百九十六 旅人、尚も悩みは尽きず
結論から言えば、マクマホンという組織は天網によって解体された。ハルに頼んで少年の口の中に入れてもらった霧を頼りに追跡魔法を使うことで、その居場所を割り出すことに成功したのだ。
天網の構成員はエウロペ王国中に溢れており、俺がついぞ関わることなくマクマホンという組織はひっそりと消えていった。
マクマホンを組織していた人物はゴンベエ・ナナシノだった。彼は敬虔なエデン教徒で、熱い信仰心は遂に神の声を聞くにまで至った。そして神の教えに従い、王国中の子供達を助けていたそうだ。
しかし、神は退屈していた。ゴンベエ・ナナシノを通して、集めた子供達を使い面白い演出を凝らそうと考えていたらしい。あまりにも派手で雑なマクマホンの活動に政治的意図が見え隠れしていたのは、全てゴンベエ・ナナシノの力らしい。王都からルーシ領へと至る街道でヴェニアが乗っていると思われていた馬車を魔物に襲わせたのは、街道を封鎖してそこを通ろうとしていた貴族を足止めさせ、重要な会談に遅刻させる腹積もりであったらしい。また、足止めを喰らった貴族に接触を図るためだという調査結果もあったようだ。一方、ロクフイユ商会を襲ったのは飛空船の発表を阻止してその隙に飛空船をこの世から消し去りたかったようだ。空の航路は戦争も発展させてしまうからだそうだ。
ロクフイユ商会の襲撃で目的を果たせなかった為に、一部の構成員が先走って飛空船を破壊しようとしたところをハルに止められてしまったようだ。結果それが組織の解体に繋がった。
マクマホンが度々悲恋を経験している貴族に接触しているのは、単純にエデンが自分と同じ境遇に人間を落としてざまあみろと笑いたかっただけらしい。つまり全ての原因はセバスチャンということだ。
兎に角、ゴンベエ・ナナシノ、およびマクマホンは今後歴史には参加しないだろうという旨をクーニャに報告すると、彼女は「予想以上の働きね」と笑った。
「今回の件、ナオミにはどこまで見えていたんだ?」
「何の話しかしら?」
「今回のことだけじゃない。戦争のこともだ。ナオミにはどこまで未来が正確に見えるんだ?」
「貴方が何を言いたいのかはわからないけど、貴方は彼女がバッドエンドを望むような人間に見えるのかしら?」
クーニャにそう言われると、俺は何も言い返せなかった。
ふと、クーニャが窓の外を見た。港の方では、今日も飛空艇が空へと帆を進めようとしていた。
「エウロペ王国には戦争という概念に対する絶対的な抑止力である少女が存在する。だから、彼女が存在する限りあの飛空艇が戦争の道具になることは無いわ」
「ヘレナがいなくなった後は?」
「さあ。私にはわからないわ」
終始はぐらかされて決定的なことは何一つわからなかったが、今俺に見えていること以上のものが、クーニャやナオミには見えているのだということだけは想像することが出来た。
なんやかんやで二、三ヶ月クブルス島でのんびりした後、セバスチャンからの連絡を受けて島を後にすることになった。
一度は飛空艇に乗ってみたいなあと思いつつ、今回はクジラの上の船に乗って王国本土へと戻ることになった。
船の端で風にさらされていると、ヴェニアが俺の隣にやって来た。
「今度はどこに行くんですか?」
「わからない。一旦魔法学園に戻るように言われただけだから」
「それって、緊急を要するわけじゃないですよね?」
「・・・・・・まあ、そうだと思うけど」
何かやりたいことでもあるのだろうか。風に吹かれてヴェニアの髪の隙間から、彼女の耳で赤く煌めく光が見えた。
「スティヴァレ領に寄りませんか?」
「・・・・・・は?」
「いえ、あの、敵、というんでしょうか、そういった方達がいなくなったわけですし、落ち着いた今のうちに挨拶程度は出来るんじゃないかなあって」
挨拶。無論、結婚の挨拶のことだろう。
ふと、俺は日にちを数え始める。今からイタロスの屋敷に戻れば、丁度エルトリアの子供が生まれる時期に重なってしまうのではないだろうか。
そう思った瞬間、突発性の頭痛と腹痛が発生する。
「・・・・・・どうしました?」
「・・・・・・ただの船酔いだよ」
結婚の報告かあ。くそ、これがマリッジブルーというやつか。
マクマホンがいなくなった後も、どうやら俺の悩みの種が尽きる気配はないようだ。敵を倒したら即終了でハッピーエンドとなる物語と全くそうはならない自分の人生との間の埋めがたい深い溝に腹を痛ませつつ、結婚の報告に行こうか、と苦笑いをしながらヴェニアに言った。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。この物語はここでおしまいです。回収されていない伏線に気付いたら、それは私の力量不足です。中途半端な終わり方ですが、締まらないのもまたラックらしいと思っていただけると幸いです。
感想、誤字報告、本当にありがとうございました。
次の作品を書いたら、気軽に読んでいただけると幸いです。