六十五 学生、新たな任務に就く
魔法学園に到着し直ぐ、俺は学園長室へと向かった。扉を入ると、顔を綻ばせた学園長が椅子に深く腰掛けていた。
「丁度君を呼ぼうと思っていた所だよ、ルシウス君」
何か事件の香りがすると思えば、案の定そうであった。
「まあ腰を掛けたまえ」
促されるまま、俺はソファーに腰を下ろした。
「実は今年、一般入学枠で、一人の少女がこの魔法学園に入学する。セバスチャン」
学園長に名前を呼ばれると、執事のセバスチャンが一枚の紙を差し出してきた。そこにはとある人物画が黒鉛で精密に描き上げられた。その容貌は、俺が馬車の窓から見た少女の顔と一致していた。
「黄金の髪と紫紺の瞳を持つ少女だ。名はヘレナ。彼女に関して、出来るだけ子細に情報を集めてはくれ。・・・・・・君の尋ねたいことと一致して居ただろうか?」
にやりと笑う学園長の様子を見て、俺が魔法学園へと向かう道の途中でこの少女とすれ違っていたことを知っているのではなかろうか、と疑ってしまった。
「学園内部のことならば、セバスチャンさんが行えばよろしいのでは?」
「彼はあくまでも駐在員なんだよ。・・・・・・それだけ言えば、わかるね?」
これは、今から何らかのトラブルが起こり、俺にそのトラブルへの対処を命じている、ということなのだろうか。
「では、現在そちらが所有している情報を教えてはもらえませんか?」
ふむ、と考えるそぶりを見せた後、学園長はちらりとセバスチャンに目配せをする。すると彼が口を開いて言った。
「こちらの情報が不確定故、貴方の入手した情報と照合したいのです」
まずは先入観なしに情報を集めて来い、ということなのだろうか。しかしこんな情報を集めて来い何ていう曖昧な指令で下の人間が思い通りに動くと思うなよ、このブラック企業め。せめて報酬払わんかい。
「・・・・・・わかりました」
俺が学園長室を立ち去ろうとすると、セバスチャンが引き留めてきた。
「失礼。こちらへ」
それだけ言って歩き出し、俺を素通りしてすたすたと進んでいくセバスチャンの後に付いて行った。暫くして辿り着いたのは、魔法学園にあるただ一つの礼拝堂。大きさはマリアの故郷にあった教会よりも大きいが、雰囲気はほとんど同じであった。
今まで全く興味が無く、訪れるのは今回が初めてであった。町の教会と同じ神様を信仰しているのだろうか。そんな疑問を持ってしまう程に、殊宗教分野の事柄に関して俺は全く知らなかった。マリアの故郷に居た頃も、神父の許に通いはしたが、教会に祈りに行ったことなど一度も無かったくらいだ。
人の気配が無く静かな礼拝堂の奥ので、座席の端から赤い髪が垂れているのが確認できた。嫌な予感がしながらも近付いてみると、そこには赤い髪の少女がすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。リンゴちゃんであった。
神様って別にあの真っ白空間に居なくてもいいのね。
「リンゴ。起きてください」
リンゴちゃんのそばに寄ったセバスチャンが膝立ちとなり、優しく肩に触れた少女に声を掛けた。すると、ゆっくりと意識を覚醒させた赤髪の少女が寝ぼけ眼で黒髪黒目の青年を見付け、へにゃりと柔らかく笑った。
「・・・・・・セフィロス・・・・・・」
なぬい? ファイナルにならなかったファンタジックなゲームのキャラクターのことでござるか? ・・・・・・いや違うよね、わかってるよ。
セバスチャンというあくまで執事という嘘くさかった名前に本当に偽名疑惑が立ち上がってしまったが、セバスチャンは気にした様子も無く、リンゴちゃんに声を掛けた。
「ルシウスが来ました」
「・・・・・・誰それ?」
セバスチャンが指し示した方に立っていた俺を見たリンゴちゃんは、ああ、とようやく俺のことを思い出したような素振りを見せた。忘れている人間をどうやって呼び出したのだというのだろうか。
「貴方が・・・・・・、まあいいや。久しぶりだね」
今聞いた名前をもう忘れやがったな、とは思いつつ、俺もどうでもいいことは直ぐに忘れる性質の人間なので許すことにした。
「リンネちゃんが怒ってたよ。いつまで経っても布教してくれないって」
リンネちゃんて誰?
「おっぱいの大きいお姉ちゃん。・・・・・・あ、貴方を転生させた女神だよ」
ナチュラルに心を読まれたことに驚嘆しつつも、俺は異世界に転生してから十五年目、いや十六年目にして、ようやく己をこの世界に転生させてくれた女神様の名前を知ることが出来た。ていうか、布教する約束なんてしたっけ俺?
「この礼拝堂で信仰されている方とは違うんですか?」
「ここで信仰されているのは人間だよ」
人間? 人間が信仰されているのか?
頭の上に疑問符を浮かべている俺の様子を見て、セバスチャンが補足をしてくれた。
「元人間で、後に神格化した方が祀られています」
なるほど。前世でもよくあるパターンじゃないか。実は最初から神だったという一派が表れて解釈違いで論争起こすやつね。・・・・・・これだけ聞くと、宗教の信者とオタクって大差ないのでは?
「じゃ、伝えたからね」
そう言い残すと、リンゴちゃんは光に包まれて、いつの間にか目の前から居なくなっていた。
床に膝を突いていたセバスチャンが立ち上がり、じっと俺の顔を見てきた。何事かと思ったが、俺は直ぐに名前のことだと思い至る。
「人には言いませんよ」
「・・・・・・感謝します」
セフィロス。その名前は、何か重要なことだろうか。というか、セバスチャンとリンゴちゃんは親しい仲なのか。俺とナオミの会話を風魔法で盗み聞ぎしたために知っていたものだとばかり思っていたが、俺達が転生者であるという情報は、リンゴちゃんから聞いていたのではなかろうか。
まあ、こちらの情報は知られたからどうこうという話でもないだろ。
そう思うと不公平だなと考えた瞬間、俺は一つ疑問が浮かんできたので、折角の機会にとセバスチャンに尋ねることにした。
「そう言えば、うちの組織、本部ってこの魔法学園何ですか?」
「ここは支部です」
「どこかに専用の施設があって、そこで幹部たちが会合を開いたり」
「機密事項です」
そう言って、セバスチャンは素早く歩いて礼拝堂を出て行った。末端が組織の実態すらも知らないんだもんなあ。そりゃ大っぴらにならないわけだ。神父やデクは、天網という組織についてどの程度知っているのだろうか。
俺はそんなことを考えながら礼拝堂を後にしようとして、その出入り口で、一人の少女とすれ違った。
黄金の髪と、紫紺の瞳を持つ少女、ヘレナ。
今日は運が良いのやら、それとも悪いのやら。
俺は早速、彼女の情報を集めることにした。




