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六十 学生、義兄と話す

 七日間の道程を経て、俺達はようやくイタロスの屋敷に到着した。マリアとロン、レン付きの執事も俺達のすぐ後ろを別の馬車で着いてきたので、同時の帰省となった。

 家に着くと、旦那様と奥様が俺達を迎えてくれた。

 この一年、旦那様から何度も手紙が届いた。それはロンやレンたちの元にも届いていたけれど、言葉を考えながら、一字一字丁寧に言葉のやり取りをしている内に、いつの間にか、胸の内にあった悩みの対象から、メディオラヌム・イタロスという人物が外れていた。

 自分でもあまりにあっけないと思っていた。まあ元々、前世の男の影が重なっていただけなのだ。それが外れるのは、時間の問題であったのだ。

 この一年で変わったのは、俺の心の中だけではない。

 別荘をドラゴンに焼き払われてしまったイタロス家であったが、トマトを用いた魔力供給業を開始。

 トマトを使った乾燥用の魔道具によって、干しトマトの製造日数が一日までに短縮。約一か月間使用可能な平民とほぼ同じ速度で魔力を魔道具に蓄えることが出来るイタロス家の赤い粉末は、魔法学園に大量に下ろされることとなった。

 市場の独占に対する政治的な圧力があったのだろう。一般の家庭にまで魔力乾電池が行き渡ることは無かったが、それでも貴族社会に対するスティヴァレ伯爵家の発言力は事件前よりも強まっていた。

 ロマ家との結婚を取りやめなかった背景には、俺が神父を介してイタロス家に提供したトマトの魔力乾電池の存在があったのかもしれない。

 そう考えると、喜ばしいような、少し残念なような気持になった。

 結局、マクマホンが花畑消失事件で狙っていた三貴族の同時衰退は成し遂げられなかった。ティタノ伯爵家は何事もなく、モンス公爵家は長男が妻を迎えかつ結納金を手に入れ、そしてスティヴァレ伯爵家は貴族社会でよりその存在感を強めた。

 真逆の結果となったために、更なる追い打ちがあるのではないかと少し心配になっていたが、セバスチャン曰く、現状怪しい動きに関する報告は上がっていないそうだ。それに、そう立て続けに行動すると、尻尾を掴まれて潰されかねないので、基本的には身を潜めている、というのがセバスチャンの考えだった。

 まあ何か行動するにせよ、今は俺の成人祝いを心の底から楽しもうと思った。



 俺達がイタロスの屋敷に到着した翌日、ロマ家の馬車が屋敷の前に到着した。エルトリアが来たと喜んでいた俺だったが、彼女よりも先にシモン・ロマが馬車から姿を見せたので、俺は悲しい気分になった。

 シモンに手を引かれて馬車から降りてくるエルトリア。俺が十五なら、彼女は十六だろうか。美しさに一層磨きがかかっていた。

 僅か一年。されど一年。

 彼女をさらに美しくした男が俺ではないという事実は、どうしようもなく腹立たしい。しかしこの感情は、望んだものが手に入らないことに対する嫉妬というよりも、物語の中の英雄を羨むような、少し身体から遠い感情だった。

「成人おめでとう、ルシウス」

 エルトリアが俺の手を握りながら言った。俺は「ありがとう」と答えながら、無意識に彼女の手を握り返していた。彼女は驚きもせず、くすくすと笑った。

「一年で、私よりも大きくなったわね」

 言われてみたらそうだ。

 思い返してみれば、出会った頃はエルトリアの方が少し高いぐらいであったろうが、今は俺の目線の高さに彼女の頭頂があった。

「おめでとう、ルシウス君」

 俺よりも高い位置から声が降ってきた。

 ギリシャ彫刻の様な美形の男が、俺に握手を求めていた。

 シモン・ロマ。彼はロン、レンと同い年の十八歳にも関わらず、十六の内に魔法学園を卒業した大天才だ。

 彼の研究は、魔法学園のことを調べるうちに直ぐに見つかった。彼の研究は、金に関すること。まさしく「錬金術」に関する話であった。

 まず、黒い毛並みの雌のサルに対し、徹底的に「金」という金属について知覚させた。見たり、触ったり、叩いたり、食べさせたりさせた。次に鏡に映る自己を特定できるようにした後、サルの餌にサルにわかるように金を少量加えた。それと同時に水魔法を用いて、サルが鏡に映る自己像が少しずつ金色に変化していくように錯覚させる催眠術を施した。そして、サルを交配させて子供を産ませた。

 この時生まれたサルの子供は、金色の毛並みになったのだ。

 三十頭を超える雌猿で実験を行い、子供が金色になった確率は九割。そしてその中の一割は、以上に体重が重い金色のサルが生まれたのだ。

 その原因はずばり、身体の組成に多くの金が含まれていた為だ。

 シモン・ロマはこの実験を、レベルアップ理論の検証として考え出した。すなわち、「~になりたい」という無意識の働きにより、肉体がその方向へ向けて変化していくのではないか、というのがレベルアップ理論の実態なのではないかと彼は提唱するのだ。

 この実験には多くの問題が付き纏ったが、学園長はこの功績をもってシモン・ロマの卒業を認めたのだ。

 何よりもやばいのは、俺の推測通りならば、シモン・ロマは最初、この実験を人間で行おうとしていた可能性があるということだ。

 天才ゆえの異常性というやつなのだろうか。そもそもこんな実験を発想をしたこと自体が非常識的である。

 しかし俺は、彼への警戒を面に出さないように、名残惜しかったがエルトリアの手から己の手を放して、シモンの手を握った。

「ありがとうございます」

「結婚式では話す機会が無かった。これを機会に君と親しくできたら嬉しいよ」

「はい、ぜひ」

 シモンは柔和は笑みを浮かべていたが、この仮面の裏は一体何で出来ているかかと思うと、俺は少しだけ恐ろしくなった。

 しかし、彼の素行に問題があったという情報は無い。それに、レンから聞いた話によると、スティヴァレ伯爵家とモンス公爵家との縁談を積極的に進めたのは、このシモン自身であるということだ。

 俺はこの機会に、可能ならばシモン・ロマという人間を見極めてみたいと思っていた。


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