八十七 学生、命を狙われる
すたすたと前を歩くウラル・ラッスィーヤを追いかけながら、俺は最後にあった彼女の様子を思い出していた。嘘やすれ違いによって痛い目を見てしまったばかりであった俺は、神様仏様レン様の信条通り、ウラルがもし誤解しているならば、その誤解を早く解いてしまいたいと考えていた。
校舎を出て、人気の無い森の手前まで来た。そこでようやく足を止めたウラルは、俺の方に振り返った。彼女の表情から緊張が見て取れる。
「私と貴方との関係を、はっきりさせておこうと思って」
うん、その話題だと思った。俺は一度深呼吸をすると、言うべき台詞を声に出す前に頭の中で反芻した。
「貴方は、ユークレインのことが、好きなんですよね?」
直接的な言い方過ぎたのか、ウラルの顔が赤らんだ。
「だったら、俺は、貴方と彼の仲を、応援します」
「・・・・・・ごめんなさい。いえ、ありがとう、なのかしら」
なんだかものすごく振られた感がしているような気もするが、この際仕方のないことだ。この痛みを受け入れることで、俺はすっきりした人間関係を手に入れることが出来るんだ。
俺は乾いた笑いと共に、ふっと息を吐いた。
瞬間、人間大程の火球が森の中から飛んできた。
その射線上にウラルがいた為に、俺は彼女を押し倒す形で地面に伏せた。火球が背中をあぶり、俺の直ぐ上を通り抜けたかと思うと運動場の一画に火柱が上がっていた。
おいおいおいおい。どうなってんだこれは。公爵の令嬢を狙った暗殺か? いや、でもウラルがここに来たのは偶然だ。森で待機しているはずがない。だとしたら、魔物? いや、天網の加入試験でセバスチャンと森の中に入った時は獣が出てくる様子なんて全く無かったぞ。最近住むようになった。それよりもあり得るのは、人だ。魔法の練習でもしているのか? 周囲の安全を考えろよ。
「ウラルさん」
「はいっ!」
余程火球に驚いたのか、彼女の声は裏返ってしまった。
「貴方、結界は使えますか」
「一応、使えるわ」
「じゃあ出来るだけ森から離れて、出来れば建物の陰に隠れて、結界を張ってください。それか、安全を確保できたなら、誰か教師を呼んできてもらえませんか?」
「え、貴方は、あ、ちょっと」
俺は森の中に走って入った。
森の中をしばらく掛けると、先程飛んできたような火球がちらほらと飛んできていた。方向はてんでばらばらで、狙いを付けずにでたらめに撃っているようにしか見えない。どの火球も木に当たって、その表面を軽く焦がす程度で直ぐに消えている。恐らく、先程森の外に出たのは、たまたま木に当たらずに森を抜けてしまった火球だったのだろう。
火球が飛んでくる中心に向かうと、そこには見知った顔がいた。
スルビヤ・バロン・バルカンだ。他にももう一人いたが、知り合いかどうか判別がつかなかった。というのも、その人の体は全身焼けていて、男か女かもわからない状態であったからだ。
「おいっ! 大丈夫か!」
俺は直ぐに駆け寄った。弱弱しいが、微かに呼吸音が聞こえる。
生きている。早く保健室に運ばなければ。
俺がその人を運ぼうとしたその時、
「──────動くな」
という低く、冷たく、殺気と怒気の籠った声が森にこだました。
見ると、スルビヤが俺に向けて右の人差し指を向けていた。魔法を放っていつでも焼けるぞ、という明確な脅しであった。
「早く助けないと!」
「駄目だ」
「どうして!?」
「決闘だからだ」
「決着はついただろ!?」
「殺し合いは、殺すまでやるんだよ。お前も殺すぞ」
本気だった。スルビヤは本気で俺を殺す気でいる。魔法ってどれくらいの速さだ? いや逃げるのが先決では? でも先程の速さなら容易に避けられる。もっと速い魔法を使うかもしれないだろ? でも助けないと。関係ない命だろ。でも助けられるかもしれないだろ! 殺されるぞ!
