五十四 学生、気付く
俺の学園生活は、極めて自由時間の多いものとなっていた。それもそのはず、俺は魔道具作製の授業しか取っていなかったからだ。
試しに魔法基礎理論の授業に潜ってみたのだが、神父の講義の方が何倍もわかりやすく、何より魔法学園の授業の進度が圧倒的に遅かった。故に俺は学生の本文を忘れ、諜報員としても本文を全うすることにした。
ロンとナオミが共に受ける授業に必ず潜り込んで二人の動向に目を配り、そして別れて授業を受ける場合、それぞれの授業に交互に出席をしてその様子を窺った。
マリアに協力してもらうことも考えたが、彼女は俺が天網に入ったことを知らないので、組織のことがバレる危険性を考慮して、結局頼まないことにした。
結論から言ってしまえば、二人はあまり一緒になって行動しなかった。
ロンは決まった学生たちと常に固まって行動していたのに対し、ナオミは様々な生徒に積極的に話しかけて関りを持っていた。その人間関係の多さと、貴族特有の華のある行動が相まって、ナオミの周囲ではことあるごとに胸きゅんな状況が訪れていた。しかし彼女の鈍感さに加え、関わる貴族自身にヒロインを落としてやろうという意志が見られないので、ナオミと彼らの関係が友人以上に進展する気配は見えなかった。
とはいえ、俺はそう言った乙女ゲームの攻略対照的行動をほとんど見せないロンに対し少し同情心を感じていた。わかるよ、好きな人にどう接すればいいのかわかんないよな。俺はその相手が姉だったからなおさらだ。
それにロンは貴族なので、俺には見えない政治的な糸が彼の行動に絡んでいるのかもしれないが、それにしてもロンとナオミが関わる場面というのはごくたまにしか訪れなかった。正直、単純な時間の長さで言うなら、俺とナオミが魔道具作製の授業を一緒に受けている時間の方が長いくらいだ。
まあ、関係の深さというものは時間の長さだけで測れるものではない。さらに、俺はレンの忠告をもらってからというもの、ナオミとの関りを出来るだけ淡白なものにするように努めているから、積極的に仲を深めようという意志が透けて見えてしまうロンと比べてしまえば、俺とナオミの関りなど廊下ですれ違った時に軽く会釈をするようなものだ。
ちなみに、挨拶をするだけで人間関係を深めることが出来ないのは前世で証明済みなのだ。
しかし、ロンの中学生の様な恋愛行動を見ていると、直接決意を聞かされているレンならともかく、マリアの故郷を訪れていた商人が噂をするほど大げさな事柄には見えてこない。
まあ人間という生き物は噂話が好きだから、ロンの恋心を敏感に感じ取った誰かが面白可笑しくはなしていたら、いつ間にか商人にまで噂が聞こえてきてしまった、ということなのだろうか。
ところがどっこい。昼休みになった途端、ロンは狼さんになってしまったよ。「よくできた」「どれどれ」「うーん、ここはね」など、一緒に勉強をしていたらそりゃ出てくるだろうという発言と共に、必ずと言っていいほどのボディタッチ。某野球漫画の歌が聞こえてくる気がするほどのタッチの嵐だ。
こいつはキャバクラに通うお触りおじさんと大差ないんじゃないの。そんなことを考えつつも、イケメンは全てを許される、という世の真理はけして俺の頭を離れることがなかった。
そしてしばらく気付かなかったのだが、恋人たちの蜜月地点を覗き見している人間は俺だけではなかったのだ。あら恐ろしい。
ある者は使役魔法と感覚共有魔法を使って動物の目を使って覗き、またある者は望遠鏡
の様な道具を使って覗き、そのまたある者は、近くの茂みや木に隠れて覗いていた。勿論最後の人物は俺だ。
ある意味、彼ら、いや、俺らはゴシップ記者の様な立場なのだろう。人目を無いと途端に態度が変わる貴族が居たら、そりゃ積極的に面白そうな噂を流しますわ。当然商人の許にまで届いてしまうだろう。
そんな周りの期待を他所に、ナオミはロンとの関係にどこか一線を引いているように思われた。彼女は絶えず立ち位置や自身の仕草を調整していたのだ。始めは全く気付かずにいたが、木の上から直ぐ近くで確認していると、ボディタッチの時にけして肩以外を触らせないように体をずらしていたり、問題がわからないのにわかっているふりをしてロンに付け入る隙を与えないようにしていたりするのが、段々とわかってしまうのだった。
それは鈍感、という印象とはどこか一線を画する行為の様に思われた。むしろ、他者の気持ちに敏感でいるからこそ、鈍感を貫き通せるように状況を操作していると見るべきなのだろうか。
平民である彼女は学園に入り、今まで経験してこなかったであろう複雑な権力の網目の中に入って早二年。例え始めは本当に鈍感であったのだとしても、いずれ微妙なパワーバランスを敏感に感じ取れるようになってもおかしくない。というよりもむしろ、彼女は初めから人の機微に敏感であったのではなかろうか。
俺はその日の午後の魔道具作製の授業で、その疑念をますます強めることになった。
「私のこと、避けてる?」
少し露骨になりかけていたとはいえ、彼女が尋ねてくるのは想定外だった。それは、関係の深化を避けている相手に対してその事実確認をするという行為は、関係の深化を望んでいることを訴えるか、鈍感であったが気付いてしまい戸惑っている場合の二パターンが多いのだが、彼女はこれまで俺が関係の深化を避けていることに一切気付いた素振りを見せていなかったのだ。これは段々と気付いたという可能性を否定することになり、ある時ふと気付いたのか、最初から気付いていたのかの二択を強調する結果となる。どちらの場合にしても、彼女の善人たる性格上、俺の関係の深化を避けたい意思を優先してくれると思っていたのだ。けれどもそうしなかったということは、ナオミは俺との関係の深化を望んでいるということである。
まあ難しいことをごちゃごちゃ述べずに簡潔にまとめれば、ナオミちゃん俺っちのこと好きなんじゃないっすか? ということだ。
なまじ自分の一目惚れの経験が強烈過ぎる為にその可能性を否定できない。
「そんなに露骨だった?」
鎌をかけてみた。
「ずっと気にはなっていたんだけどね」
間違いない。彼女は初めから俺の避ける行為に気付いていた。ということはずっと気になっていて、とうとう我慢できなくなったってことだ。俺への思いがあふれてしまったってことだ。
「私のことを避けるってことは、ルシウス君は気付いているんだよね」
ああ気付いているとも。だがすまない。俺は君の気持には答えられない。
「私も、転生者だってことに」
あれ? まじですかい?




