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八十九 学生、下の兄の報告を聞く

 後日、アンドレと食事をしているスルビヤを見かけた。どんな処分が下されたのかはわからないが、きっとこれからもスルビヤは魔法学園に通い続けるのだろう。

 あまりの気まずさに彼らの近くから離れようとすると、何故かスルビヤの方が俺に声を掛けてきた。

 事情を知らないアンドレがいる手前、俺は仕方なく彼らのそばに座った。

「どうして逃げようとしたんだよ、ルシウス君。何も言わずにどこか行こうとするなんて寂しいじゃないか」

 俺を殺そうとしたやつのセリフとは思えなかった。

「お前の具合が心配でね、少し遠慮したんだよ。・・・・・・学校には通えるのか?」

「それはもうこの通り。俺の兄弟も安心して学園に通えるよ」

 何が安心だよこの野郎。・・・・・・まあ取り敢えず、あの時やけどを負っていた女生徒は無事に魔法学園に通えるらしい。だが、精神的にはどうだ? 自分を殺しかけた人間がいる場所に行きたいなんて思うか普通?

「お互い合意の上だって向こうも言ってくれてね。万事丸く収まったよ」

「え、あの、二人、何だか仲良くなっていませんか?」

 アンドレ君、それは思い込みじゃ。

「まあ、お互いの命を預けあった仲だからね」

 スルビヤてめえ。命を奪い合った仲だろ!

「雨降って地固まった感じかな」

「固まってないだろ」

「嫌だな、仲良くしようよぉ」

「二人だけ、何か、ずるいです・・・・・・」

 アンドレ、そんな嫉妬はいらないぞ。殺しあった敵と仲良く会話できるのは物語の中の主人公だけだ。

 しかし、それ以降も、俺はスルビヤ共に何度も飯を食う羽目になるのだ。



 スルビヤに対する警戒心が少しずつ解けてきてしまった頃、俺はユークレイン・バロン・クリムに廊下で話しかけられてしまった。

 おっかないヤンデレ娘が周囲にいないか確認すると、ユークレインが突然笑い出した。

「ウラルが言っていたんです。ルシウス君とは話していいと」

 ユークレインの目はきらきらと輝いていた。まるで今までずっと欲しかったものを目の前にした時の少年の様な顔だ。まさか俺が初めての友達とか? そこまでじゃあ無いか。

 だが、ウラルの許しが出たというのは僥倖だ。俺は二人目の転生者の知り合いを確保することが出来たのだから。

 俺は場所を変え、ユークレインに単刀直入に尋ねてみた。

「君は、どこまで知っているんです?」

「・・・・・・ここが、ゲームの世界だってこと、俺が攻略対象だってこと、くらいですかね。俺はこの『ラブマジ』を妹がやっているゲーム、くらいの認識しかなかったから、正直どんな話かは全く分からなくて」

 それはそれで好都合だ。俺が頼みさえすれば、ユークレインはヘレナとの接触を回避してくれるだろうから。もうすぐ中間テストも近いし、早めに頼んでおこう。

「じつは、かくかくしかじかで」

 と、ヘレナに会わないように頼むと、ユークレインは快諾してくれた。

 しかし、この世界の下敷きになっているゲームのことに関してあまり詳しくないとなると、イズミル・テュルキイェのことについて尋ねても、それほど多くは知らないだろう。

 そうは考えつつも、一応俺はユークレインに尋ねてみた。すると、彼から予想外の反応が返ってくる。

「テュルキイェ家のことは良く知っていますよ。ラッスィーヤ家、諜報組織でもあるみたいに色んな情報を集めてくるんですよ」

 いや何でそんな情報君が知ってるんだよ。

 俺が疑うような眼をしていたのか、ユークレインは照れ臭そうに答えた。

「ウラルに無理やり家に泊めさせられて・・・・・・。その度に、お礼だよって、色んな家の情報を教えてくれるんです」

 それお礼じゃないよ、鎖だよ。やばい情報を握らせて逃げられないようにしているんだよ。

 何でそうほいほいと底なし沼に足を突っ込んでいけるんだよ。そう思って、ふと気付いた。この自ら地雷原に突き進んでいく危なっかしい感じ。ウラルにとって、そこが守ってあげたくなるということなのだろうか。

