九十五 学生、助けを乞われる
中間テストも終わり、ユークレイン・バロン・クリムとヘレナとの接触も未然に防ぐことが出来、暫くは平穏な時が流れていた。
スルビヤ・バロン・バルカンとはアンドレ・ロマとの付き合い上どうしても関わる機会が多かったが、殺し合いをしたというのに彼は友好的で、俺としては少し怖いくらいであった。
度々ヘレナと第三王子スコット・デューク・カレドニア・アルビオンの様子を観察するが、向こうは至って順調で、寧ろ全くの膠着状態に陥っている、マルセイジュ・ガリア、エルゼス・ロートリンゲ、ケルン・ゲルマニアの三竦み、及びそこに関わってくるシルフィア・スカンジナビア、レムス・イタロスの方に動きはほとんどなかった。
イズミル・テュルキイェのことは、家が亡命を考えているという大雑把な情報しか知らず、そろそろ部屋に忍び込んでやろうか、などと考えていた頃、ヘレナとの回合を回避した、という報告の為に、俺はユークレインとの食事に望んでいた。
「ロムルスさんの結婚式、とっても素敵だった。ああいうの憧れちゃうよね」
うっとりとした表情で語るユークレインに対し、俺は半ば意地悪で言った。
「なら、君も魔法学園で結婚式を行えばいいじゃないか。ウラルさんと」
すると、何を想像したのか、ユークレインがぶるっと身を震わせた。
「無理無理無理無理。俺、ヤンデレだけは地雷なんだよ。純愛は好きだけど、過剰なのは困る」
その気持ちはわからなくもないが、ウラルは独占欲が強いだけでまだヤンデレとは言えないのでは、とも思ったが、俺は言わずに黙っておいた。
「・・・・・・そう言えば、アニメのヤンデレヒロインて総じて戦闘力高いけど、あれ何で何だろうね」
「いや知らんわ」
ユークレインは前世でそこそこオタクであったらしく、だからこそ妹に薦められた乙女ゲームに少しだけ興味が湧いてしまいやってみたのだとか。・・・・・・もしくはシスコンの可能性というのも十分にあり得るが。
「いや、でも実際、ウラルも戦闘能力高いじゃん」
「確かに・・・・・・」
俺はスルビヤの一族の決闘に介入した際のことを思い出す。ウラルの類稀なる結界操作能力が無ければ、俺はあの時確実に死んでいた。敵の捕獲と、もしかしたら拷問にも慣れている風であったし、ウラル・ラッスィーヤとはいかなる人間なのだろうと、少しだけ疑問に思わなくもない。
「そうそう、スルビヤ・バロン・バルカン、実際どれくらいの強さだったの? 魔物を倒したっていう功績は知っているんだけど、俺は魔物と闘ったことがないからいまいちよくわからなくて」
「う~ん、そうだな・・・・・・」
強い、ことは間違いないだろう。俺の速さに対抗する手段を持ち合わせていて、実際に俺を殺しかけたのだから。
しかし、魔法を使わず剣だけで俺をあしらうレン、あの神の様なドラゴンを殺したエイブ、俺以上の速さで動いていたマクマホンを一言で動けなくさせたシモン、魔物を一撃で吹き飛ばすルナ、人攫いの一団を壊滅させたマリアなどなど、俺の周囲の人間が皆突出して強いだけであることはわかっているのだが、ついスルビヤを彼らと比べてしまう俺としては、スルビヤに対する俺の評価は実はそこまで高くない。
だが、突出した能力を持たずに、彼が創意工夫で困難を乗り越えてきたことを想像すると、そこは確実に評価に値する項目であると思っている。
「強くなる、なのかな」
「なかなか手厳しいね。でも、決闘では相手を倒していたんでしょう? 誰と闘っていたの?」
そう言えば、と自分の記憶を振り返ってみるが、顔は思い出すことが出来ても名前を全く覚えていないことに気付く。バルカンの一族であることに間違いはないはずなのだが。
「ごめん、名前は知らないんだ。女性だったことは覚えているんだけど」
「バルカンは女性も多いからね。それだけだと絞り切れないんだけど・・・・・・」
ユークレインが俺の耳元に顔を近づけてきた。
「どうやら、バルカン家の現当主がご病気だそうで。余命が幾許だろうか、なんていう話みたいだ」
ユークレインがラッスィーヤ家から流された裏情報。それ、相当やばいやつでは?
