四十五 貴族の子、町へ戻る
小休止を終え歩き始めた頃には、エイブと老爺は自力で歩けるようになっていた。しかし顔に精気が宿っているのはメイドだけであった。彼女は道中場を和ませようと何かと話しかけてくれたが、俺は適当な相槌を打つのが精いっぱいであった。
気付くと雨が降り出した。エイブが魔法で生み出したような局所的なものではなく、広範囲に降った。恐らく自然現象だろう。火災で生まれた上昇気流が雲を作り、雨を降らせたのだ。
俺達は近くの大きな木の下に避難して雨をやり過ごした。やがて夜を照らしていた赤が消え、雲に覆われた空からは一筋の光も差さず、隣に誰がいるのかも把握することが出来なかった。
ふと、何かが大気を、大地を震わせた。それが竜の咆哮であることに気付いたのは、彼のものの羽ばたきが雨雲を蹴散らし、月の光を地上に降り注がせた時であった。気紛れなる破壊者が光届かぬ地上の世界から飛び立ち、満天の星と月の輝きに溢れた空の世界へと消えていく様を見て、思わず誰かが呟いた。
「───────きれい」
俺であったかもしれないし、メイドであったかもしれない。もしかしたらエイブや、老爺であったのかもしれない。でも、それが誰であるかは、問題でなかった。その光景を見た誰もが、きっと同じ感想を抱くだろうからだ。
神々しい、という言葉は、こんな時に使うのだろう。俺の中にあった、悪党たちがドラゴンを操ったのではないか、という疑念は、とうに消え去っていた。
誰から言い出したわけでもないが、これ以上移動することも無く皆眠りについた。
朝の気配を感じ、俺は目を覚ました。雨は既に上がっており、森から煙が上がっている様子も無い。
四人で町の方へと歩き出すと、程なくして道の向こう側にこちらに近付いて来る影を捉えた。デクであった。
彼はウマを飛ばし、とても急いでいる様子だった。俺達を見付けると慌ててそばに駆け寄ってくる。
「ラック! 大丈夫か?」
「・・・・・・はい。皆怪我はしていないはずです」
「そうか。・・・・・・なあ、昨日は何があったんだ? 夜の内に行動しようとしたらウマが何かにビビッて動こうとしねえし、森から火の手が上がっていやがった。それに・・・・・・、ドラゴンを見たって噂もあるぜ」
「噂通りですよ。ドラゴンに花畑を焼かれました」
「なっ!? ・・・・・・良く無事だったな」
デクは驚きのあまり表情を歪ませるも、それはわずかな間のことで、直ぐに切り替えて言葉を紡いだ。
「火は吐かれましたけど、それ以上命を狙われることもありませんでしたから」
「いや、普通火を吐かれたら助からねえんだけどな・・・・・・。まあいい、とりあえず町まで移動しよう」
話し合いの結果、老爺をウマに乗せて、町へと向かった。
昼過ぎ頃になってようやく町に着き、俺達はひとまず腹ごしらえをした。しかしまともに飯を食べていたのは俺とデク、そしてメイドの三人だけで、老爺とエイブは未だに心ここに在らず、という様子であった。
食事を取りながら別荘で起きたことをデクに話すと、彼はふむ、と思案を始めた。
「ドラゴンを直接操作する、なんて方法は全く聞いたことがねえが、間接的に操ったって話なら実はいくつかあるんだ」
「そうなんですか!?」
「ああ。ドラゴンは普通の獣と比べたら段違いに賢いし、個体によっちゃ人間よりも頭がいいなんてことはざらにある。でもやつらは好き嫌いが激しくて、好きなもの為なら見えている罠にかかる獣みてえに馬鹿な行動をしだすんだ。例えば、酒好きなドラゴンがわざとらしく置いてある酒を飲んで寝たり、美女を手に入れるために敵軍のど真ん中に降り立ったりとかな。
まあつまり、もし悪党どもがドラゴンを操ったって言うなら、何か見返りを渡す代わりに花畑を燃やしてきてくれ、みたいな取引を持ち掛けた、とかが一番あり得るだろうよ」
「報酬を渡すだけで行動してくれるものなんですか?」
「だけって、なあラックよ。そもそもドラゴンに会うためには、山だったり森の奥だったり、やばい魔物達がそこら辺を普通に歩いているようなところに出向かなきゃならねえんだぞ。
それに例え会えた所で、普通は目と目が合った瞬間に死んじまうよ。あいつらの性格が気紛れだから、極偶に酔狂で話を聞いてくれるかもしれないってだけの話だよ」
「でも、気紛れだからって普通花畑を燃やしにわざわざ飛んできますか?」
「そうなんだよなあ~。あいつらが物を壊したがるのはストレス発散っていう説があって、つまり壊すんならもっと壊し甲斐のあるものだと思うんだが」
「偶然に決まっていますよ」
エイブが突然話に混ざって来た。
「神の真意など僕らにわかるはずがないんです」
「エイブ、だったか? 同じ冒険者として言わせてもらうが、勝てねえ敵に遭うことはこれからいくらでもあるぜ。でもその度に対策を考えれば、少しは生き延びる確率も上がるってもんなんだ」
「あれの前じゃ小細工なんて無意味ですよ」
そう言ってエイブは立ち上がり、どこかへと行ってしまった。いや、俺にはわかる。恐らく彼は森に行ったのだ。一人になる為に。
「ありゃ立ち直るのに時間がかかるタイプだぜ。気楽にしてりゃあいいものを」
そう言ってデクも席を立った。
「どこに行くんですか?」
「ちょっとな。・・・・・・ラックも付いて来るか?」
「はい。じゃあ」
俺がメイドと老爺に視線を向けた途端、デクは俺の肩を掴んだ。
「お前一人できてくれねえか」
「・・・・・・わ、わかりました」
俺はメイドと老爺に何かあったら町長を頼るように伝え、デクの後を追いかけた。彼が向かった先は、何と教会であった。




