六十九 学生、裏で動く
ヘレナがもし前世の記憶を持った人間である場合、前世の記憶を駆使してゲームのシナリオとは異なった行動をする為、予めこちらも前世の記憶持ちであることを明かしてその行動を制限させなくてはならない。
逆にヘレナが前世の記憶を持たない場合、彼女はゲームのシナリオ通りに行動をすると考えられる為、ことの成り行きが想定しやすくなるのだ。
今回俺がヘレナの調査を頼まれた一番の理由は、彼女が王家の血を引いているからだ。簡単に言えば、余計な後継者を誕生させたくないのだ。王家の預かり知らぬところで生まれた血を引くものを正統な後継者として擁立し反乱を起こそうとする貴族が現れるかもしれない。まあ、実際には現れた瞬間に天網の網に引っ掛かるだろうが、そもそもそういう野心を抱く可能性を潰すことが出来るという点で、ヘレナの存在を隠し通せることが一番なのだ。
理想は、彼女が平民の誰かと結婚し、つまり貴族と所帯を持つことなく、そして貴族社会に現れることなくつつがなくその生涯を終えることだ。しかし現に、ヘレナはこうして魔法学園に入学している。
「実際、ナオミはどうやってこの魔法学園に入学したんだ?」
「ん~と、私は元々地方に住んでいたんだけど、商人であるお父さんが王都で仕事を行う様になった時に、この学園の話を聞いたらしいんだよね。それで、魔法をちょっぴり使えたから、一般入学枠の試験を受けてみようかなって」
「それって、お父さんに聞く前は、魔法学園についてどれくらい知ってたの?」
「お貴族様が魔法を鍛錬する為の学校があるとは聞いたことがあったけど、平民の人が入学できるとは、お父さんに聞くまで知らなかった」
ということは、『ラブマジ』1でエイブが入学したのは、この魔法学園のことについて神父から色々と話を聞いていたからなのかもしれない。
つまり、ヘレナは何らかの方法で魔法学園について、一般入学枠について知っていなければならないのだ。
もし、彼女の魔法学園入学に、どこぞの貴族が関わっているのだとするならば、まあ何か後ろ暗いことを考えていると疑っても問題ないだろう。
そのことを探るためにも、まずはヘレナが前世の記憶を持っているかどうかを調べなくてはならない。そこで、俺とナオミはある作戦を立てた。
毎朝六時~七時まで、ヘレナは魔法学園の礼拝堂で祈ることが日々の観察からわかっている。つまり七時に祈り終わって礼拝堂を出てきた彼女の横をすれ違いながら、俺とヘレナが日本の記憶を刺激するような話題を振るのだ。ニンジャ、サムライ、ゲイシャ、ハラキリ、とね。
というわけで次の日の朝、俺達は早速作戦を実行に移した。
「知ってるか~い。ジャパンのニンジャって、本当は黒装束を着てなかったんだって~」
「なんですって。それじゃあ、ニンジャだって誰もわからないじゃない」
「ナオミ、まさにそれなんだよ。誰にもわからないから、ニンジャは暗殺できるんじゃないか」
「アンビリーバブル! そうだわ。忍からニンジャ、なのよね」
テレビショッピングのゲストのコメントの様にわざとらしく発話しながらヘレナの横を通り抜けるが、彼女はわざとらしい会話が少し気になっている様子を見せるだけで、こちらに話しかけることも無く通り過ぎてしまった。
まあ、『ラブマジ』1のヒロインであるというナオミの顔を見て無反応の時点で、怪しいとは思っていたが。
ナオミは前世の記憶もち仲間が増えると思っていたのか露骨に残念そうにしていたが、俺はヘレナがナオミの話すシナリオ通りに動いてくれる期待が高まって、安心感が増した。
次の日は、魔法学園の入学式となる日であった。だというのに、ヘレナは朝の祈りをささげるために礼拝堂へと赴いた。
彼女が祭壇へ近付くと、ふと違和感を覚えた。
いつもは彼女以外誰もいない早朝の時間帯。一番祭壇に近い座席の端から、赤い髪の毛がはみ出していた。
少女が恐る恐る近付いてみると、それは、彼女が今まで見たことがないほど美しい容姿の男性だった。
彼は気持ちよさそうに寝息を立てており、神前で不敬だとは思いながらも、少女はその寝顔に思わず見とれていた。
──────可愛い女の子かと思った? 残念! 第三王子ちゃんでした!
