五十五 学生、気付かなかった
授業後、俺とナオミは出来るだけ人に話を聞かれそうにない学生寮の裏に移動した。一応ここは恋人たちの秘め事が行われる場所に指定されてはいないので、仮にばれても変に勘繰られることは無いだろう。しかしロンにだけは見つかりたくない、というのが俺の正直な心情であった。
移動しながら、俺は必死に心を落ち着けようとしていた。二から順番に素数を心の中で唱えて言ったり、寿限無を呟いたりして出来るだけ心を無にしようとした。
その甲斐あってか、学生寮の裏に着く頃までには声を上擦らせずに話すことが出来るようになっていた。
「一応聞いておくけど、日本人だったの?」
俺は出来る限り動揺を面に出さないように努めながら言った。しかし内心は混乱の渦中におり、服の下では汗がひどい有様になっていた。
「うん。前世は日本人だったよ」
はあ、ふんふん。日本人ね。そっかそっか。
──────ってなるかい!
どういうことだよ! 伏線仕事しろよ! 全く気付かなかったよ! ・・・・・・え? 何だって? 名前が伏線? 薄いわ! もっと張り巡らせろよ! それにナオミって名前は聖書にも出てくるような外国人風の名前だろうが!
一人のりツッコミをしていると、少しだけ動揺が収まって来た。
「ナオミは、いつから俺が転生者だと気付いたんだ?」
「・・・・・・思い返してみれば、最初から違和感があったの」
まじかよ。最初からですかい。
「私って見るからに平民だってわかるみたいだから、大抵の貴族はレン君みたいに絶対に関わろうとしないか、始めの頃のロン君みたいに少し揶揄ってやろうって態度で接してくるの」
確かに、どこからどう見ても女子高生にしか見えなかった。きっと他の貴族たちには平民の纏うオーラの様に感じられていたことだろう。
「でも、ルシウス君は違った。本当に、普通に接してくれたから。・・・・・・その、嬉しかったんだけど、少しだけ違和感があって」
普通。普通ねえ。いきなり木の上から降ってくる男が普通なのか? いや、出会いは置いておいて。
「ロン君なんか、私が魔法を暴発させているのを見て、「お前、魔法の制御もまともに出来ないのか」って何度も揶揄ってきたんだよ。ひどくない? それで、私が遂にぶちぎれて反抗したら、ロン君やけに喜んじゃって、「お前、面白いやつだな」とか言い出しちゃって」
ああ~それはですね、乙女ゲームのイケメン独自の謎ムーブなんですよ。「お前、面白いやつだな」って言わないと恋愛できない病気にかかってるんです。はい。それに比べたら確かにすごく普通ですよね。わかります。
「次に違和感を覚えたのは、最初に一緒に受けた魔道具作製の授業の時。この世界の貴族って、ナンパな人は呼吸をするように女性を口説こうとするのが当たり前なのに、ルシウス君は「そんなに男に言い寄られてんのか!?」みたいな、こう、前世の普通の人みたいな反応していたから、その辺りで普通の貴族じゃないって確信をもって」
あれ~、俺そんな反応してたかな。いや、してないよ、してない。そんなことしてたらフラグが立ってるって。
「最後は、ルシウス君が私とロン君を観察していることに気付いた時。何と言うか、明らかに恋愛のそれじゃなくて、こう、実験動物を見詰めるような、生物の実験でオオカナダモを観察する感じっていうのかな。・・・・・・この例え変だよね」
「いや、すごくよくわかるよ」
「本当? よかった」
オオカナダモ。オオカナダモか。懐かしいな。
「・・・・・・だから、もしかしたらって思って。・・・・・・やっぱりそうだった」
やばい。この子俺より探偵の才能あるわ。どう? 今から天網に加入しないかい?
しかし、これだけ頭が回転して鈍感キャラっていうのもあまりに漫画チックになるよなあ。え、じゃあやっぱり、天然キャラは演技だったのか?
「嬉しい。私以外の転生者に会えたのは初めてなの。やっぱり、名前を日本人のものにしていたから、私が転生者だってわかったの?」
「・・・・・・まあね」
いいえ、全く気付きませんでした。
「・・・・・・あのね、私、これからルシウス君ともっと話がしたいの。前世の話。・・・・・・駄目、かな?」
正直断りたかった。しかし、断りたくもなかった。
ロンとの間に起こるであろういざこざのことを考えると、レンの忠告通りナオミとは関わらないのが最善の選択肢だ。しかし、ナオミにとって俺が最初に遭遇した転生者であるというように、俺にとってもナオミはこの異世界で初めて出会った同郷のよしみなのだ。およそ十四年この世界で暮らしても、忘れることが出来ない日本での思い出。正直、語り合いたい、というのが本音なのだ。
「・・・・・・ロムルス様に見つからない方向でなら検討します」
「本当!? ありがとう!」
ナオミの眩しい笑顔が、ロンのことで熔解しかかっている俺の胃の痛みを少しだけ和らげてくれた。




