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ディーナリズ・アローの誕生会その4


 次はウェステストの元へ向かう、はずだった…


「おや、アロー(・・・)殿奇遇ですな。」

「これはこれはノウセスト様、お久しぶりです。」


アローを強調する初老の男性が現れた。

背が高くて肩幅が広いので、若いころは体格がよい人だったのだろうが、今は筋肉が衰えているからか骨ばっているように見える。痩せすぎなわけではないのだけれど。

浮かべた笑みは一見無害に見えるさわやかなものだが、声音に悪意が見え隠れしているせいで、ただ不信感をあおる。


「改めて紹介させていただきます。私のかわいい娘たちです。二人とも、自己紹介を。」

「ディーナリズ・アローと申します。」

「イヴァンカ・アローと申します。」


今までは無邪気にパーティーを楽しんでいた様子のイヴァンカは、嫌な予感がしたのか自己紹介もわたくしをまねした。

元々、人に好かれる子だ。それは人が好む態度を自然に取れることを意味する。

この子がわたくしの真似をし、礼儀に気を使ったのなら、この人はよく上げ足を取る人なのだろう。


「なるほど。流石にマナーを覚えているのですね。いやはや、優秀で何よりです。お二人の婚約者はもうお決まりで?そうならさぞかしいい家の跡取りがいるのでしょうね。」

「まだ二人は婚約していませんよ。私もふたりの幸福を願っていますのでね、いいお相手を探しているところです。」


話が急に飛んだ、付いていけない。

今までの人は挨拶をして、他愛ない話をしては慣れて行ったけれども、婚約者の話は全く他愛ない話とは言えない。


「そうですねぇ。よきお相手を見つけられるといいですね。ではここらへんで失礼いたします。」

「ええ、楽しんでいってください。」


そして唐突に終わった。

返事も待たずに立ち去る。いや、マナー違反じゃないの?返事は聞くべきなのでは?

速足で去っていく後姿を見ながら思う。喋るのは遅いのに歩くのは早い。ちぐはぐな印象が生まれた。


「さあ行くぞ。」

「お姉さま、お早く。」


じっと見ていたら、何歩か踏み出していたお父様とあの子に声を掛けられる。

そうだわ、ウェステストへの挨拶に行く途中だったわ。


***

「はあ、それは災難でしたな。」


あいさつに遅れたことの謝罪と要員をお父様がウェステスト様に説明した際、還ってきたのがこの一言だった。


「ノウセスト殿は最近功を焦っておいでですからな…」


苦笑混じりに言うウェステスト様は童顔な御方だった。 

背も平均より低く、お母様より…つまり女性より小さい。

それに反するように声は渋く、成人していなそうに見える少年から50代の殿方でも出せなそうな貫禄の入った声が発声している。


「ディーナリズ嬢、イヴァンカ嬢、どうか誤解されないでください。いつものノウセスト殿はもっと穏やかなお方ですから。」


なだめるような声でわたくしたちに声をかける。


「大丈夫ですわウェステスト様。分かっております。」

「わたしもわかっておりますわ。お気遣いありがとうございます。」


ん?

イヴァンカがよそよそしくて丁寧…

ノウセスト様はともかく、ウェステスト様も注意しなければならないのかしら?

本当に外見と中身が一致しない御方なのね。


「もしやイヴァンカ嬢、緊張しておりますか?」

「ご心配には及びません。大丈夫ですわ。」


警戒してみているとウェステスト様の態度は裏が見える、かもしれない。

最高とは言えなかったイヴァンカの挨拶と、最高といえる今の言葉。

『緊張しておりますか』と聞いてきたのは、この二つの違和感の正体を掴もうとしたから、だとか…?

いえ、それは流石に‥‥‥?

 ウェステスト様の善性を信じるか妹の庇護(される)力を信じるかって究極の二択ね…


お父様は至って普通の様子で談笑をしていらっしゃる。

ウェステスト様もマナーも完璧だし話題選びも違和感はない。

――判断材料が少ない。これから社交界で会う機会も増えるだろうし、お父様に聞いてみましょう。


「おや、あちらで妻が呼んでおりますので。」

「いささか時間をお取りしすぎましたか。これは失敬。」

「いえいえ、ですがここらで失礼します。」

「ええ、楽しんでいってください。」


どうやらウェステスト様は呼ばれていたようだ。

これでようやく挨拶がようやく終わった。

これからはまた挨拶を受ける側になるのだろうか。

そんなことを考えつつ、お母様とセヤと合流する。


「これからは自由にするといい。」

「初めてのパーティーなのだから、あなたたちも楽しむのよ。」

「はい。お父様お母様。」


イヴァンカはどこかあてがあるのだろうか?

