八十五 学生、混沌に飲まれる
俺が意を決してマクマホンと第三王子との繋がりをセバスチャンに報告すると、彼は相も変わらず淡々と「感謝します」とだけ答えた。
消されなくて良かったと安堵する一方、明らかに陰謀の臭いしかしない事態に際しているというのにあまりにも他人事な態度のセバスチャンに少しだけ困惑した。それとも百年以上も生きている人間には、俺とは違う地平で物事が見えているのだろうか。
それから一週間は特に何事も起きなかった。ヘレナは王子といちゃついていたし、マクマホンが現れることも無かった。マルセイジュは変わらず婚約者でもない女生徒と陰でこそこそやっているし、ケルンとエルゼスが密会している場面に遭遇することも無かった。ナオミに制服代を払い、アーカヴィーヴァの女装姿の放浪を目撃せず、ロンは上の空、レンは貴族の噂話を食事の席で教えてくれた。アンドレとスルビヤは良く一緒にご飯を食べており、アンドレとの付き合い上俺は止む無くスルビヤと関わることになってしまったが、彼の家族の問題にかかわることは無かった。ユークレインやウラルに絡まれることも無く、イズミルが行動を起こすことも無い。本当に平和な一週間であった。
では、何故平和な「一週間」かと問われれば、もちろんその後に事件が起きたからに決まっているのだ。
白昼堂々、アーカヴィーヴァが女装姿で校内を歩き回っていたのだ。
女装が気に入ってしまったのだろう。人の趣味だ。とやかく言うまい。実際アーカヴィーヴァであると気付かれている様子はないし、開放感を味わえているのなら、それは本人なりの気分転換法というやつなのだ。
問題は、ロンである。もしロンがアーカヴィーヴァと接触してしまった場合、俺は果たしてどう対処すればいいのだろうか。一つ、放置する。二つ、会わないように妨害する。三つ、アーカヴィーヴァのフォローをする。
どの選択肢を選んでも陸でもない方向に転がりそうな未来が容易に想像できてしまうのが恐ろしい。何とかならんのか。俺がそう思っている矢先、アーカヴィーヴァに誰かが話しかけた。まさかナンパか?
そう思ってよく見てみると、ルフィであった。
これはどうすべきなのだろうか。彼女は確か、アーカヴィーヴァが俺の恋人という体で会っている。アーカヴィーヴァには男という事実を伏せたまま女生徒の反応を見てもらうという体でルフィと会わせた。
つまりルフィはアーカヴィーヴァことアクア・ヴィーヴァを女性でかつ俺の恋人だと考えているのに対し、アーカヴィーヴァは男でかつ「ルシウスの恋人である」という認識がない。うんまずいなこれは。
俺が二人に近付くと、徐々に話声が聞こえてくる。
「・・・・・・それで、その、彼とは、その順調何でしょうか?」
やや顔を赤らめながらルフィがアーカヴィーヴァに尋ねていた。いやその話止めてほんと。乙女ニウム体から出さないでルフィさん。恋バナは厳禁よ!
