八十六 学生、誤解を解く
「ナオミ、何とかしてくれよ」
俺は魔道具作製の授業後、アーカヴィーヴァとロンがお茶をしているであろう食堂に移動しながら、授業前に起きてしまった混沌とした状況を何とか言語化してナオミに伝えた。
「そうは言っても、自業自得じゃん」
「アーカヴィーヴァが俺の恋人って設定はお前の責任だろ」
「じゃあ嘘でしたっていうの? それじゃあ私とルシウスの仲が疑われちゃうじゃん」
「俺とお前は普通の友達。それが真実だろ」
「ルフィはね、脳内がお花畑なのよ。男女が二人きりで話していたら、直ぐに恋を疑ってかかる子なんだから」
社交が仕事の一つの貴族において、その考え方はまずいのでは。貴族なら、親の仇とでも笑顔で一緒に食事するわ。
「とやかく言うんだったら、ルシウスがエルトリアさんのキープであることを自ら告白すればいいんじゃない」
「・・・・・・俺とエルトリアはただの兄弟だよ」
「義理の兄弟でしょ」
こいつ、ああ言えばこう言いやがる。何だか腹が立ってきたぞ。
「俺とエルトリアの関係は、・・・・・・そう、ナオミとロンみたいな関係だよ。周囲の思い込みだ」
「・・・・・・私も中身は女子高生だからね。イケメンとの個別レッスンはシチュエーション的に萌えるって言うか、まあ転生様様って感じなんだよね。つまり、私にとってはゲームの延長みたいな感じだったの。だから、本当に付き合うっていうのは考えられなかった。私はヒロインの体を持っているけど、ヒロインそのものじゃないから。
でも、ルシウスとエルトリアは違うでしょ? 心が通じ合ってる感じがする。これは推測だけど、貴方たち、恋仲だったんじゃないの?」
恋仲。恋仲なのだろうか。俺は明確にエルトリアのことが好きだったけど、彼女から言われたことは無いし、でもキスしたし、でも結婚されたし。・・・・・・う~ん、わからん。
しかし、ナオミにとってロンとの関係はゲームの延長でしかないのか。あくまで画面を隔てているからの良さ、生身の付き合いじゃないからこその良さがあったのかもしれない。
「でも、ナオミはロンとの間に起きたことを、シルフィアさんには言えないだろう?」
「言わないし言いたくない。ルフィはロン君が付き纏わなくなった後に、本当に最近、ようやく出来た友達なの。前世を含めて、最初の同性の友達。・・・・・・だから、私はあの子に誤解されたり恋人がいるからって距離を置かれたりしたくないの。お願い。私と貴方が付き合っていないことをはっきりさせたいの」
「・・・・・・わかった。言うよ。その代わり、先程の時間、ナオミがシルフィアさんを呼んでいたって嘘をついてしまったから、口裏を合わせてくれ。その時に話すから」
「どうもありがとう」
少女はにっこりと微笑んだ。
ナオミって好きな人がいたんじゃなかったっけ。そいつのことは良いのか?
そんなことを考えていると、俺は向かい合ってお茶を飲んでいるアーカヴィーヴァとロンに出会った。
「ルシウス!? それに、ナオミも・・・・・・」
ロンにとっては前に好きだった女と今好きな女が揃っているわけだ。こりゃ気まずい。
「ちょっと小腹が空いちゃってね」
「手に何も持っていなくて言う台詞かよ。・・・・・・まあいい。なあ、さっきシルフィアさんが言っていた「恋人」って一体何なんだよ」
「ああ、勘違いだよ。シルフィアさんは、俺とアクアさんが恋仲であると誤解しているんだ」
「ほーほー、そういうことか」
ロンよ、嬉しそうにするな。
俺はロンの耳元に顔を寄せ、小声で話しかける。
「それで、景気はどうなの?」
「やはり野次馬だったか。・・・・・・まあいい。すごいぞ彼女は。驚くほど話が合うんだ。女生と話してこれほど話が弾んだのは初めてだ」
兄よ、そやつは男だ。しかし、見た所アーカヴィーヴァもちやほやされてどことなく嬉しそうにしている。五年間も見合いの場である魔法学園に彼が居続けるのは、覚えているかどうかわからないが、エルトリアにずっと片想いしていたからなんだろうな。こうして人から好意を向けられる経験があまりなかったのかもしれない。まあ、本人たちが幸せそうなら何だっていいや。後はルフィの誤解を解いて終わりだ。
俺とナオミは二人でルフィに会い、俺は姉に片想いしているとルフィに告げた。騙されたことに多少の衝撃を受けていたルフィであったが、禁断のロマンスの香りがする俺の話を食い入るように聞いていた。恋愛小説が好きなのだろうか。
俺とナオミは普通の友達ということを理解してもらい、アーカヴィーヴァと俺がただの知り合いであると納得してもらい、かつナオミとルフィは仲の良い友達のままでいる。
これ以上無く丸く収まっているが、俺の見たものが幻覚でなければ、ルフィとレンは男女の間柄である。ナオミはその事実を知っているのだろうか。
まあ、問題が起きてしまったら、その時その時に対処するしかないのだろう。
今はただ、二人の友情を祝福した。
これで人間関係もすっきりしたし、俺は本当に平和な日常を過ごせるかもしれない。いやあ、胃が痛かった。ロンとアーカヴィーヴァのことは忘れた。
マクマホンは第三王子のスコットと繋がっているから、暫くはスコットの行動に合わせて動くと考えていいのか? だったらイズミルのことを調べたいな。でも方法が無いぞ。俺から接触すべきか? いや、レンが関わるなと言っていたな。・・・・・・そうか、レンから聞いたら多少なりともわかるかもしれない。
早速レンに話を聞きに行こうと思って、ふと、先刻のルフィに対する彼の行動を思い出す。あれは俺に見せつけたのか。それとも切羽詰まっての行動なのか。
レンはパパラッチと繋がっている。情報収集と、予め情報を握り潰す為なのだろう。それは恐らく、ルフィとの関係を隠そうとしているのも含まれるだろう。それなのにレンはあんな子集の面前でキスをした。何故だ。
自分と同じ顔の男がルフィに近付いて動揺したか。それが一番ありそうだ。しかし、じゃあ何故ルフィとの関係を隠しているのだ? 何か理由があるのか?
隠すような関係。その言葉で真っ先に浮かんできたのは、俺とエルトリアの関係だ。しかしこれは非常に特殊な例だ。絶対にレンとルフィの間柄には当てはまらないだろう。
次に浮かんできたのは、ケルンとエルゼスだ。レンに婚約者がいるなんて話聞いたことがない。ということは、婚約者がいるのはルフィなのか?
俺が思考を巡らせていると、誰かが俺の目の前に立っているのが、考えながら歩いている為に俯いている視界に移った足から把握できた。避けようと進路を変えると、その足は方向を変更する度に俺の前に立ち塞がった。
一体誰だろうと思い、俺は顔を上げた。
「少し、話があるわ」
ウラル・ラッスィーヤが俺の目の前に立っていた。