「と、兎に角、アナトリア伯爵家について、教えてくれませんか」

「はい」

 ウラルの目が無いとは言え、ユークレインにはあまり関わらない方が良いと俺は悟った。イズミルの情報が集められたら距離を置こう。

「アナトリア伯爵家は現在この魔法学園に通っていますけど、実は他国の貴族なんです。しかし地理的にも王国に近く文化的にも近付こうとしているテュルキイェ家は、王国に亡命しようとしているらしいんです。しかし、外交的な問題から王家は亡命を許そうとしなくって」

 俺はユークレインの話を、息を止めて聞いていた。それ、絶対に人にいったらあかん類の話よね。



 セバスチャンに話すと、彼は淡々と「感謝します」というだけで、その顔に驚きの色が浮かぶことは無かった。ここまで来ると一度でいいからあっと言わせてやりたいなあなどと考えながら学園長室を後にしようとすると、セバスチャンが俺を呼び止めた。

「夏休みに、王城に入ってください?」

「・・・・・・観光ですか?」

「潜入調査です」

「何のですか? 調べることも潜入方法もありませんよね?」

 俺は食い気味に行きたくないアピールをしたが、セバスチャンは無言で俺を見詰めるばかりであった。

「・・・・・・理由くらいは教えてくださいよ」

「ヘレナの情報を集めてください」

「・・・・・・セバスチャンさんは、どこからか俺を観察して楽しんでいるんじゃないですか?」

 半ば嫌味のつもりで俺は言った。すると、彼がほうと感心したような声を漏らした。

「慧眼ですね」

 まじかよ・・・・・・。



 ああ、絶対不法侵入で捕まって斬首だわ。短い人生だった。

 学生がうはうは気分になるはずの夏休みを、こんな最悪の気分で待つ羽目になってしまうとは、夢にも思わなかった。

 俺が憂鬱とした気分で廊下を歩いていると、何気なく目を向けた窓の向こうに、マルセイジュが女生徒と共にいた。

 あいつはいつまで自暴自棄を続けるのかねえ。

 そう思いながら相手の女生徒の顔を見て、俺は目を丸くした。

 マルセイジュと共にいる女生徒が、エルゼス・ロートリンゲであったからだ。

実に珍しい組み合わせだと思った。婚約しているのだからもっと会ってもおかしくないのに、俺は校内で彼らが一緒に居る様子をほぼ全くと言っていいほど見たことがなかった。

 というか、結婚する気があるのなら、そもそも魔法学園に通う必要がないのだ。結婚すればいいのだから。

 見ると、エルゼスの方が必死に何かをマルセイジュに訴えていた。やがて、涙が彼女の頬を伝った。エルゼスはふいっとマルセイジュに背中を向け、彼の許から離れていった。

 エルゼスが見えなくなるまで、マルセイジュはその場に立ち尽くしていた。そして彼は地に膝を突いて、溢れそうな感情を必死に抑え込むように顔を手で覆った。

 マルセイジュ、お前何を言われたんだよ。何でそんなに苦しそうなんだ。

 なまじ彼の精神史を知ってしまった為に、俺はマルセイジュに深く同情していた。彼の痛ましい様子を見て、俺の胸にもずしりと錘が乗ったような気分になった。

 ふと、マルセイジュを観察しているパパラッチの姿が目に入った。入学式の時も観察していて、ロバート・コンクェストと会っていた人物であった。

 パパラッチって本当に忙しそうだよなあ。いつ飯とか食べているんだろう。今のマルセイジュの様子もロバートに報告するんだろうか。・・・・・・絶対心苦しいだろうなあ。

 そんなことを考えながら、俺は窓際から離れた。



 その日の夕食。珍しくレンの方から誘ってくれたので、俺は夏休みとマルセイジュのことで沈んだ気持ちを少しだけ回復させながら食堂に向かった。

 レンの方はやけに神妙な面持ちで俺を迎えた。暫く当たり障りのない会話をした後に、レンは一度咳払いをして、俺に「落ち着いて聞いてくれ」と言った。


「ロンが、結婚するらしい」


 ・・・・・・イマナンテイッタ?



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