「ええっと、何の話で」
「こんにちは、お二人とも」
アーカヴィーヴァの話を遮るように俺は話に乱入した。危ない、滑り込みセーフだ。
「ルシウスさん!? ・・・・・・失礼、野暮な質問でしたね」
そう言ってルフィはうふふと笑う。
ナオミと付き合っていないという証拠としてアーカヴィーヴァの女装姿をルフィに見せた為に、下手に俺達は付き合っていませんとは言えない。ここはこのまま誤解しておいてもらおう。
「ルシウス。どうしたんだ、こんな所で」
ルフィには誤解しておいてもらおうと思った矢先、一番聞きたくない声が俺の耳に届いてい待った。頼む・・・・・・、弟の方であってくれ。
声の方を向き、俺の胃がキリキリと痛みだした。
ロンとレンは双子であるが、それぞれ纏う雰囲気が異なっているし、それに見分けやすいようにとの周囲への配慮なのか、髪型などの細かな違いもある。
俺に声を掛けてきたのは、ロンだった。
ロンのやつ、女装版アーカヴィーヴァが俺の知り合いだと見るや否や、即話しかけてきやがった。もしかしてタイミングを見計らっていた? ちくしょう。どうして気付かなかったんだよ俺。
「知り合いに会えたから、少し立ち話をね」
やばい。すごく紹介したくない。だが、見知らぬ二人を紹介するのは両者の知り合いの義務。やりたくねえ。めちゃくちゃやりたくねえ。
「こちらはアクア・ヴィーヴァ。こちらは・・・・・・」
ルフィの名前を知らないことを思い出し、俺はちらちらとルフィに視線を向けた。彼女は俺の意図を察し、自己紹介をしてくれた。
「シルフィア・スカンジナビアです」
「それで、彼はロムルス・イタロス。俺の兄です」
全員が挨拶を終えた瞬間、俺は場を支配してやろうと直ぐに言葉を紡いだ。
「そう言えば、シルフィアさん。ナオミが貴方のことを探していましたよ」
嘘である。しかしこの嘘でルフィがナオミを探しに行けば、アーカヴィーヴァと引き離すことが出来て問題が解決しやすくなるはずだ
「本当ですか? 今どこにいるのかしら?」
「俺の次の授業が魔道具作製でナオミと一緒なので、時間が空いているならば潜りこんでみては?」
「・・・・・・素敵なお誘いだけど、次の時間は授業が入っていて。授業が終わり次第、食堂で会いましょうとナオミに伝えてもらえますか?」
「わかりました」
ちくしょう! アーカヴィーヴァとルフィの分離に失敗した。ああくそ、授業予定とか全く考えてなかった。
「アクアさんは、この後授業ありますか?」
嘘だろおい、ロンの野郎にアーカヴィーヴァに話しかける話題を提供しちまった。アーカヴィーヴァは最終学年で基本的に授業は無いはずだ。おいアーカヴィーヴァ。適当にあるって言っとけ。嘘でも言っとけよ。絶対言えよ。
「・・・・・・無い、ですけど」
ふざけんなよアーカヴィーヴァおいてめえ。
「この後俺も暇なんですよ。どうです、お茶でもしませんか」
「・・・・・・はい」
いやはいじゃねえよ。何でちょっとうれしそうなんだよおい。くそ、どうすれば・・・・・・。いや、よく考えろ。アーカヴィーヴァがロンとお茶をすればルフィとアーカヴィーヴァを引き離すことが出来るぞ。アーカヴィーヴァに頼んで、関係が深くなる前にロンを振ってもらえばいいんだ。そうすればややこしくならない。うん、そうしよう。今はこの関わったらやばい連中を引き離すことが一番大切だ。
「え? アクアさん、恋人の前でそういうのは」
ルフィぃぃぃ!!! 言っちゃ駄目な奴だからそれ。
「え、恋人って?」
ほらロンが食いついちまった。ああもうこれどうすればいいの本当に、ねえ? 頼む、神様でも仏様でも悪魔でもいいから、このカオスをどうにかしてくれよ!
「─────────君達、もうすぐ授業が始まると思うが」
それは、天から降りてきた神様の声の様に聞こえた。かつてはエルトリアのことについて争った中ではあるが、今となっては彼の俺に対する行いからは仏様の様な慈愛を感じることが出来るようになった。・・・・・・レン様が俺を助けに来てくれたのだ。
「ルシウス。貴様この後、魔道具作製の授業があるんだろ?」
「そう、もうすぐ授業が始まる時間だ」
さすがレン。ありがとう。本当にありがとう。
「えっと、じゃあアクアさん。こちらへ」
「はい」
そうして、ロンとアーカヴィーヴァがすぐさまその場を離れた。俺もそれに追随した。ルフィも移動しようとしたが、レンが「君には伝言があるんだ」と言ってルフィを呼び止めた。あの二人は知り合いだったのか。
俺はロンとアーカヴィーヴァに続いて曲がり角を曲がる直前、何となくレンとルフィの方に視線を向けた。本当に、偶然のことであった。
俺の視界が建物に遮られる直前まで、レンの顔とルフィの顔は限りなく近付いていた。
俺には、レンがルフィに口付けをしようとしているようにしか見えなかった。