わたくしは急にこんなこと言われても分からないのだけれど。


「お父様、お母様。わたくしはご一緒してもいいですか?」

「難しい話をするから、来なくていい。慣れないイヴァンカと一緒にいてやれ。」


わたくしも慣れてはおりませんわよ!?

あとこの子と二人きりなんて、きつくありません!?


「お嬢様、私にエスコートさせていただけませんか?―差し出がましいかもしれませんが、時間はつぶせると思います。」

「ええ、よろしくお願いするわ。」


セヤがエスコートを申し出、途中からは小声でこちらにささやいてきた。

すごくありがたい。‥‥でもあの子が


「妹君様、こちらへどうぞ。」


セフィドが食事の並んだテーブルへ誘導していた。

兄妹のコンビネーションであれよあれよと別々の場所に引き離され、わたくしはほっと安堵のほほえみをもらし、あの子は内心は分からないがニコニコと(周りにスキを見せないために)笑っているので、一緒にいてほしいといった両親は取り残されぽかんとしている。

が、本人が言っていた通り無地かしい話をしに行かねばならなかったようで、そこから離れていった。


セヤはわたくしを会場の隅に設置されたソファーに座らせ、殻になったグラスを入れ替えた。セフィドはあの子の対応をしているので、グラスは近くを通った従者を呼び止め、ノンアルコールを一つ貰おうとしたようだ。

でも目立つ髪色が隠れ、化粧で彫を深く見せているセヤをセヤと認識できなかったようで、貴族令息として扱いグラスは二個渡されてしまった。

 苦笑したセヤはグラスを左手に持った。


「ありがとう。ええと…」

「ノアと申します。」


ああ、「セヤリ『ノア』」なのね。

愛称が愛称に変わっただけじゃない。あながち偽名とも言えないぎりぎりのライン。

偽名じゃないという大義名分で本名を隠す彼はすごく堂々としている。

恐らく、いまのわたくしの状態は極度の緊張で一周回って冷静になった状態なので、さらりと自然に行動し、なおかつ身元を割り出させないようにかわすセヤがすごいと思える。


「少しここで休憩をするのはどうですか?」

「そうね…少し休みましょう。」

「では、何か取ってきましょう。何がいいですか?」

「甘いものを。」

「かしこまりました。少々お待ちを。」


セヤは少しごそごそと動いた後、お菓子を取りに立ち去った。

わたくしが直接取りに行ってもいいのに、こうやってわたくしを置いていく理由は、誘導の際テーブル近くにイヴァンカが移動しているからだ。

セヤはするすると人の間をすり抜けテーブルに向かっている。


「ちょっとよろしいでしょうか。」

「!」


視線をセヤに向けていたら、いつの間にか人が近づいてきていたみたいだ。

これは失敗した、と思いつつも平静を装い顔をそちらに向け


「はい、どうかいたし‥」


どうかいたしましたか、と問いかけようとして言葉が出なくなる。

同世代の少年少女がずらりとわたくしを取り囲んでおり、キラキラとした目でこちらを見ていた。


「初めましてディーナリズ様、わたくしは―――」

「先ほどご挨拶させていただきました――」

「改めまして御機嫌よう。わたしは――――」


自己紹介、自己紹介、自己紹介の嵐…

覚えられないわ!落ち着いて!そんな急に言われたって!

ワタワタするだけで何もできない。混乱のあまり変な態度をとりそうになり、そこではっとして正面上だけ取り繕い笑顔を作る。

しかしここまでの人混みが出来ていたら、セヤが戻ってこられない。

どうにか行動を起こす必要があるが、囲まれていて何もできない。

視線はそらしてはならないから、自然な動きで手を動かし周りを探ろうとすると、右手が何かにあたった。


一か八かで引き寄せてちらりと一瞬視線を向けると、どうやら扇子のようだ。

そういえばセヤがお菓子を取りに行く前に、何かおいていた気がする。

バサッと広げ、口元を隠す。

よし、表情が隠せた。少し余裕ができる。

扇子とグラスを片手ずつに持っているなんておかしいかもしれないが、この際マナー違反じゃないなら問題なしとしておこう。

セヤが帰ってくるまで、どうにか時間を稼ぎましょう。



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