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五十一 学生、ヒロインに出会う

 よくよくこれからの自分の行動を鑑みると、兄の恋愛をひたすら調べて回るというのだから、面白いんだか罪深いんだか良くわからない事態である。

 夕食を食べに食堂に行き、そこで友人と食事をしていたレンに何げなく声を掛けると、彼は友人からわざわざ離れて俺に詰め寄って来た。

「おい貴様。何故ここに居る?」

 人目を憚る声のレンを、俺はまあまあと手で制した。

「俺も魔法学園に通うことになりまして」

「僕はそんなこと一言も聞いていないぞ」

「俺もつい先ほど初めて聞きました」

 俺の表情から何かを悟ったのか、レンは少し同情するような表情を見せた。

「・・・・・・もしかして貴様、学園長に会ったのか?」

「はい。会いましたよ」

「そうか。あの人はサプライズ好きだからな。どうせ授業見学となっていたのを、無理矢理変更したのだろう。全く、僕も困らされたものだよ」

「レムス様も苦労されたのですね」

「ああ。リアの夫となった、シモン・ロマはわかるな? 学園長は彼が僕の義兄に当たることになると知るや否や、僕とシモンが同じ講座を受講していたら必ず隣の席になるように何かしらの働きかけをしていたんだ。講義なのに指定した生徒をペアにして議論させたり、次週の授業でもないのに魔法実技の成績順で並ばせられたり。

 ・・・・・・おかげで普通に友人と呼べるような仲になってしまったよ」

 それは良かったじゃないですか。そう言おうとして、気付いてしまった。友人が妹と結婚して義兄になるという気まずさに。赤の他人であったなら義兄として普通に接することが出来たであろうに、始めは友達であったとなると、友人が妹の夫となるのを祝わなければならない結婚式になってしまうのだ。

「まあ、そう言ったサプライズが悪い方向に転がるということはそうそうないから、ちょっとした悪戯だと思えば問題はあるまい。せいぜい有意義な学園生活を送るのだな。もし貴様の手にあまる事態が起きれば、僕が慈悲を与えてやってもいい。

・・・・・・あと、ロムルスという貴様のもう一人の兄に当たる男がこの学園に通っている。あいつは僕と同じ顔だから直ぐに分かるだろうが、出来るだけ関わるのではないぞ。長らく生活を共にしてはきたが、もはやあいつが何を考えているのか僕にはまるでわからん」

 きっと、ロムルスが乙女ゲームの攻略対象の様な行動をしていることを言っているのだろう。ごめんレン。俺はこれから正にそのことについて調査しなくてはならないんだ。

 俺はレンに礼を言ってその場を離れようと思ったが、彼に勧められ、結局レンとその友人たちと一緒に食事をすることになった。



 魔法学園は成人後の十五歳から通うことが出来る魔法に関する制服指定の大学の様な教育機関だ。一般的には五年間通って卒業できるが、それ以前に自由なタイミングで学校を辞めることが出来るそうだ。ただし卒業をすると国の中枢で魔法に関する職種にほぼ確実に就けるという特権もある。

 男子に関しては五年間通う生徒が多い傾向にあるが、女子に関してはたいてい十五歳で結婚する為、そもそも通う貴族が少ない。また在学中に結婚が決まり学校を去っていくというパターンもあるらしい。よって、学内は必然的に男女の比率が男子に偏っているのだ。

 そんな去年まで男子校で今年から共学になりました、という様な状態が毎年のように続いている魔法学園であるが、ここに通う女生徒は校内で結婚相手を見付けるということも少ないがあり、二人で一緒に学園を卒業すると生涯一緒に居られるという噂まで立つ始末だ。

 そして何より、一般入学枠、というものがある。魔法に関して優れた能力を持つ平民が試験を経て学園に入学できるというものである。そしてこの一般入学枠、何故かほぼ全員女子なのである。家は男子に継がせ、女子には玉の輿を狙わせる、ということなのだろう。少なくとも、今年入学したはずのナオミという少女は、俺の兄とかなりいい仲になっているのは間違いない。

 他にも貴族同士の派閥争いの話などレンから聞いた話を総合して一言いうならば、学園の女子は逆ハーレム状態に必然的に陥る、ということだ。そして纏わりつく虫男子達を払いのけて本命男子と逢引する為の秘密の花園となるスポットが学園内にいくつか存在していることをマリアに調べてもらい、俺は現在その地点を虱潰しに当たっていた。

 頻繁に逢引が行われるのは恐らく昼の時間帯だろう。というのも前世の学校の同じく昼食時には全生徒授業が無く、恋人と二人きりで飯を食べるには食堂以外を利用しなくてはならないからだ。というか、前世の大学のリア充の友人は、一週間の昼休みで計七人の女生徒と食事をしていたから、そういう意味でも昼に会うに違いないと俺は確信している。