俺は全力で地面を蹴った。近くの木に飛びついてその幹を蹴り、素早く横の木に移動する。
スルビヤは反応して俺の姿を目で追うが、彼の動作よりも速く動いた俺は、スルビヤの背中側に生えている木に足を掛けた。
俺は全力でスルビヤに飛び掛かり、彼を気絶させようと全力で足を振り抜いた。
しかし、その足は空を切った。
突如として発生した上昇気流が、あっという間に俺を森の上まで吹き飛ばしたのだ。
直ぐに気付いた。これは、スルビヤの魔法だ。
狩る側の獣が獲物を見付けた時の歓喜を、上空を見上げたスルビヤは浮かべていた。
〈この恨みはらさで置くべきか 必ずかの邪知暴虐の者を討ち果たすのだ 全てを灰燼に帰せ 其はかの罪悪を焼き尽くす地獄の業火〉
その輝きは、さながら恒星の様であった。空に輝く太陽とその身の苛烈さを競い合わんと、人間代の火の玉は空へと打ち上げられた。
火魔法『業火』。貴族が人を消す時によく用いられ、喰らった人間は灰すらも残らないと言われている。
先程まで森の中を飛んでいた火球とはまるで違う。かすっただけで、全身が焦げてしまうかもしれない。
こいつは、死───────
ぽよん。
柔らかい感触。
恐怖と眩しさに思わず閉じてしまった目を恐る恐る開けると、俺は半透明の膜で覆われた火球の上に乗っかっていた。
何だこれは? 魔法か?
ふと、魔法学園の方を見た。ウラルが両手を前に突き出してこちらに向けていた。ここからだと非常に小さく見える彼女。この火球を包むのに、一体どれほど精密な操作が求められるのだろう。
一応使える、所の話ではない。もはや、彼女は結界のプロフェッショナルだ。
俺はウラルに心の中で感謝をしつつ、火球の横に滑り落ちると、火球を蹴って素早く森の中に飛び込んだ。
木を蹴り飛びながら、再びスルビヤに肉薄する。
振りをする。
スルビヤに直進すると見せかけて、その手前で着地し、直ぐにまた木に飛び移った。
すると、彼の周囲に再び上昇気流が発生した。詠唱はない。予備動作もない。さながら、反射の様であった。
俺はスルビヤから半径二メートル付近に着地したが、風が吹いたのは半径三メートルくらいの所までだ。俺を狙い撃ちしたわけではない、ということは、何か罠の様に設置された魔法なのだろうか。
俺は懐から黒縁眼鏡を取り出し、スルビヤの周囲を高速で飛び回りながら、眼鏡を通して彼の周囲を観察した。
すると、彼の周囲にいくつもの黄色い球の様なものが浮かんで見えた。恐らく、あの玉にものが触れると、反射的に上昇気流が起こる魔法なのだろう。
まさに奇襲対策。魔物を狩る為に、安全対策を疎かにしてはいけない。今度エイブに教えてやろう。
しかし、どう攻略すべきか。こういう時は、赤外線レーザーの間を華麗に擦り抜ける怪盗の様に、黄色い球の間を縫っていければ良いのだが、俺にそこまでの器用さはない。つまり、飛び道具で攻略したい。だが、肝心の飛び道具が無い。
なけりゃ作ればいいんだよ!
俺は急停止をして靴を片方脱ぎ、黄色い球の間を縫うように靴をスルビヤに向かって投げた。
正直、球形ではない靴が思い通りの軌道を進むとは思ってはいなかった。実際予想していた軌道ではなかった。地面に当たり、そのままスルビヤの顔面に向かって跳ね上がったのだから。
しかし、奇跡的に黄色い球が無い軌道を進み、靴はスルビヤの顎に直撃した。そのまま彼は仰向けに倒れ、周囲の黄色い球は消えた。
ワンバンしたのに恐ろしい威力だ。俺そんなに筋力あったっけ? それとも靴が凶器として優秀だった?
俺は警戒しながらスルビヤの横を通るも彼は反応を示さなかった。
その様子を見て一安心した俺は、直ぐに靴を履いて倒れているもう一人の人間を背負い、保健室を目指して走り出した。




