しいけど少し切ないような気分で家に帰ってきたときに、家にあかりがともっていて、迎えに出てくれる人がいる。
これから毎日その人がこの人だったら、どんなにいいだろうとさっき思った。
何度も何度も繰り返し、何も感じなくなるくらいこの人が僕を迎えに出てくれたら……。何の違和感もなかった。僕の中で。今日、彼女がおかえりといって家の中にいたことが。
「学君、シチュー以外に何が好き?」
「え?またなんか作りに来てくれるんですか?」
すみれちゃんは僕を見た。
「いいかな?迷惑?」
「いや、迷惑なんかじゃ全然ないよ。」
「じゃあ、何がいい?」
「ええっとね。」
2人で楽しそうに話してる。僕は立ち上がって、食器を流しに運ぶ。
「あ、ごめん。」
「いいよ。洗うのは僕がやるから、座ってて。」
2人が話すのを背中で聞きながら、のんびり食器を洗う。
その日の夜、風呂上りに居間で家具のデザイン考えてた。
板の間で掘りごたつになってて、この家。今はまだこたつの季節じゃないから、机みたいにして使ってた。
そしたら、学君が風呂上りに僕に声をかけてきた。
「大地さん」
「なに?」
「すみれさんって大地さんの彼女ですか?」
ホップもステップもなくいきなりジャンプなんだな、最近の若者は。
「違います。」
「ええっ!」
学君はショックを受けた。僕はテーブルにのっかったお茶を飲んだ。
「じゃあ、キープですか?」
「キープ?」
「相手が自分のこと好きなのわかってて、弄んでるんですか?」
本当に最近の若者は、ホップもステップも……。
「大地さんって見かけによらずですね。」
「いや、違う。違う。違う。」
学君の頭の中で、現実に存在しない清原大地が今できあがっている。
「何が違うんですか?」
「……」
こういう話を年下相手にちゃんとしなければならないんだろうか。
「まだ彼女じゃない。」
「……」
僕の言った言葉の意味が、学君の頭の脳細胞のすみずみまで浸透し、理解されるまでに一定の時間が必要だった。
「あの、別に中学生でも高校生でもないんだし。」
「はい。」
「相手が自分のこと好きなのわかってたら、自分も好きだって言ってつきあえばいいじゃないですか。」
「……」
「僕が何食べたいって、ほんとは大地さんの食べたいもの聞きたいんだろうに……。」
「今、仕事が大変でそれどころじゃ……」
ぶっ。笑われた。ひとしきり。
「なんで、そこまで笑うのか聞いてもいいかな?」
「あんなにみえみえで自分のこと好きな女の人に、好きだっていうのが怖いんですか?」
「……」
「もしかして、大地さんって女性経験0?」
宇宙人でも発見したみたいな顔で見られた。
「いや、そんなことない。」
ふいと彼、立ち上がった。
「まぁ、いいや。聞きたいことは大体聞いたので。」
情報収集終わりです。
「金曜と土曜とは、俺、彼女んち泊まりますから。」
「え?彼女いるの?」
「います。」
あっさりとそういう。浪人生が恋愛してていいの?とは一応言いませんでした。
「邪魔しないから、がんばってくださいね。」
そう言って、自分の部屋へ戻っていった。
なんか、めんどくさいことになっちゃったな。もうちょっとのんびりしててはいけないんでしょうか。仕事の目途も立ってないんだけどなぁ。
でも、その週の金曜の夕方、学君は宣言どおり、出て行く。
「じゃあ、大地さん。日曜の夜に戻ります。帰る前にちゃんと電話入れますから。」
細かな気配りを忘れずに。そんで、出てったと思ったらふいにまた戻ってきて。
「あ、そうそう。これあげます。どうせ用意してないでしょ。」
そんなこと言って人のポケットになんか突っ込んでいった。
ポケットから出して確認しなくても、何入れてったか大体想像ついたけど。
スウェーデン行ってた間、修行僧みたいな生活してたしなぁ。
いきなり急転直下で日本帰って来て、まだこの変化に慣れてないんだけど。
「こんばんは。あれ?学君は?」
スーパーの袋抱えたすみれちゃんが来る。
この言動だけみると、この人、僕に会いに来ているわけでもないと思うんだけどな。
「今晩は彼女のとこだって。」
「え?彼女いるの?浪人生なのに?」
同じポイントにひっかかっている。
「なんだ。エビフライ食べたいっていうから、材料買ってきたのに。」
「あいつ、そんなもの頼んでたの?」
「買いすぎちゃったな……」
袋見て困ってる。
「お金、払うよ。」
「あ、いや、全然。わたしが好きでしてることだから。」
立ち上がって、袋の中身ひとつひとつテーブルに出してく。
「手伝うよ。」
「いいの?」
「うん。」
彼女がエビの下ごしらえをして、僕がキャベツの千切りを切る。
「へ~。結構上手じゃん。」
「忘れちゃった?俺、居酒屋のキッチンで働いてたじゃん。」
「あ、そうだった。」
2人で笑った。
「学君の分は衣つけて冷凍しとけばいいよ。」
「あ、そっか。お手製の冷凍食品だ。」
2人で久しぶりに食卓を囲んだ。ずっと昔、スウェーデンに行く前に、僕たちは今みたいに2人でご飯を食べてた。
「いただきます。」
でも、あの頃と今、全然感じるものが違う。
2人とも話したいことがあって、だけど、それを話さずにご飯を食べている。昔みたいに何も考えずにぽんぽんと会話していたのが懐かしい。僕たちは言葉少なに食卓を囲み、だけどその沈黙はとても温かかった。
2人で一緒にいられて、一緒にご飯を食べられることが、言葉なんか交わさなくてもとても幸せだった。
食事終わって、食器洗って、テーブル拭いて……。
彼女は時計を見て、
「じゃ、わたし、もうそろそろ帰るね。」
ニッコリ笑って、玄関に向かう。玄関まで見送る。彼女があがりかまちに腰をおろして、ゆっくり靴を履いて、ゆっくり立ち上がって……。
それから僕を見てため息をつきました。
「じゃあ、おやすみなさい。」
何かがまずいとさすがの僕も思った。
「待って」
裸足のままで、土間におりた。