俺はナオミから聞いていた通りのヒロインと攻略者の出会いの場面を外から窓を通して眺めながら、場面だけなら完全にリンゴちゃんと被っていたなと思った。
寝ている場所も同じだしな。なんなん? あの座席だけ睡眠の呪いでも掛けられてるんか?
祈りを捧げ終わった後、入学式に遅刻してしまうかもしれないと王子のことを心配したヘレナは、彼のことを起こそうとするのだ。
しかし、そこで王子は目覚め、「お前、誰だ。俺が第三王子と知っての狼藉か!」「俺を、知らない!? ・・・・・・お前、面白い女だな」という王道パターンが起こるのだ。
この出会いのシーンをぶち壊してやろうと思わなくもないが、俺的には尤も無難なルートがこの王子攻略ルートだ。
勿論彼らが恋仲になってしまうとそれはそれで問題が発生しそうなのだが、ナオミから聞いた話を総合する限り、第三王子のノーマルエンド、今回で言えばお友達エンドが、他の五人のどのエンドと比べてもぶっちゃけ一番安パイなのだ。
つまり、俺が阻止すべきはヘレナと他の攻略対象との出会いだ。
ヘレナが入学式に出席した後、学生寮へと戻る途中で事後のマルセイジュと遭遇するのだ。詳しくは書かれていないが、間違いない、俺の予想では事後だ。
ナオミは解釈違いだどうだと騒いでいたが、入学式をほっぽって女子と人が来ない学生寮の陰で服装が乱れる何かをしているとなればそういうことしかあり得ない!
俺はヘレナと王子が入学式へと向かったことを確認すると、急いで学生寮へと向かった。
到着するなりマルセイジュの姿を探すと、彼が女生徒と一緒に居るところが直ぐに見つかった。生垣の隙間からのぞくと、フレンチ・キスを交わして服を脱がしている所だった。
これ以上は放送禁止案件だぜ。
俺は懐から黒縁眼鏡を掛けると、覗き見中にへまをやらかしたパパラッチ学生の振りをして茂みの中から飛び前転をして、ヒーロー戦隊にあっけなく吹き飛ばされる敵の一兵卒キャラの様に転がって登場した。
入学式で皆が払っていると思っていた男女は大いに驚いていた。
「お前誰だ!」
マルセイジュが俺に向かって叫んでくる。
「失礼。転びました」
「こんな時まで覗き見とか、お前ら本当にいい趣味してるぜ!」
その瞬間、俺の眼鏡に反応があった。
魔道具作製の授業で作り上げた眼鏡。仕組みは水晶玉の原理を使い、ガラスを通過する魔力がガラスの内部で変化してそのまま魔法が発動するタイプの魔道具だ。この眼鏡は、見ている人物の表面から飛び出してくる魔力の形を色で表現する。まあ、水晶玉のパクリである。
しかし、眼鏡上にすることで持ち運びしやすく、覗いている相手が次にどんな種類の魔法を使おうとするのかある程度予測することが出来るのだ! ただの変装用の眼鏡ではないのだ!
眼鏡を通してみたマルセイジュの体が、うっすらと赤く発光して見えた。こいつは火魔法を使おうとしているな。まあきっと『業火』だろう。
〈この〉
「『業火』は使わない方がいいですよ」
俺が『業火』と言った瞬間と、マルセイジュが〈この〉と言ったタイミングはほとんど同時であった。彼は驚きのあまり、陸に挙げられた魚の様に口をパクパクさせていた。
「魔法でも素行でも、問題は起こしたくないですよね?」
俺がそう尋ねると、顔を真っ青にしたマルセイジュは女生徒を置き去りにしてその場から走り去ってしまった。その行動に驚いて、一瞬遅れて女生徒も逃げ出した。
俺はふうっと息を吐きながら、この一部始終を陰からこっそりのぞいている人物に、相手に気付かれぬように意識を向けた。
こちらは本物のパパラッチだ。
俺は伸びをする振りをして、腕の陰から男の顔を覗き見た。
入学式が行われている最中、さすがにパパラッチも活動していない。皆入学式に出席していると思っているからだ。それなのに、活動していたただ一人のパパラッチ。
怪しさ満天だなこりゃ。
俺はヘレナと次の攻略者の接触場所を思い出しながら、パパラッチが誰と情報交換するのかを考えていた。




