九十七 学生、王城に忍び込む
継承権を持つバルカンの人間の中で唯一の伯爵位を持つアテネ。受け継ぐ爵位も同じ伯爵位であり、実質彼女が得るものは領地のみである。
それほど領地とは欲しいものなのかとスルビヤに尋ねるも、彼は「そういう問題じゃない」と答えるばかりであった。
「お久しぶりです。姉上」
「サブ、久しぶりね。・・・・・・そちらの彼が?」
「はい。詳しい話はこちらでしましょう」
スルビヤが俺とアテネを案内したのは、王都の大通りを外れた細道の先にある空き屋であった。いかにも密会の場所、という雰囲気の家の中に入り、スルビヤが防音用の結界を張った。
空き家の中にあった机に近付き、そこにあった椅子に俺は腰掛ける。アテネも向かい合う位置で椅子に座った。
「ではこれを」
そう言ってスルビヤが取り出したのは、水晶であった。と言っても、これは魔力の形を特定する以外の用途に特化した水晶なのだ。有体に言えば嘘発見器である。
スルビヤが机の上に置いた水晶に、俺は手を重ねた。
人が嘘をつく時に、一瞬ではあるが魔力の形が著しく変形する、という研究結果から考案された水晶の使い方だ。触れている人間が嘘をつけば、その水晶が赤く光るというもの。
しかし、それが成立するのは手のひらから魔力が漏れている人間の場合のみであり、俺には当てはまらない。つまり、この嘘発見器に触れている俺は今、嘘すらも真実にしてしまえる存在になっているのだ。
「サブの報告は聞いるけど、念のため貴方の口から聞いておきたいの。見たことを、ありのまま教えてちょうだい」
「はい。先日道を歩いている時、路地裏から怪しげな声が聞こえてきたんです。耳を澄ますと、何やら「王城の中にドラゴンの死体を隠した」なんて話をしてまして。どうやら、話していた連中は、そのドラゴンの死体を操って、王城でテロを計画しているんだとかで」
俺が話している最中、一度も水晶は光らなかった。
「話してくれてありがとう。他に、何か言っていなかったかしら?」
「いえ、特には。・・・・・・ただ、その話をしていた連中の一人は、顔が隠れるフードが付いたマントで身を覆っていました」
「・・・・・・そう。どうもありがとう。サブ、行くわよ」
「はい」
スルビヤは水晶を回収し、二人は空き家を出て行った。
ここまでは計画通り。恐らくアテネは、これから王城に向かうのだろう。俺は空き家の裏に回ると、隠していた斜め掛けの鞄を背負った。中には、以前マクマホンから奪ったマントが入っているのだ。
王城へと向かうスルビヤとアテネが乗った馬車の速度に合わせながら俺は王都の家々の屋根を伝い、彼らが入場すると同時に城壁を越えて城の中に入った。
スルビヤの見立てでは、アテネは王に謁見し、自らを隊長としたドラゴンの死体の捜索隊の結成を王に嘆願するのだろう。アテネは、スルビヤが継承レースで勝つことを諦めて、最も爵位を継承する可能性が高いアテネに今のうちにすり寄っておこう、と考えている、と思っているはずだから、スルビヤを疑って慎重に行動することは無いはずだ、とスルビヤが言っていた。
つまり、アテネの行動は彼女に任せておけばいいのだ。問題は、ドラゴンの死体の方だ。
王子はマクマホンと会い、ドラゴンの死体の話をしている。あんな巨大なものを隠す場所があるのか。そもそも王城の中にあるのか。正直、確信など全くない。しかし、あるとするならば、王子とマクマホンが王城内で会っていても不自然じゃない所だ。そういうところは限られていて、最も可能性が高いのは、教会だ。
城のそばに小さな教会があった。王城内部にも礼拝堂はあるのだが、この教会は王城の警備や偶々王城に寄った平民など、王城の中で祈りが捧げられない人の為のものである。
俺はマントを羽織り、教会の中に入った。
まだ日中。中には誰もいなかった。小さな教会故、巨大なドラゴンの死骸など隠せるはずがない。しかし、俺はナオミから聞いていた情報があったのだ。
祭壇にある説教台をずらし、その床に敷いてある絨毯を剥がした。すると、床下へと続く扉があり、それを開くと地下へと続く階段が現れた。
第三王子のルートを進めていると、彼は幼少の折に王城を隈なく探検した経験を話す。そして肝試しと言って、ヒロインのヘレナを教会の地下へと連れて行くのだ。
そのイベントが起こるのは、夏休みに入ってからだ。先取してしまって申し訳ないね。
階段の奥へと俺は迷いなく進んだ。灯りなど無く延々と続く闇の中を俺は歩いた。だが、正直夜目は効く方であったので、それほど恐怖心は無かった。
階段を降り切った。さすがに暗かったので、腰掛け鞄からランタンとマッチを取り出す。灯りを付けると、俺の目の前に広大な石造りの空間が現れた。
そしてそのど真ん中に、あの時エイブが殺した時とほぼ全く同じ姿のドラゴンが、そこに横たわっていた。
ビンゴ。
俺は少し上機嫌になりながらドラゴンの死骸に近付いた。懐から取り出した眼鏡を掛けると、ドラゴンの死骸に大量の魔力が込められていることが直ぐにわかる。その眼鏡を通して今は追っているマントを覗くと、そこには全く同じ魔力が込められていた。
まじで操る気だったのか。俺の勘冴え渡ってる~。
半ばほろ酔い気分でドラゴンの死骸に手を触れようとした。
「───────貴方は誰ですか」
しかし、突如として声が聞こえてきたために、俺は思わず手を引っ込めた。振り返ると、そこには俺が来ているマントと全く同じものを羽織っている人間が立っていた。・・・・・・いや、正確に言うならば、俺がやつから奪ったマントを羽織っているのだが。
「マクマホン」
瞬間、相手が動揺したのが、フードで顔が見えなくてもわかった。
こいつはいよいよ、マクマホンとの最終決戦というやつなのだろうか。
俺はあくまでもわくわくしているつもりでったのだが、胸の中の感情に一つ、どす黒い怒りが混じっていることに気が付いた。




