九十八 学生、墓穴を掘る
「一年半前、お前は何でイタロス家の花畑を燃やしたんだ?」
俺の問いに、マクマホンは答えなかった。
瞬間、やつは加速した。以前俺の飛びつきをかわしたあの高速移動。俺が尋ねている最中には既に呪文を唱えていたのか、眼鏡越しで見る彼の魔力は赤々と輝いていた。
〈───業火〉
彼が俺に向けた手の平から、全てを焼き尽くす炎が放たれた。しかし、その火炎は俺を中心とした円状の軌道を描いた。
無論マクマホンが外したのではない。俺が結界を張っていたのだ。ここに来るまでに何も準備せずに来るはずがない。俺はマリアの故郷にあるタイプの魔除けの石を大量に持ってきて、それらに乾燥トマトで魔力を満タンまで溜めて斜め掛けの鞄に詰め込んだのだ。
俺は結界越しに全力でマクマホンを蹴り飛ばした。所詮立ち蹴りだと思っていたのだが、思いのほかマクマホンは吹っ飛び、先程までいた部屋の端まで転がっていった。
あれ? 死んだ? ・・・・・・まさか。
俺の心配は杞憂に終わった。マクマホンはゆっくりと起き上がり、ふふふと笑い声を上げながら自身の腹をさすっていた。
「貴方、一体何者なのですか?」
こいつ、俺の質問には答えないのに、自分は質問してくるのかよ。
マクマホンの態度にムカついた俺は、斜め掛けの鞄の中から魔除けの石を一つ取り出すと、マクマホンに向けて全力投球した。
石そのものは小さく当たらないかもしれないが、石が作り出す結界は人一人をすっぽりと包み込む程度の大きさには調節してある。
突如飛んできた不可視の壁にぶつかり、マクマホンは石の壁の結界の間で推し潰れた。苦しそうな声が上がる。
やり過ぎた? ていうかどうして避けない? あの速度があれば避けるのはたやすいのでは? ・・・・・・いや、見えないから避けられなかったのか。
俺は少し、拍子抜けしていた。こんなにもあっさりと決着がついてしまうことに、物足りなさを感じていたのだ。
「おい」
そう声を掛けた時にはもう、彼は高速移動していた。俺が目で追うよりも早く、マクマホンはドラゴンの死骸に飛びついた。
まさか!?
俺はすぐさま降りてきた階段の方へと掛けた。
途中、床に落ちていた魔除けの石を拾う頃、既に息絶えたはずのドラゴンがその身を動かし始めた。
最初はぎこちなかった動きが、直ぐに滑らかになった。人形がやがて生き物となり、ドラゴンはまるで復活したかの様であった。
ドラゴンがやってくる前に、俺は階段を駆け上がった。
俺が地上に出た瞬間、教会の床は吹っ飛び天井にまで穴が開いた。死した竜が、再び青空の下に顔を出したのだ。
もっと穏便に済ませようとは思わねえのかよ!? ちくしょう!
ドラゴンの攻撃も恐らく結界で防げるだろうが、体重で押しつぶされたらじり貧以外の何ものでもない。
俺に、逃げる以外の選択肢はなかった。
だが、ただ逃げるだけではらちが明かない。時折振り返りながらドラゴンの様子を観察すると、何故かマクマホンがその背にしがみついているのが見えた。
もしかして、対象がでか過ぎて、近くにいないと操れないのか。そうすると、マクマホンをドラゴンから引き離せれば止められるのでは?
俺は誘い込むような形で城壁の方に逃げた。じりじりとドラゴンの死骸は近付いて来るが、それは俺がわざと速度を緩めたからだ。
ちょうど壁の所で追いついた、とマクマホンに思わせつつ、俺は速度を上げて壁を駆け上がり、ドラゴンの背中の上に飛び乗った。
結界を張ったままマクマホンに体当たりをするが、彼は高速移動で避けた。が、彼がドラゴンの死骸から離れた為か、その瞬間に死骸の動きが止まった。
予想が当たったのか?
しかし、マクマホンは宙に浮いたまま聞いたことも無い呪文を唱えた。それと同時に、俺を覆っていた結界の一つが割れた。
まさか結界を破壊する魔法かよ!
そう思った瞬間、マクマホンの手から火球が放たれた。だが、その炎は俺の他の結界に阻まれた。
彼が驚いた一瞬の隙を突いて、再び魔除けの石を投げた。すると再びもろに直撃し、マクマホンは真っ直ぐに地上に墜落した。
やったか?
──────瞬間、俺は結界ごとドラゴンの上から吹き飛ばされた。
何事かと攻撃を受けた方向に目をやると、そこにはアテネやスルビヤをはじめとする、数人の人間がいた。
しまった!?
俺は自らの立てた作戦に後悔する。俺は今、俺自身がドラゴンの死骸を使ってテロを引き起こそうとした一段の一人となってしまったのだ。
いや、最初はマクマホンの格好をして、彼とドラゴンの死骸を結び付けさせてあげようとしたのだが、タイミングが丁度良く入れ替わったことで、俺が犯人という形に現状なってしまっているのだ。
マクマホンの方を見ると、彼は今の所動き出す気配はない。あいつはきっと捕まるだろう。
そう思った時、マクマホンの体が光に包まれた。そう思った時にはすでに遅く、マクマホンの体は完全に消えていた。
やられた。
アテナ達は、確実に俺を捕まえようと行動していた。
俺はすぐさま城壁を駆け上った。町中を抜け、森に飛び込んだ。途中マントを脱ぎ棄て、兎に角走りに走りに走った。
そしてふと振り返ると追っては一人もおらず、俺は大きく息を吐いた。