 まあもちろん予想が外れることもある。しかし、これで上手く行かなければ、部屋に潜入したり受ける授業の時間割を調べたりする必要が出てくるので、出来ればそう言った犯罪まがいの行為は後回しにしたい俺としては、ここでどうしても逢瀬の現場を押さえたいという思いがあるのだ。

 いやしかし、彼らは成人済みで且つ年齢的には高校生だ。溢れるリビドーを真昼間から解放する可能性も十分に存在しており、もしそう言った現場に遭遇してしまった場合、前世で三十歳の誕生日に魔法使いとなった俺にはとても耐えられるものではないだろう。

 どうか清い関係であってください。

 木の枝の影の中で一人祈っていると、やがて俺が見張っている地点に一人の女子高生がやって来た。・・・・・・失礼。女子学生がやって来た。

─────いや待て。一瞬どころか普通にJKにしか見えないぞあの少女。ファンタジーどこ行ったんだこの世界?

 服装は学校指定の制服を着ているが、オーラというか、雰囲気というか、そういうものが貴族でも平民でもなく、庶民というか、市民というか、端的に言えば女子高生である。

 おかしい。俺は前世で女子高生にはあはあ言っていたおっさんではなかったはずなのに。何故だ。何故あの少女が女子高生だと思ってしまったのだ。

 認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従うってカントさんが言っていたはずなのに。俺の中でコペルニクス的逆転回が起こってしまっている。

 混乱している俺が潜んでいる木の下で、周囲をきょろきょろと見回した女子高生は、何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。

 女子高生が魔法を使おうとしていることに俺が気付いた時にはもう、彼女の前にバスケットボールほどの大きさがある水球が生成されていた。その水球は球体の形から絶えずウニの様に変形を続けて、やがて破裂音と共に爆発して周囲に水を弾丸の様に飛ばした。

 何故か水球のすぐそばにいた女子高生は無傷であるのに対し、彼女のそばに生えていた気は水の弾丸によって枝を損傷した。俺は弾丸を全て避けることには成功したが、落下する枝の道連れとなってしまい重力に抗う術は無かった。

 突如空から降ってきた俺に対し、女子高生は驚きの声を上げた。木の横で不安定な魔法をいきなり発動したことの方が驚きだわ、という言葉を飲み込みつつ、俺は何と声を掛けたものかと少しだけ思案した。

「・・・・・・失礼。木の上で寝ていたもので」

「──────あの、大丈夫ですか? 怪我とかしていませんか?」

 女子高生は俺の許に駆け寄り、心配そうに俺の体を観察した。

「大丈夫ですよ。怪我はしていませんから」

「本当にごめんなさい。あの、私魔法が下手で、その、ごめんなさい」

 少女はへこへこと何度も頭を下げた。貴族ならこうはいかない。例え自分の火を認めても、頑として頭を下げたりはしないだろう。・・・・・・まあ、あくまでもレンの場合だが。

 ともかく、直感を考慮しても、恐らく彼女は平民なのだろう。

「気にしないでください。それに、俺達は魔法を研鑽する為にこの学園に来ているのですから、出来ない事があって当然ですよ」

「・・・・・・ありがとうございます」

 そう言って、少女はほろりと涙をこぼした。何事かと思って慌ててしまう俺に、「大丈夫です」と少女は言った。

「そんな優しい言葉、掛けてもらったのは初めてで・・・・・・。本当に、ありがとうございます」

 きっと平民だから、やや差別的な扱いを受けているのだろう。そう思うと、少し彼女に同情する。俺も魔力が無いことを知られてしまったら、周囲から差別を受けてしまうかもしれないからだ。

「同じ学び舎で研鑽しあう仲なのですから、互いを励ましあうのは当然ですよ」

「・・・・・・そっか。そうですよね。あの、私なんかでよければ、その、これからもお互いに励ましあっていけると、すごく嬉しいです」

「はい。これからもそうしていけたらいいですね」

 敢えて濁したのは、彼女の言動が、俺の危機感センサーに引っ掛かったからだ。というのも、目の前の少女は、普通の女子高生に見えて、平民で、つい手を差し伸べたくなってしまうような人であるのだ。

「──────あっ、私ったら、自己紹介もまだでしたね。私、ナオミって言います。平民なので苗字がなくて。だから、ただのナオミです」

「・・・・・・ルシウス・イタロスです」

 予想通り、彼女は「ヒロイン」だった。

「えっ? イタロスってもしかして・・・・・・」

 驚く少女の後方で、颯爽と駆け寄ってくる男の影が揺らめいていた。

「お前は誰だ!」

 見た目はレンだ。だけど、恐らく中身は違う。

「ロン君?」

 男の声に反応して少女は振り返った。彼女の呼んだ名前から理解した。乙女ゲームの「ヒロイン」がいるならば、「攻略対象」もいるに決まっているのだ。

 ロムルス・イタロス。俺は実の兄と、十数年ぶりに再会を果たした。


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