「決闘のことがバレてから、スルビヤは継承レースで現在順位を一つ落としていると見られているんだ。トップスリーには女性が二人いるけど、スルビヤの順位降下が決闘の発覚が原因だから、恐らく彼と闘った女子生徒はトップスリーには入っていないんだろうね」
君、そんなやばい情報握らされて命の心配したことないの? ・・・・・・しかし、俺も秘密組織に入っている身としては、そういう有益な情報をもっと集めたいと思わんでもない。うーん、嫉妬してしまう。
「一応前当主の死後から十年後に決まるということから、その期限に対しては猶予があるけど、現当主が無くなりそうということになれば、期日が早まるのは必至だよ。きっとまた殺し合いが起こるかも」
「・・・・・・気を付けておくよ」
あまり聞きたくない話を聞いてしまい、俺は少しだけ暗い気分になる。どうして兄弟で殺しあわなければいけないのだろうか。爵位とはそれほどまでして手に入れたいものなのだろうか。
俺には全くわからない類の話であった。
ある日、俺が廊下を歩いていると、偶然と呼ぶにはやや出来過ぎと思われるタイミングで、俺はスルビヤと会った。アンドレはおらず、恐らく彼がいると出来ない話なのだろうと直ぐに推察できた。
「要件は手短に言ってくれ」
「・・・・・・じゃあ、一言で」
スルビヤは一度深呼吸すると、はっきりとした声で言った。
「俺を、助けてくれ」
深々と頭を下げた彼に、俺は思わず動揺した。
「助けるって?」
「・・・・・・理由は詳しくは離せないが、近々、バルカン一族の殺し合いが開かれる」
「俺がそんなものに協力しないってわかってるだろ」
俺は怒りを込めて言い放ち彼に背中を向けたが、スルビヤは「待ってくれ」と叫んだ。
「わかってる。・・・・・・だから、頼んでいるんだ」
「どういう意味だよ」
俺が立ち止まると、彼は覚悟を決めた目で俺を見た。
「俺は、その殺し合いを止めたいんだ」
根拠はない。だが、俺はスルビヤの言葉が心の底から放たれたものであると、信じたいと思った。
スルビヤが抱えている問題を直接解決する手段ではないがひとまず先送りする方法としては、現バルカン家当主の病気を治すことを思いついた。しかし、病気を治すための花畑は既になく、図書館で調べた限り、我が父メディオラヌムが使える治癒魔法は病気には効果が無いということであった。
そんな状況下でスルビヤが俺に提案してきたのは、現在最も継承順位が高い人物に誰にも覆すことが出来ない功績を与える、というものであった。スルビヤは、俺に対し、その具体的なアイディアを求めてきたのだ。
しかし、一体なぜ俺に頼んでくるのだろうか。そう思った矢先、ふと山でのことを思い出す。
そう、ドラゴンの死体だ。あの死体は一体どこへ行ったのだろうか。まさか、一晩で骨まで風化した、というわけではあるまい。
単純に考えれば回収されたのだ。マクマホンや、彼の背後にいる人間の思惑によって。
夏休みまではまだ一か月ほどあるが、もう王城に乗り込んでしまおうか。
廊下を一人で歩きながらそんなことを考えていると、俺は偶然にも予想外の組み合わせを目撃してしまった。
ウラル・ラッスィーヤと第三王子スコット・デューク・カレドニア・アルビオンの二人が、廊下で会話を繰り広げていたのだ。小声で話しているのでその内容はわからなかったが、親密な空気などまるでなく、寧ろ互いが互いの喉元をいつ食い破ってやろうかといった、緊迫感溢れる冷たい雰囲気が漂っていた。
何故王子がウラルに会うのだろうと考えて、俺の中には一つしか浮かんでこなかった。それは、王子がラッスィーヤ家の情報網を求めている、というものだった。
しかし、向こうにはマクマホンがいるじゃないか。
後でウラルに直接訪ねたら教えてくれるだろうか。そんな土台あり得ないことを考えながら、ウラルを通じて王城の情報を探ることは出来ないだろうか、と俺は思っていた。




