七 少年、町に戻る
一部修正しました。2020/4/6
サブタイトル変更しました。2020/4/7
黄金の鳥の背中に乗った俺達を、町の人々は遠巻きに見つめていた。みんなワシが怖いのだろうか、誰も近付いては来ない。
────────ただ一人の例外を除いて。
「マリア!」
俺はワシの背中から飛び降り、駆け寄ってきたマリアの腕の中に飛び込んだ。
「マリア! ただいま!」
「・・・・・・お帰りなさい。───────坊ちゃん」
マリアの俺の呼び方が昔に戻っている。七年たっても敬語が抜けないのだ。きっと彼女は、今も心の中で俺を「坊ちゃん」と呼んでいるのだろう。そう思うと、心がどうにもくすぐったい気分になった。
「・・・・・・貴方もありがとう、ジブリール」
マリアはそう言って、ワシに向かって話しかけた。俺にはワシの声を聞くことが出来ないけれども、マリアとワシの中がとても深いものであることは直ぐに察しがついた。
「マリア、これ」
俺はマリアからもらった笛を彼女に差し出した。だが、彼女はそれを受取ろうとはしなかった。
「これは、貴方に差し上げたものですよ」
そして、マリアはワシの方を向いて言った。
「ジブリール。彼は、これからあなたが仕えるべき人ですよ」
マリアは俺を指し示していた。ジブリール。そう呼ばれたワシの紫紺の瞳が、俺を見据えていた。まるで、俺の中身を覗き込んでいるかのようだった。
やがて何かに納得したかのように、ジブリールは見つめるのを止めた。
「ええ。今回はありがとうございます。・・・・・・そうですよ。ですから、貴方なのです。ええ、はい。お元気で」
マリアが優しく微笑んだ。ジブリールが笑ったような仕草をしたが、直ぐにまばゆい光に包まれて消えた。俺はこの光を見たことがあった。女神さまに異世界に送られた時の光と同じものだ。ということは、この笛はどこかにいるジブリールを自分のもとへと転送する魔法の道具というやつなのだろう。
そしてジブリールが姿を消した後で、きょとんとした様子のエイブがあたりをきょろきょろしていた。
「エイブ、くん?」
マリアが驚きの声を上げたのを皮切りに、村人たちが一斉にエイブのもとへと駆け寄ってきた。喜ぶ者、泣きじゃくる者、心配させんなと不満を漏らす者、様々な人がいたが、本当は皆心の内でエイブのことを心配していたのだと知り、俺は何故だか安心していた。
本当は、自分以外誰もエイブのことを心配していないのだと、つい考えてしまった。約束を守ることのできない悪い子供を容易に見捨てることが出来るような人々なのかと怯えてしまっていた。俺の両親の様に、いらない子供は簡単に切り捨てることが出来る人間なのだと、そう疑ってしまったのだ。
違う。違うのだ。この町の人たちは、彼らとは違う。
誰かがエイブに声をかけたと思えば、直ぐに別の意図がエイブの肩を叩いて話しかける。次第に町の人々によるエイブの取り合いになり、やがて何がどう転んだのか、エイブを胴上げしだしていた。
歓喜の輪の中心にいるエイブのもとからマリアを連れて離れて、人のいない町の隅で俺はマリアに話しかける。
「この笛、本当にもらっていいの?」
「はい。勿論です。・・・・・・ですが、込めた魔力を使い果たしてしまったので、今一度魔力を込め直さないといけませんが」
「・・・・・・俺は、ジブリールの声が聞こえなかったんだ」
「・・・・・・大丈夫ですよ。私がそばにいますから」
「そっか。わかった」
俺は、それ以上何も尋ねることが出来なかった。
彼女は、俺が魔法を使えないことを自覚していることに、恐らく気が付いている。だから身を守るための手段として、この笛を俺にくれたのだ。だが、その事実確認をする気にはなれなかった。彼女の思いやりをむげにはしたくなかったからだ。
「ね、ねえマリア」
「どうしました?」
「ジブリールの話をしてよ。どこであんなにでかい鳥と出会ったの?」
「良いですよ。家に戻ってからお話しします」
マリアは俺の無鉄砲な性格を見抜いている。そして、わかって上で、それを否定したり修正しようとしたりせず、俺を優しく見守ってくれている。
その気持ちが、俺はとても嬉しかった。