五十二 学生、ヒロインと授業を受ける
「俺の名前はルシウス・イタロスです」
「ふざけたことを言うな。俺に貴様の様な兄弟はいない」
ロンは冷徹な眼差しを俺に浴びせた。俺が兄弟であることを覚えているという可能性は完全に消え、その上養子に入ったという情報すらも把握してないときた。
「お父上から連絡は受けていませんか?」
「知らん。そんなことよりお前、何故ここに居る?」
「あの、彼が木の上で眠っているのを私が起こしちゃって」
「ナオミ。こんな所の木で眠っているやつは、恋人たちの秘め事を覗く不届きな輩と相場が決まっているのだ」
間違ったことを言っていないから否定することが出来ない。しかし、俺はここで、状況を打破する一手を思いつく。
「俺は昨日この魔法学園に到着したのであまり知らないのですが、もしかしてここはカップルたちと憩いの場、ということなんでしょうか。すると、ぶしつけな質問になってしまいますが、お二人は恋人同士なのですか?」
ごまかしに加えて核心を突く質問を自然に聞き出すことが出来るこの返答。前世では会議の開始三十分前に資料を渡されて「これ発表して」と上司に命令された時にてんてこ舞いになっていたというのに。転生してから咄嗟の事態への対応を迫られることが多かったのが、きっと今に生きているのだろう。
「ああ、もちろん」
「もちろん違いますよ」
明らかに肯定の発言をしようとしていたロンの言葉を上手く引き継ぐ形で、ナオミが否定の発言をした。この行為だけで、二人の関係性が大方明らかになってしまったような気がする。
ロンは悲しそうな顔をしてナオミを見つめるが、彼女がそれに気づく様子はない。
「私が勉強苦手だから、ロン君に教えてもらっているんです。ここは人が来ないからってロン君が教えてくれて。・・・・・・カップルたちがよく訪れているって話は聞いていますけど、私達はそういう関係ではないので」
少し照れ顔でナオミは言った。カップルたちがよく訪れている所によく訪れている男女二人組は普通カップルとして見られるんですよ。貴方外堀埋められていますよ。
チョロインっぽく見えたが鈍感設定があったのね、このヒロイン様は。こりゃ話がややこしそうだ。
「そうだったんですか。どうやら私の思い違いだったようですね」
ロンが恨みがましく俺を睨む。これはそろそろ退散した方が良いだろう。
「それでは、勉強の邪魔になってしまいますので、俺はこれで」
そう言って立ち去ろうとした俺を、ナオミが引き留めた。
「昨日学園に到着したんですよね。良かったら、学園を案内しましょうか?」
少女の瞳からは純粋な親切心しか感じなかった。前世にこれほどおっさんに対し優しい女子高生など果たしていただろうか。──────そういや俺は今、年下なんだったっけ。
いずれにせよ、これ以上ロンの不興を買うと俺の命が危うい。
「是非、と言いたい所ですが、俺の趣味は探検でして。まずは一人で見て回りたいのですよ」
それでは。そう言い残して、俺はさっさとその場を離れた。あれ以上あの場に居たら、間違いなくナオミの後ろから魔法が飛んできてたね。
午後の魔道具作製の授業。教室を訪れると、俺以外誰もいなかったので驚いた。不人気と訊いていたがここまでとは。折角なので一番前に座った。
授業開始直前に、誰かが教室の中に入って来た。教師だろうか、と思いよく見てみると、ナオミであった。彼女は俺の存在に気付くと、他にも空いている席がたくさんあるのにも関わらず、わざわざ俺の隣に座った。
「良かった。知り合いが誰もこの授業を取っていなくって。心細かったんですよ」
何やってんだよロン。外堀埋めるならこういう状況をもっと活かすんだよ。そんな思いはおくびにも出さず、俺は営業スマイルでナオミに話しかけた。
「魔道具作製の授業は不人気だと聞いていたんですが。ここまでとは思いませんでしたよ」
発言に合わせるかのように、タイミングよく授業開始の鐘が鳴った。教室には俺とナオミの二人しかいなかった。
「貴族の人たちは自分の能力を高めることが最優先ですからね。でも、私にとって魔道具は、村を守ってくれている魔除けの石だったり、夜に灯りを生み出す魔道具だったりと、とても身近なものなんです。・・・・・・あ、灯りを生む魔道具は貴族の人たちも使っていますよね。でも、だから、魔道具の勉強をいっぱいすれば、村のみんながもっと豊かな生活が出来るかなって思うんです」
この子めちゃくちゃいい子じゃないか。ロンを誑かしてるんじゃないのかとか実は思ってたよごめんね。
しばらくして教師が入って来て、教室に生徒が二人もいることに一瞬目を丸くした後、授業を開始した。
授業後、ナオミから会話を通して情報を聞き出していくうちに、俺は一つの確信を得る。それは、ナオミがまさに乙女ゲームのヒロインの様な状況に居る、ということだ。
ロン以外にも彼女に接近していると目される男子が何人もいるようなのだ。彼女の会話で彼氏の様な振る舞いをしている男の名前がコロコロ変わっていく度に、目の前にいるいかにも純朴そうな少女が、実は魔性の女なのかもしれない、という疑いを何度も抱いてしまった。
果たして、これはナオミにまつわる全ての人間関係を調査するべきなのだろうか。しかし、セバスチャンに与えられた任務としてはロンとナオミの関係さえ調べればよいことになっている。
俺が頭を悩ませながらナオミと廊下を歩いていると、ばったり友人達を連れだって歩いている。ロンと遭遇してしまった。あ、やばい。
ロンは驚いた様子で俺達を見ると、俺を手招きして小声で尋ねてきた。
「おい貴様、状況を説明しろ」
ああ、レンの方だったか。魔道具作製の授業をお互い取っていて、という説明をすると、レンが頭を抱えだした。
「放課後、俺の部屋に来い」
そう言って、レンは自身の部屋の番号を俺に教えてくれた。
じゃあ後で、と言って立ち去っていくレンの後姿を見て、俺は嬉しさのあまり思わず涙ぐんでしまい、その様子を見たナオミが心配そうにハンカチを差し出してくれた。
大丈夫、とそれを手で制した俺は、軽く状況を説明する。
「レムス様は俺に優しくしてくれて、つい感極まってね」
「ロン君はあんな態度だったしね」
俺に同情してくれる少女の様子を見て、本当に心根が優しいんだなあ、と心の中で感心していた。




