四十六 貴族の子、神父の秘密を知る
教会の前に着いたデクは、扉を開くことに少し躊躇しているような様子であった。
「教会に用があったんじゃないんですか?」
「それはそうなんだが・・・・・・」
デクが気まずそうに扉を開くと、中には掃除をしている神父の姿があった。神父はデクを見るなり、嬉しそうな表情をする。
「これはこれは。懐かしい顔じゃないか」
「・・・・・・お久しぶりです、先生」
先生? デク、今先生と言ったのか?
「本当に久しぶりだね。積もる話をしたい所だが、私の教え子が二人そろって訪ねてくるとは、きっと只事ではないのだろうね」
すると、デクが俺の方を向いて驚きの声を上げる。
「ラック。お前、先生の生徒だったのか? その年で? もしかして見た目が若いだけ?」
なるほど。デクは神父が魔法学園の教師をしていた頃の生徒だったのか。
「いえ、俺は家庭教師として神父様をうちに招いたんです」
「ああ、お前貴族だったんだっけ?」
「まあ一応。・・・・・・この話は置いといて、早く本題に入りませんか?」
「まあそうだな。早速だけどラック。先生にお前が知っている情報を全て伝えてくれねえか」
俺がかくかくしかじかと神父に話すと、彼はなるほどと呟いた。
「こちらに入ってきている情報とほとんど合致している」
「・・・・・・は?」
「ラック。すまないが、町長の所にいるサマリノ家の長男をここに呼んでくれないか」
「は、はい」
俺は神父の発言に引っ掛かりを覚えたまま、アーカヴィーヴァを呼びに行った。
境界を出て町長の家に向かう途中、大声で名前を呼ばれた。振り向くとそこにマリアが居た。・・・・・・え? 何で?
「坊ちゃん。よくぞご無事で」
マリアが力強く俺を抱きしめてくる。痛い。マリア力強過ぎ。
「マリア。どうしてここに?」
「ハトの届けた手紙を読みました。それで、旦那様にご報告をして諸々の手配をしている間、坊ちゃんのことが心配で心配で、その、仕事が手につかず、奥様に坊ちゃんの許に行っても良いとお許しをいただいたので、来てしまいました。
ですが途中、別荘付近の花畑が消失している事態を確認してしまい、その報告の為に引き返して、こちらに来るのが遅くなってしまいました」
「それで・・・・・・、結婚式の方はどうなるんだ?」
「旦那様は結婚式を予定通り執り行うと言っておられました」
「・・・・・・そっか」
俺は用事があることをマリアに説明した後、彼女と一緒にアーカヴィーヴァの許へ向かった。
結局、結婚式はやるのか。俺は嬉しいような、悲しいような、何とも言えない気持ちになった。家に戻る頃には、純粋にエルトリアを祝福することが出来るだろうか。
町長の屋敷に入り、俺とマリアは貴族の待つ部屋へと入った。アーカヴィーヴァは、一人、部屋の隅で蹲っていた。
手足を伸ばして寝転がってもまだ余裕がある様な広い部屋の隅で、彼は出来る限り小さくなるように、まるで自身の存在を消そうとするかのように、膝を抱えていた。
彼は夜の間に、一体何を考えたのだろうか。俺なら、俺が彼なら何を考えただろう。
俺が彼なら、エルトリアのことを考えただろう。結婚式が直前で中止になってしまう彼女のことを考えただろう。自分のせいで、自身の晴れ舞台を台無しにされた少女の悲しみを考えるだろう。
そうして、その小さな罪悪感を、孤独と、後悔と、時間が、少しずつ、少しずつ大きくしていくのだ。
そうしてその思いが、やがて己の首に自らの手を掛けることとなる。
そこまで考えて、俺は出来るだけ平生の声で、アーカヴィーヴァに声を掛けた。
「アーカヴィーヴァ。俺に付いて来てくれないか?」
彼は僅かに顔を上げ、俺の姿を確認した。
「・・・・・・イタロス家かロマ家の使いが俺を捉えに来たのか? まあいい。俺を裁いてくれるなら誰でもいい」
彼は力なく立ち上がった。まっすぐ歩けはするが、その視線は常に地へと刺さっていた。
下を向いて歩くアーカヴィーヴァを引き連れて教会へと戻ると、彼は心底驚いた顔をした。
「どうして教会へ?」
俺も答えられるようなことは何も知らない。神父は一体何を知っているというんだ。
俺がアーカヴィーヴァを連れて教会に入ると、神父が俺とマリアに外に出ておくように言った。デクも教会の外に出て、神父とアーカヴィーヴァを残したまま扉は閉められた。
「これから一体をするんですか?」
デクにそう尋ねると、彼は少し躊躇いつつ、マリアをじっと見つめた。マリアは何かを察したのか、教会から離れていった。
本当に一体、何が起こるというのだろうか。
「これから、あのお坊ちゃんの記憶を消す」
「・・・・・・は? 記憶を」
「もっと声を潜めろ。記憶の操作に関する魔法は、禁忌とされるものの一つなんだ」
「そんな話聞いたことも無いですよ。というか、何で記憶を消すんですか?」
何が何だかさっぱりわからなかった。
「禁忌に関する魔法は誰も知り得ないから禁忌なんだ。まあいい。本題はそこじゃねえ。今言えることは、このままあのお坊ちゃんが事件を起こしたという記憶が残れば、今回の事件はただのドラゴンが起こした自然災害になるってこった」
「別荘の放火はどうなるんですか?」
「ドラゴンが燃やしてくれれば万々歳。そうでなくても、もみ消すさ。そうすりゃ、今回の騒動で発生する問題は無かったことになる」
「無かったことって。実際、イタロス家の財産は消失しているんですよ」
「結納金の心配ならいらん。国が秘密裏に補填してくれる」
「さっきから何言って」
「それ以上は中で話せ」
教会の扉が開き、中から神父がデクに声を掛けた。
「もう入っていいぞ」
神父に案内されるまま、俺とデクは教会の中へと入る。
そこには、非常に晴れ晴れとした顔のアーカヴィーヴァが居た。全ての罪から解放されたような、──────否、全ての罪が存在していないかのような、そんな顔をしていた。
本当に記憶を消されたのか。
心の底から神と神父に感謝を示して、アーカヴィーヴァは教会から出て行った。
「さて、どこから話したものか」
神父の呟きに、俺は彼の方を向く。俺は何もわかっていない。ありとあらゆることから置いていかれてしまっている。彼が何を話そうとしているのか、俺はその見当すらついていなかった。
「ラック。私と彼は、とある諜報機関に所属しているのだ。その機関の名は、
───────天網。
もしかしたら、噂程度には聞いたことがあるかもしれないな」
どんな小さな悪の芽も摘み取る闇の組織。ことわざ、天網恢恢疎にして漏らさず、から名付けたと思われる組織名。
その組織の構成員は、ずっと、俺のすぐそばにいたのだ。




